ドッグトレーニングの現場から Vol.34

【緊急提言】子どもの咬傷事故を防ぐために(その1)

[2017/03/30 6:01 am | 辻村多佳志]

先日、不幸にも、東京で咬傷事故が起きました。母親の実家に遊びに来ていた10カ月の赤ちゃんが、ゴールデン・レトリーバーに咬まれて亡くなってしまったという悲劇的な事故でした。各種メディアで大きく報道されましたから、多くのみなさんはご存じのことでしょう。今回は連載内容を急遽変更し、この事故について、藤田先生から提言をいただきます。センシティブな話題ではありますが、人と動物が幸せな共生社会を築いていくうえで、避けて通れないからです。

監修/訓練士 藤田真志
麻布大学獣医学部卒/動物人間関係学専攻 (社)ジャパンケネルクラブ公認家庭犬訓練士 (社)ジャパンケネルクラブ愛犬飼育管理士 2004年に「HAPPY WAN」を開業

ゴールデン・レトリーバーは危険?

会う人も会う犬も全員お友だち。パピーのころはやんちゃだけど、優しくてほがらかで人に従順な犬。ゴールデン・レトリーバーに対して、こんなイメージを持っている人も多いのではないでしょうか。このニュースが流れたときは、私もええ~? と驚きました。亡くなられた赤ちゃんと初めて会ったというわけではなさそうですし、なぜ、こんな悲劇が起きてしまったのでしょうか。

@@strong|「大前提として、私はその犬にもご家族にも会ったことはありませんし、どんな環境で飼われ、どのようなしつけをされ、事故の際に何があったのかもわかりません。なので、これが原因ではないか、と軽々しく論評することはできません」

「ただ、この事故を巡っては、首をかしげてしまうような論評も見受けられます。ネット上での飼い主さん同士の議論はもちろん、一般的に信頼性が高いと思われがちな、TVなどのメディアで専門家と称する方が解説している内容にも、正しいと言い切れないものが散見されますね。たとえば、犬は子どもをくわえて運ぶ動物だから、今回の事故はその影響ではないかとの説。人間の子どもが亡くなってしまうほど危険な行動が当たり前だとしたら、子犬だって無事では済まないですよね?」

たしかにそうです。なにぶん子どもの命に関わる事故ですから、みなさんどうしても不安になり、あれもこれもと信じて、パニックに陥りそうな気はしますね。また、ゴールデンはテンションが高いから危険だという人もいれば、ゴールデンが赤ちゃんに噛み付くなんてヘンだと考える人もいます。私もビックリしたうちのひとりです。

「犬種をもとに、こうだと決めつけてしまうこと自体が、すでに間違いです。ゴールデンは、人懐っこい場合が比較的多い犬ですが、すべての個体が人懐っこいわけではありません。さらに、たとえ同じ日に産まれたゴールデンの兄弟姉妹であっても、それぞれの性格は異なりますし、飼い主さんを含めた家族や周囲の環境、しつけ方などによって、まったく別の犬に成長します。危険な犬種と安心な犬種があるという思い込みを、まず捨ててください。私が出会った方の中でも、ゴールデンに咬まれて手の指を粉砕骨折した方がいらっしゃいます」

ゴールデンは大型犬ですから、指の骨などひとたまりもなさそうですよね。

「あ、それもまた思い込みにつながりますね。小型犬より大型犬のほうが危険、というイメージは正しくありません。犬種は伏せますが、鼻ペチャの小型犬が子どもの顔を咬んで大ケガをさせた事例にも出会ったことがあります。小型犬でも、本気で咬まれれば深い傷を追うことがありますし、気性の激しさと体格は連動しません。身体のサイズによる先入観は捨てましょう。そのうえで、一般論として申し上げれば、今回のように、死亡にまで至る事故は滅多に起こらない特殊な出来事。けれども、どのご家庭で起きても不思議ではない出来事だということです」

犬は、赤ちゃんを人と見なしていないのかも?

どの家庭で起きても不思議ではないとのことですが、それはなぜでしょう?

「親から見ると、赤ちゃんが生まれてくることは事前にわかりますし、これは人間の赤ちゃんで、弱い存在なんだということもわかります。しかし、赤ちゃんに慣れていない犬にとっては、人間のような形をした小さなエイリアンが、ある日突然目の前に現れたようなものです。ハイハイをし始めるころからは、赤ちゃんのほうから自分に向かってきます。こうした環境の変化を受け入れて、自分に危害を加える存在ではないかを確かめ、家族の一員として認識するまでには、やはりある程度の時間が必要なのです」

「とくに問題が起きやすいのは、赤ちゃんがハイハイをし始めたころから、しばらくの間です。子どもは何でもつかんで引っ張ろうとしますから、犬の耳やしっぽを思いきり引っ張ったり、毛をむしったりしがちですよね。わが家の犬は慣れたもので、スーッと逃げたり身をかわしたりしていましたが、うまく対応できない犬が、自分の身を守るために攻撃するケースも、十分に考えられます」

攻撃性がないと思われている犬でも、そうした事故は起きたりするのですか?

「自分の身に危険や不快が迫っていると感じた犬は、『ファイト・オア・フライト』という行動をとって排除しようとする。これは以前にもご説明した、犬の基本的な行動です。飼い主さんやご近所の方に対して、または犬同士では攻撃性がないように見えても、赤ちゃんに対して絶対に攻撃行動を起こさないとは言い切れません」

しかし、そうなると、犬を飼うのが怖いような気もしてきますね。

「不幸な事故が起こってからでは遅いですから、脅かすような話になってしまったのですが、ほとんどのご家庭では、赤ちゃんや子どもと犬とは仲良く暮らしているはずです。犬の行動をきちんと勉強・観察しているかどうか、家庭内で共生していくためにどのような行動を採ればいいのかを、思い込みや感情論に陥らず、つねに考え続けていけるかどうかが大切ではないでしょうか」

「なかでももっとも重要なのは、この連載で何回もご説明している『社会化ができているか』です。パピーの時期に、人間の赤ちゃんや子どもと触れ合った経験が一切なく、人嫌いや犬嫌いの犬は、やはり危険性が増しますね」

新しい家族として、赤ちゃんがやってくる。これは犬にとって大きな環境の変化です。事前に、その犬の性格やしつけの状態、飼育環境などをプロの目から判断してもらい、状況により適切なトレーニングを行うべきですね。また、おとなしい犬だからといって、小さな子を無造作に近付ける行為も、ちょっと考え直したほうがよさそうです。次回は、今回の内容を引き継ぎ、赤ちゃんを迎える際に注意したいことなどをうかがっていきます。

[辻村多佳志]