ドッグトレーニングの現場から Vol.9

吠え癖を直す第一歩は、犬の気持ちの理解から

[2016/02/16 6:00 am | 辻村多佳志]

しつけの悩みや困りごとの中で、もっともトラブルの火種になりやすい問題行動が「吠え癖」です。誰かがインターホンを鳴らすたびに吠えまくっていては近所迷惑ですし、お客さんも寄りつかなくなりそう。夜中に吠え続けられたら、気が気でないでしょう。吠え癖を直すためのヒントを、藤田先生にうかがってみましょう。

監修/訓練士 藤田真志
麻布大学獣医学部卒/動物人間関係学専攻 (社)ジャパンケネルクラブ公認家庭犬訓練士 (社)ジャパンケネルクラブ愛犬飼育管理士 2004年に「HAPPY WAN」を開業

そもそも、犬は吠えるもの

「そもそも、多くの犬は吠えることが仕事です。番犬や狩猟犬として働いてきた歴史を持つ犬種は、吠えなくては役目を果たせませんから、ちょっとした物音や動物が通ったなどの変化を敏感に察知して吠えます。ムダ吠え、問題行動などと表現することも多いのですが、犬からしてみれば決して意味もなく吠えているのではなく、吠える目的があって必要だと思うから吠えているのです。この基本をまず理解しておかないと、吠え癖を直すしつけはうまく行きません」

犬は吠える。当たり前だと思われるでしょうが、人間に置き換えてみれば、話すなと言われているのと同じこと、人間が勝手に決めた無理難題というわけです。とはいえ、周囲の人やほかの犬とトラブルを起こさず、幸せな共生生活を送っていくためには、その無理を犬に理解してもらわなくてはいけません。では、どうすれば吠えて欲しくないときに吠えなくなるのでしょうか。

「なぜ」吠えるのかを観察しましょう

何か理由があるから吠えているのだとすれば、その理由を見つけることが、吠え癖を直す第一歩になるはずです。

「まず最初に、その犬がどんな犬なのかを考えましょう。社会化はきちんとできていますか? 犬嫌い、人嫌いではないですか? もし社会化ができていないのだとしたら、吠え癖を直す以前に、社会化を身に付けるトレーニングが必要になります。吠えない犬は周囲の人からかわいがられますし、ほかの犬とも上手くコミュニケーションを取れるため社会性がどんどん磨かれていきます。逆に、必要以上に吠えてしまう犬には周囲の人が近寄らなくなりますから、いつまでたっても社会化ができずに吠え続ける犬になりがちです」

吠えるから叱る、吠えるからしつける、といった対症療法的な発想だけでは、吠え癖を直すしつけはうまく行きません。社会化とは何かについては、この連載の中で何度も触れられています。人と犬、犬と犬とが心を通わせ仲よく暮らしていくために欠かせない、しつけの基本中の基本ですから、くれぐれもおろそかにしないように、飼い主さんの側も勉強を重ねるべきでしょう。そのうえで、吠える理由を観察していくのです。

「犬が吠える理由はいくつもありますし、その犬がどんな性格なのかによっても変わってくるのですが、特に多いのは『要求吠え』『威嚇吠え』『不安吠え』です。『要求吠え』は、散歩に行きたい、おやつが欲しい、遊びたいなどのときに吠えて催促するパターンで、やさしい飼い主さんほど要求吠えが起こりやすくなります。吠えると何かいいことがある、と学習してしまったのですね。『威嚇吠え』は、自分の縄張りに家族ではない人や犬が入ってきた際に吠えて追い払おうとする行動で、家族以外の人やほかの犬のことを好きかどうかが、吠えるという行動を大きく左右します。攻撃的に吠えているのか、恐怖や不安から吠えているかで、しつけの方法は変わります」

吠える理由が異なると、しつけの方法も変わる。ここを見誤ると、同じしつけを行っても、結果が正反対になってしまうことがあるそうです。では、それぞれの理由に適したしつけとは、どんな方法なのでしょうか。

「『要求吠え』は、犬をしつける前に、まず自分の行動を見直すことが大切です。犬は、要求するとメリットが得られるから吠えています。そして、そのメリットを与えているのは飼い主さんです。できれば、自分が普段どういう行動をとっているのかをビデオで撮影し、見返してみてください。まず間違いなく、犬が望むリアクションを取っているはずです」

犬がワガママなのではなく、100%飼い主が悪い。耳の痛い話ですが、そういう人は多いのだそうです。

「要求吠えを直すには、『無視』が効果的です。吠えられても触ったり返事をしたりしてはいけませんし、視線を向けるだけでも要求に応えたことになります。無視し続けているけれど直らない、と困っている飼い主さんの様子を拝見すると、ほとんどの飼い主さんが何らかのリアクションを起こしています」

犬が最後に吠えてから1分間、完全に無視し続けられるのがコツ。完全無視を続けていれば、犬にとっては一切のメリットがなくなりますから、要求吠えはそのうち収まってきます。収まらない場合はプロのアドバイスを受けるべきですが、要求吠えは比較的直しやすいのだそうです。

「しかし、『威嚇吠え』の場合は、飼い主さんの手に負えないことが珍しくありません。さらに、『無視』をするとかえって状況を悪化させます。犬は、自分が威嚇して追い払った、自分は強いと考え、よりいっそう威嚇するようになってしまうのです。お客さんに向かって吠える場合は、お客さんに頼んでおやつをあげてもらう、犬に向かって吠える場合は、吠えられても動じず平然としている犬をリードにつないで近くにいてもらい、ほかの犬がいる状況になれさせる、などのテクニックが広まっていますが、残念ながら、必ずしも効果的とは限りません」

無視がダメなら、激しく叱ったほうがいいのでしょうか?

「正しい叱り方をしないと意味がありませんし、どのように叱れば効果があるのかを飼い主さんが正確に見極めるのは難しいと考えてください。犬を叱る際、人間の言葉で叱っても気持ちは伝わりません。言葉を超えた表現力のあるなしが重要になりますから、こうすればいい、と一概には言えないのです」

また、犬が今どういう環境に置かれているのかを理解することも大切です。

「マンション住まいだったときは吠えなかったのに、一軒家に引っ越してから急に吠え始めた、と不思議がる飼い主さんは数多くいらっしゃいます。マンションの上階では、窓の外を犬や猫、人が通ることはありませんが、一戸建てでは窓の外を何かが動くことが多く、それが吠え癖につながります。窓の下半分を目隠しして、吠えにつながる刺激をシャットアウトすると収まることもあります。佐川急便には吠えないがヤマト運輸には吠える、髪の毛がモヒカン刈りの人を見ると吠えるなど、何が刺激になるかは本当にさまざまですので、注意深く観察を続けましょう」

吠えたら叱るのではなく、吠えさせない環境を整えてあげることが大切ということです。飼い主さんにはハードルが高いかもしれませんが、犬と一緒に一歩一歩勉強していきましょう。

[辻村多佳志]