ドッグトレーニングの現場から Vol.4

飼い主の考え方で変わるトレーニングの目的

多頭飼いオーナーの一例

[2015/12/1 12:00 | 編集部]

これまでにしつけの大切さやコツ、子犬に真っ先に教えたいトイレトレーニングなどについてご紹介してきました。今回は、実際に藤田先生にトレーニングを受けている飼い主の方を取材してきました。どのような考えで愛犬たちをトレーニングしているのでしょうか?

監修/訓練士 藤田真志
麻布大学獣医学部卒/動物人間関係学専攻 (社)ジャパンケネルクラブ公認家庭犬訓練士 (社)ジャパンケネルクラブ愛犬飼育管理士 2004年に「HAPPY WAN」を開業

人間の社会で幸せに生きてほしい

神奈川県在住の大森さん(仮名)は、生まれたころからずっと犬がいる生活を60年以上送ってきた愛犬家。現在は3歳のヨークシャー・テリア3頭と暮らしています。

トレーニングが終わるころにご自宅へお邪魔したのですが、犬たちが興奮して吠えることもなく、「何のトレーニングが必要なんだろう?」と感じたほどです。取材中に郵便局の配達員がインターホンを鳴らしてもまったく吠えず大森さんが戻ってくるのを待っていました。

左からランちゃん、ビーナちゃん、タンタンくん

最初にペットショップでビーナちゃんを購入された大森さんは、ペットフードなどを買いにペットショップへ行くたびに、まだ売れていない2頭のことが気になってしまい、次にランちゃん、7カ月後にはタンタンくんと暮らすことに。最終的には3頭の多頭飼いとなります。子犬とはいえ、年齢もほぼ同じということもあり、家の中はにぎやかな状況になってしまったそうで、いくつかの教室でトレーニングを受けるものの、なかなか満足できる成果に結びつきませんでした。そんなときに藤田先生と出会い、それぞれの個性をあらためて洗い出し、それに応じたトレーニングを行うことになります。

簡単に3頭のことを説明すると、


    ランちゃん
  • トイレが上手にできない
  • ほかの子が怒られていると自分もシュンとするほどメンタルが弱い

    ビーナちゃん
  • 散歩時にリードをグイグイと引っ張ってしまう
  • 元気はいいが、優位性やなわばり性などが随所に見られる

    タンタンちゃん
  • 7カ月間ショーケースにいたこともあり、それと同じくらいのスペースでしか遊べない
  • 消極的で引っ込み思案。でもグイグイ出てくる一面もある

とはいえ、手がつけられずに困り果てていた……ということはなかったそうです。
「芸なんてひとつもできなくて構いません。いろいろな人間やほかの犬でも、誰と一緒でも平和でいられること。人間の社会で犬にとって怖いものを取り除いてあげたり、共存できることが私の唯一の願いです」というのが大森さんのトレーニングに対する考え方です。

この日は邪魔にならないようにトレーニングの一部も見学させていただきました。「フセ」&「マテ」の状態からの「オイデ」のレッスンです。もうだいぶできるようになっているため、確認程度に2セット行っていました。トレーニング時間は犬の集中力が切れない3分程度が目安だそうです
来客の際に興奮して玄関へ走って行ってしまう子たちだったので、インターホンが鳴ると指示があるまでマットの上で待つ練習を続けてきたそうです。これはハウスでもマットでも、犬たちが気に入ってる場所であればよいそうです。最初は「フセ」&「マテ」と「オイデ」は分離し、それぞれができるようになったら複合的にコマンドを与えるそうです。「フセ」&「マテ」は解除するまでが指示なので、解除(or別の指示のあと)にご褒美のおやつとなります。それを繰り返すことで、「自分にとってよい場所」という認識をもたせるのが目的です

これまでにトイレやムダ吠え、散歩時のリードを引く癖やマテなど、いろいろとトレーニングを積み重ねてきたそうですが、もっともトレーニングをしてよかったと感じているのは「マテ」だそうです。

