ドッグトレーニングの現場から Vol.39

犬がいる幸せな暮らしは、経験よりも意識が育む

犬の飼育が初体験の家族例

[2017/10/3 06:01 | 辻村多佳志]

あなたが子どもだったころ、ご実家では動物を飼っていましたか? 何も飼っていなかった、という人も多いことでしょう。では、犬を飼いたいと思っていらっしゃる人にとって、飼育経験がないことはマイナスでしょうか? 今回ご紹介する山中さんご一家の例が、経験よりも大切なことを語ってくれるはずです。

家族全員、犬の飼育は初体験。さあ、どうしましょう。

山中こむぎちゃんは、トイ・プードルの女の子。2016年の4月生まれですから、いま1歳5カ月。いきなり訪れた取材陣を前にしても、吠えたり興奮したりせず喜んで迎えてくれ、お母さんである山中英子さんへのインタビューに、興味深そうに耳を傾けている、本当にいい子です。こんないい子に育てられたのは、特別な知識や経験があったからでしょうか? いえ、じつはまったく逆。ご本人もご主人も、子どものころからずっと、動物の飼育経験はゼロでした。

山中英子さんと、トイ・プードルのこむぎちゃん(1歳5カ月)。山中さんご家族にとっては、初めての愛犬になります

「私と主人と長女、次女。4人家族のわが家に来た初めての動物は、ハムスターでした。でも、その子が死んでしまって……もう動物を飼うのは止めよう、と思っていました」

それがなぜ、犬を飼うことになったのでしょうか。きっかけは娘さんの、犬が飼いたいという言葉でした。

「最初は、飼う気はなかったんです。主人も反対していましたし、私も仕事をしていますので、昼間は家に誰もいなくなる時間がある。それでは寂しい思いをさせてしまうかも、と思って。でも、ちょっと見に行ってみようか、と出かけたペットショップで、子犬を抱かせてもらって、犬ってこんなに温かいんだ、犬ってこんなにかわいいんだ、私たちと同じように生きているんだ、と初めて知ったんですね」

そのまま購入して連れて帰る、という飼い方もありました。でも、山中さんは、疑問を持ちました。

「買って連れて帰っちゃえば、かわいいから大丈夫ですよって勧められて。小さな生命を迎えるのに、そんな簡単なはずがないでしょう、と思ったんです。その日はそのまま帰り、本を買い込んで勉強を始めました。本当に、まったく何も知らなかったですから」

ブリーダーさんから直接譲ってもらえば、親犬の性格もわかるし遺伝病の心配も薄れる。そう確信した山中さんは、トイ・プードルのブリーダーさんを探して、こむぎちゃんと出会いました。

「ブリーダーさんのお人柄が、とても印象がよかったんです。お迎えしたあとでも、何か心配ごとがあったらすぐ相談してくださいね、とサポートしてくださったのも心強かったですね」

こむぎちゃんは、ブリーダーさんを訪問したときに会わせてもらった子犬の中で、いちばんおっとりした子でした。一緒に訪問した友人の「あ! この子は山中さんの家にいそうな顔だね」という言葉も決め手になり、2016年の7月16日、こむぎちゃんは山中さんの家族になりました。藤田先生のもとにカウンセリングの連絡が入ったのは、7月29日。その期間、わずか半月でした。

「困った行動を相談したり、しつけの方法を教えてもらったりの前に、こむぎの気持ちや犬の習性を知りたかったんです。私たちが、よかれと思ってやっていることが、もしかしたらこの子のためにならないかもしれない。それは絶対に避けたかったですね。藤田先生にお願いした理由は、犬にはこういう習性があり、この子はこう考えています、だからこうしたらどうでしょう、とアドバイスしてくださったからです」

いろいろな子犬と触れ合わせたくて、パピーパーティに通ったのもよかったのでしょうか。こむぎちゃんは、すくすくと育ち、社会性のあるいい子になりました。

山中家の家族になったころのこむぎちゃん。小さいころから藤田先生のアドバイスを受け、パピーパーティなどにも通ったためか、困った行動をすることはほとんどないそうです

ともに幸せになりたいという気持ちが、幸せへの第一歩

では、なぜこむぎちゃんは、いい子になれたのでしょうか。藤田先生に聞いてみましょう。

「山中様の素晴らしいところは、自分の気持ちや優しさを満たすため『だけ』で犬を見ていないところですね。いい意味で、こむぎちゃんファースト、家族ファーストなんです。犬は、人と心が通じ合う、数少ない生物のひとつです。みんなで楽しく暮らしていきたいという気持ちを、互いが感じ合っているかが、しつけや成長に大きく影響します。おやつをもらえるから芸をする、命令されたから従う、怒られるから行動を止める、的なしつけだけでは、心が通じ合っているとは言えないのではないでしょうか」(藤田先生)

山中さんは、藤田先生のアドバイスの中に、心に残る印象的な言葉があると言います。

「吠えないように我慢させることはできる。でも、それより前に、ここでみんなと一緒にいれば吠えなくてもいいんだと、こむぎちゃんに思ってもらえるかが大切。この言葉はずっと心に残り続けていますね」

昼間は留守にしがちな生活で、もっと心を通い合わせたいと、お留守番中のこむぎちゃんを見守るネットワークカメラを、お迎えしたときから導入しました。夜は別々の部屋で寝て、必要以上に距離が近すぎないようにもしています。トイ・プードルは分離不安に陥る傾向が大きいと聞いたからです。

こむぎちゃんだけでお留守番をしてもらう時間があることから、ネットワークカメラでこむぎちゃんの様子を確認することにしました
ネットワークカメラで見た、こむぎちゃんの寝床の様子。何か起きていないかが確認できるだけでなく、こむぎちゃんとの絆も深まりました

トイレがうまくできない、甘噛みがあるなど気になる点はありましたが、それも苦労せずに収まりました。リビングでは元気いっぱいに遊びます。でも、家族が仕事や家事などで忙しいときは、要求吠えなどせずに、ひとり遊びをしながら一緒にいます。理想的な距離感と信頼感が築かれているのでしょう。

こむぎちゃんはとてもフレンドリー。お客さんが来ても激しく吠えかかったりしませんし、山中さんが家事などで手が離せないときは、何も言わなくてもひとり遊びをしながら待っているそうです

「ブリーダーさんから直接お迎えすると、いい子に育てやすいと考えている方もいらっしゃると思います。きちんとしたブリーダーさんであれば、確かにそうした傾向にあると思いますが、それがすべてではありません。その子の個性や性格以上に、飼い主さんの意識が幸せな犬を育てるのです。昔から、犬と飼い主さんは似ると言われますよね? それは、姿形や雰囲気だけを指している言葉ではないのです」(藤田先生)

[辻村多佳志]