ドッグトレーニングの現場から Vol.6

「なぜしつけをするのか」を考えることから、しつけは始まる

初めての犬飼育の一例

[2016/1/5 12:04 | 辻村多佳志]

犬を初めて飼う家族と、その家族の一員として暮らす子犬。すべてのことが未知の体験になる暮らしの中で、人も犬もともに幸せに成長していくためにはどうしたらいいのでしょうか。ポメラニアンの「ひめちゃん」(1歳2カ月)と楽しい日々を送る、高野さんご夫妻に話をうかがってきました。

監修/訓練士 藤田真志
麻布大学獣医学部卒/動物人間関係学専攻 (社)ジャパンケネルクラブ公認家庭犬訓練士 (社)ジャパンケネルクラブ愛犬飼育管理士 2004年に「HAPPY WAN」を開業

この子には、幸せになる権利がある

神奈川県在住の高野さんご夫妻は、ともに犬を飼うのは初めてです。以前から犬を飼いたいと願っていたお二人でしたが、ご結婚を機にペット飼育が可能なマンションに転居。ポメラニアンの女の子「ひめちゃん」をお迎えし、夢を実現できたのです。

ずっと犬を飼いたかった高野香さんと愛犬のひめちゃん

しかし、いざひめちゃんと暮らし始めてみると、いったいどうすればいいんだろう? と悩んでしまう場面ばかり。このまま育てていって、ひめちゃんは幸せになれるのだろうか。心配になった高野さんご夫妻は、藤田先生のトレーニングを受けることになりました。

トレーニングの打ち合わせ中も疑問をどんどん質問する高野さんご夫妻

「いちばん困ったのは夜泣きです。夜に独りにしておくと泣くんですね。お客様が来たときに吠えたりもしました。でも、私たちには、ひめちゃんがなぜ泣くのかがわからなかったんです。お散歩中の拾い食いや、ベッドでおしっこをしてしまうのも、どうしたらいいのかわからなくて。でも、それを『問題行動』だとは思わなかったですね。せっかく生まれてきて、家族になったこの子には、幸せになる権利がある。そのために私たちに何ができるのか。考えた末にトレーニングをお願いしたのが藤田先生でした」(奥様の香さん)

吠え声がうるさくて近所から苦情が来た、など、いわゆる問題行動に悩んだ末にトレーニングを受ける人も多いそうですが、高野さんにとってトレーニングとは、犬と人が家族として幸せになるためのものなのです。

「神様がひとつだけ願いをかなえてくれるなら、ひめちゃんが人間の言葉をしゃべれるようにお願いしよう、と、いつも夫婦で話していました。ひめちゃんは、私たちに何かを伝えようとしている。でも私たちにはそれがうまく伝わらない。手当たり次第に本を買ったり、ネットで情報を集めたりしても、どれもひめちゃんには当てはまりませんでしたね。でも、『なぜ?』と疑問を持っても、犬には個体差があります、で終わってしまうんですね。私たちが知りたいのはその先なんです」(ご主人の成彦さん)

その「泣き癖」ですが、藤田先生のトレーニングを受けたところ、なんと1回でピタッとおさまったそうです。私たちが取材にうかがったときも、ひめちゃんはまったく吠えたり警戒したりせず、大喜びで迎えてくれました。

ポメラニアンの「ひめちゃん」。元気いっぱいで友好的ないい子です

「犬が吠えるのには、吠える理由があるからです。吠えないように教え込むテクニックではなく、なぜ吠えているのかを理解することが、しつけにとっては、もっとも大切になります。そのためにはまず、犬の表情やボディランゲージをよく観察し、犬とコミュニケーションをとる必要があるのです。ポメラニアンは、どちらかというと興奮しやすい犬種なので、興奮する場面をつくらないように心がけて接していくと、しつけがうまくいくことが多いですね」と藤田先生。

構い過ぎると、要求はエスカレートする

ひめちゃんはペットではなく、かけがえのない家族だという意識をお持ちの高野さんご夫妻。ひめちゃんの行動に敏感に反応したり、何かあると抱き上げてしまうのも愛するがゆえですが、ときにはあえて放っておくことが、ひめちゃんの独立心を養うことにつながります。なにか要求や不満があるとベッドなどでおしっこをしてしまう、いわゆる『アテしょん』も、構いすぎや騒ぎすぎが原因であることが多いそうです。

アテしょん対策もしていましたが、なかなかうまくいかなかったそうです

「寂しいから泣くのかなと思って、夜の間ずっと、ひめちゃんのベッドの脇で寝ていたりもしました。今考えると、基本的なことがまったくわかっていなかったんですね。アテしょんも、するたびに叱ったり慌てたりせずに放っておき、何ごともなかったかのように後始末を済ませるようにしたら、今ではほとんどおさまりました」(奥様)

「犬の要求を聞きすぎると、しつけはうまくいきません。最低限守るべきルールだけはしっかり決めて、あとは犬に考えてもらいましょう。たとえば、来客時のムダ吠えを抑える方法として、『何度もチャイムを鳴らして吠えなければ褒めましょう』というアドバイスがしつけ本などによく掲載されていますが、実際はなかなかうまくいきません。かといって、吠えるたびに叱っていては、犬は飼い主も自分と一緒に興奮しているから吠えた方がいいんだ、と認識してしまいます。こんなときは犬の性格を見極めて、犬に自分自身で考えてもらうのです。たとえば、大きな音を立てるとびっくりする犬なら、吠えたときに怖がり過ぎない程度の音を出して吠えることを止めさせます。このとき、飼い主が音を出したことを発見されないように注意しましょう。そして、うまくできたときにだけ褒めるのです」

ムダ吠えトレーニングの例です。テグスに数枚のコイン入りの空き缶が入った袋を吊るし、端をどこかに引っ掛けておきます
来客などで吠えたらガシャーンと落下させるのですが、この際に飼い主が落としたことを気付かれないように戻します

散歩中の拾い食いに関しても同じだそうです。犬には「探知行動」という本能があるため、道端の草などの匂いをくんくん嗅ぐものですが、このときに食べ物が落ちているとパクッと飲んでしまいます。初めてのお散歩コースでくんくんするのは仕方ないとしても、慣れたコースでは道の真ん中を軽快に歩かせながら、立ち止まって匂いを嗅ごうとしたら、リードをピッと一瞬引っ張って「ダメ」とひと言。いったん道を戻って繰り返し同じ場所を通過するうちに、落ちている物に注目はしても歩みを止めないでいられたら、思いきり褒めてあげるのがコツだそうです。

「藤田先生のトレーニングでいちばん印象的だったのは、『褒めるためにしつける、褒めるために叱る』という言葉です。ルールを守ると褒めてもらえてうれしい、と思ってくれれば、人も犬も社会の中でずっと幸せに暮らしていけますから」(ご主人)

マテやフセのトレーニングも一生懸命がんばっていました

叱られるから嫌々従うのではなく、褒めるチャンスを積極的につくってあげれば、ルールを守ることが楽しいことだと気付いてもらうのです。これが、幸せな共生社会を築いていくためのしつけ、ということなのですね。

[辻村多佳志]