「ドアは人間が先に出るものと理解してくれたことです。玄関やクルマから飛び出すことは絶対にありませんから、あらゆる場面で安心できます。飛び出してしまって轢かれてしまうような危険なこともなくなります。犬たちを守るという意味でも本当によかったです」

確かに犬が飛び出して轢かれて命を落とすこともあれば、逆に飛び出した犬を避けようとして事故が起こることだって考えられます。

「マテやフセが重要かと言われたら必要不可欠ではないと思います。でも、犬たちも人間社会で生きる以上は、犬の社会との違いを理解してもらい、きちんと人間社会のルールを学んでもらうことは大切です。犬の社会では飛びついて要求することが当たり前ですが、人間に同じことをやると倒してケガをさせてしまうことがあるかもしれません。そういうことを考えると、犬に指示を出せて従わせられるのは大切なことですね」と藤田先生。

そして、的確な指示を出すためには、きちんと「観察」することが大切だと藤田先生は言います。

「大切なことは犬をしつけるよりも、飼い主のスキルを上げることです。憶測ではなく知識を持って犬を観察していると、どうやって指示すべきかが見えてきます。人も犬も心があって、動物の中でも犬は心を通わせられる数少ない動物です。きちんと学習しているので、指示がうまくいかないなら、自分のやり方がよくないんじゃないか、とか客観的に見ることも大切になってきます」

万が一のときにも動じない「強い子」になってほしい

「ずっと犬を飼ってきたので、自分では犬のことはわかっているつもりでしたけど、やっぱりきちんとしつけをするのは難しいですね。人間対人間と一緒で、相手があることなので、うまくいかなくて興奮している自分に気づいて恥ずかしくなることもあります(笑)」

この日も藤田先生の指導のもと、熱心にトレーニングをされていました。手で指示をすることが多いので、トレーニング初期は右手なら右手におやつを持って注目させます。手にきちんと注目できるようになったら、おやつは持たずに、成功後に反対の手でおやつを渡すようにしていきます

人間の社会で犬を守るために熱心にトレーニングをする大森さんですが、まわりの犬仲間にも「そんなに厳しくやるの?」と言われることも多いそうです。そこには、もうひとつの大きな理由がありました。

現在、大森さんは旦那さんとお父さんの3人で暮らしていますが、お父さんが高齢であること、旦那さんが仕事で家にいる時間が少ないこともあり、基本的には自分ひとりで面倒をみると決めて3頭の犬を迎えたそうです。

「もし自分に何かあったときに、ほかの人が面倒をみてくれやすい犬にしたい。そのときに面倒を見てくれるのが誰であれ、環境が変わっても動じない強い子になってほしいんです。そのために、この子たちが自分をコントロールできるようにトレーニングをしているところが大きいです。いつもは何もしていないのに、外に出たときや環境が変わったときに、『ダメ』や『マテ』と言われてもかわいそうなだけです。やってはいけないこと、ガマンが必要な場面でガマンできる癖がついていれば、この子たちもツラくないと思うんです」

犬のトレーニングといえば、飼い主にとって「問題行動」を解決するために必要なことと考える人がいるかもしれませんが、人間社会で「犬を守る」「犬が幸せに暮らす」ためにこそ必要なことだとあらためて実感させられました。

実際に何かに困ってどうにかしたい、という状況でもないと、大森さんのような考え方でトレーニングを続けるのは難しく感じるかもしれません。でも、ただストイックにトレーニングをするだけでなく、旅行やお出かけが快適になったり、いろいろな人とコミュニケーションが取れたり、その努力の成果が毎日の暮らしに現れているそうです。

飼い主のライフスタイルも犬たちの個性もさまざまです。愛犬との毎日をもっと幸せな時間にするために、まずは観察することから始めてみてはいかがでしょうか。

[編集部]