ドッグトレーニングの現場から Vol.38

飼育初心者でも保護犬は飼えるの?(後編)

愛犬との日常 ワンポイントアドバイス(その8)

[2017/7/18 06:01 | 辻村多佳志]

藤田先生に聞く、しつけについてのワンポイントアドバイス、今回も前回に引き続き「保護犬」との暮らしを考えていきましょう。前回の記事で、保護犬には「リスク」があるというお話をしました。すでに固まっている性格と、それぞれのご家庭の飼育環境とのミスマッチが起こる場合があり、その不協和音を避けるためにはトライアルが大切、とのことでしたが、実際に、どのような問題が起きる危険性があるのでしょう。リスクの実例を元に、しつけの注意点をうかがっていきましょう。

監修/訓練士 藤田真志
麻布大学獣医学部卒/動物人間関係学専攻 (社)ジャパンケネルクラブ公認家庭犬訓練士 (社)ジャパンケネルクラブ愛犬飼育管理士 2004年に「HAPPY WAN」を開業

心の傷を癒すには、恐怖の排除が鉄則

保護犬のなかには、虐待されていた経験などで、何かに怯えている犬がいます。ネットにアップされている、遺棄犬のレスキュー動画などを見ても、その怯え方に心を痛める愛犬家は多いでしょう。心に深い傷を負っている犬に安心してもらうためには、どうすればいいのでしょうか。厳しくビシビシしつけると逆効果だろう、ということまでは想像できるのですが。

「恐怖や嫌悪の感情が強い場合は、まず、何に対して怯えるのかを正しく判断してください。たとえば、男性の手で殴られていた犬は、男性の手を見ると怖がったりしますし、人間自体に恐怖を抱いていることもあります。棒で殴られていた犬は、棒を目にすること自体がストレスの原因になります。こうした場合は、まずまっ先に、怯えを引き起こす対象を犬の視点から排除する。そして、ストレスの発生を徹底的になくしていく。これが、新しい飼い主さんに課せられた役目です」

犬の近くに棒を置いておき、棒があっても殴られることはないのだと慣れさせるという考え方もあるようですが、それはまだまだ先の話。強引に慣れさせようとしてもストレスが募るばかりで、犬にとっては不幸と言わざるを得ません。焦れば焦るほど、かえって状況を悪化させますから、とにかく気長に見守るべきでしょう。ただ、人間が怖い場合は対応に困りますよね。引き取ってから放置するわけにはいきませんし。

「保護犬を引き取る飼い主さんは、いままで辛く悲しい思いをしてきた子に、1日も早く安心してもらおう、幸せになってもらおうという願いを抱く方が多いかもしれません。しかし、その思いが強すぎるあまり、新たな問題を起こすことがあります。これが保護犬飼育のリスクです」

飼い主さんの気持ちを押し付けないように

まず、まっ先に考えるべきなのは、この連載でたびたび出てくる「社会化」です。犬の社会化についての知識を持ち、きちんと育て上げようとしていた飼い主さんの飼い犬が保護されるケースは、飼い主さんが亡くなったなどのケースを除いては、そう多くはないと思われます。

ですから、保護犬を引き取る前から、この子は社会化ができていないかもしれない、と覚悟をしておくべきでしょう。もちろん、社会化ができていないから保護犬はダメだ、と決めつけてはいけません。たとえ子犬のころから家族の一員として過ごしてきた犬でも、社会化不足で問題行動を起こすケースは珍しくないですし、きちんとしつければ直せるからです。

「保護犬は、家族に対する執着心が、必要以上に高くなる傾向があります。辛い時期を過ごしてきて、ようやく終の棲家を見つけたと安心するのかもしれませんね。飼い主さんに始終べったりくっ付いて、ほかの人や犬が寄ってくると撃退の態勢を取る犬や、家族のなかで特定の人にしか懐かず、ほかの家族に排他的になる犬は珍しくありません」

ようやく手に入れた幸せを奪われたくない、との気持ちが強すぎるのでしょうか。それはそれでかわいそうな気がしますね。

「ただ、かわいそうという感情に囚われてしまうと、保護犬のしつけに失敗する危険が高まります。もっとも失敗するパターンは、ソファーの上でいつも寄り添っていたり、時間があれば抱っこしたり、同じベッドで一緒に寝たりの飼い主さん。こうして育て方は分離不安症の引き金になりますし、飼い主さんの留守中に延々と吠え続けるなどの問題行動が現れることが、とくに多いのです。とにかく自然に、適度な距離感を保ちながら、愛情を注ぎ過ぎず、犬に対してドライに接する時間を意識的につくりましょう」

辛い毎日から救い出して愛情を注いだ結果が、新たなストレスや不幸を引き起こす。これは絶対に避けたいですよね。

「もう一点のリスクは、飼い主さんの犬に対する知識が、保護犬の飼育にとってかえってマイナスになる場合があることです。誤解を生みかねない話なので、客観的に捉えていただきたいのですが、自分は犬の飼育経験が豊富だ、犬の気持ちをきちんと判断できる、しっかり観察して行動の原因を探ることができると考えている、いわゆる意識が高い飼い主さんが保護犬を引き取り、かえってトラブルを起こすケースも多いのです」

観察と考察、勉強の大切さについては、この連載で何度も取り上げてきました。それがなぜ、トラブルにつながるのでしょうか。

「まず、その子が保護されるまでにどのような境遇にあったのかを、人間の境遇に当てはめて考えてしまいがちなこと。そして、この子は保護犬なのだという前提条件が強すぎるあまり、憶測で物事を考えてしまいがちなことです。なかでも、ご自身のお子さんを何人か育て上げた経験をお持ちの方が、飼育に失敗するケースがたいへん多いですね」

引き取った保護犬を真剣に観察したら分離不安症らしい、これはたいへんとの相談を受け、カウンセリングに訪問したら、単に甘えんぼで要求吠えが激しいだけだったなど、思い込みや決めつけで事態を悪化させている例は多いそうです。たいへん厳しい言い方になってしまいますが、自分は間違っていないと信じ込んでしまうと、問題は解決できません。根拠のない自信は犬も人も社会も不幸にしますから、犬だけでなく自分を見つめる視点を持つことも大切でしょう。

[辻村多佳志]