ドッグトレーニングの現場から Vol.1

そもそも、なぜしつけが必要なの?

[2015/10/20 6:00 am | 辻村多佳志]

人とペットがともに楽しく健康的に暮らし、社会全体が幸せに共生していくためには、ペットのしつけが欠かせません。でも、しつけはなんだか難しそう。うちの子はどうも言うことを聞いてくれないやんちゃな子だ。そんな不安やお困りごとをお持ちの方に、さまざまなしつけの情報をご紹介していきます。監修は、麻布大学獣医学部を卒業され、神奈川県西部で出張ドッグトレーナーとして活動している、藤田真志先生です。

監修/訓練士 藤田真志
麻布大学獣医学部卒/動物人間関係学専攻 (社)ジャパンケネルクラブ公認家庭犬訓練士 (社)ジャパンケネルクラブ愛犬飼育管理士 2004年に「HAPPY WAN」を開業

そもそも、なぜしつけが必要なの?

私たちと一緒に暮らしている犬のなかには、甘噛みがひどかったり無駄吠えしたり、家具を破壊したりと、飼い主さんも手を焼き途方に暮れるような、いわゆる“問題犬”がいます。ときには飼われている家から脱走し、通行人にケガを負わせるような事件も起こります。こういう話を耳にすると、私たちは“しつけがなっていないからだ!”との感想を持つのではないでしょうか。

でも、そもそもしつけとは何なのでしょう? 無駄吠えやイタズラをさせないよう教えることがしつけでしょうか。それとも、オスワリやマテ、フセなどを教えることがしつけなのでしょうか。まずは藤田先生に『そもそも、しつけって何?』からうかがっていきましょう。

「しつけは、人間と動物というまったく種族が異なる生き物同士が、人間の社会のなかで、人間が決めたルールに従って、ともに幸せに暮らしていくためのマナーを学ぶものです。もちろん、マナーを学ばなくてはならないのは犬だけではありません。飼い主や家族もマナーをしっかり学んでいかないと、周囲の人に迷惑をかけることになりかねません」

つまり、しつけは単に“ペットをしつける”というだけの意味ではなく、“ペットと飼い主がともにマナーを学び、実行する”ことなのです。どんなに物覚えがよく素直な犬でも、飼い主にマナーを守る気がなければどうなるでしょう。飼い主の命令は聞くようになるかもしれません。しかし、人間社会で暮らすためのしつけは、うまくいかないのではないでしょうか。では、私たちがよく口にする“問題犬”とは、そういったマナーをうまくしつけられていない犬のことなのでしょうか?

「無駄吠えをする、散歩のときに引っ張る、噛みつくなどの犬が“問題犬”と言われたりしますよね? でも、そもそも何が問題なのかというと、“飼い主さんが問題だと思うから問題”なんです。たとえば、犬は古来から、吠えて危険を知らせたり狩りをするのが仕事でした。そのため私たちは、吠える犬を大切にしてつくり上げてきたんです。最近でも、番犬などは吠えるのが仕事で、周囲に民家が少ない地域では、吠え声は問題ではありません。都市部の住宅密集地で吠えると近所迷惑になる、から問題なわけです。

犬は純粋なので、人間を困らせてやろうと問題行動を起こしているわけではありません。彼らは、その行動をすることがいいことなんだ、と思ってやっているのです。たとえば、ソファーをかじったりヌイグルミを噛んで振り回したりは、もともと狩りのための行動ですし、散歩のときにグイグイ引っ張るのも、それが荷物を運ぶなどの仕事だったからです。問題行動の定義は飼い主さんによって曖昧なので、それぞれの場面に合わせたしつけを行う必要があります」

イタズラにしか感じない犬の行動にもきちんと意味があるのです

たしかに、吠えない番犬では役に立たないですもんね。それにしても、そうしたしつけの基本を知っていても、なお、しつけがうまくいかないという人が多いのはなぜでしょう。しつけの本は山ほど出ていますし、どの飼い主さんもそれなりに勉強しているのではないかと思うのですが。

しつけ以前に大切な『人慣れ』『犬慣れ』

「しつけという言葉から、スワレ、マテ、フセなどの命令を思い浮かべる方は多いと思います。しかし、こういったしつけをする前に、もっと大切なものがあることを、飼い主にも犬にも知ってもらいたいんです。それは『人慣れ』『犬慣れ』です。人嫌いや犬嫌いの犬では、いざしつけようとしても言うことを聞いてくれない、さまざまなしつけがうまくいかない場合が多いんですね」

『人慣れ』と『犬慣れ』。言葉では何となくイメージできますが、これはどういうことで、慣れていないと何が起きるのでしょうか。

「たとえば、家にお客さんが来るとけたたましく吠えかかる犬や、散歩の途中に向こうから別の犬が来ると吠えかかる犬がいますが、これはお客さんやほかの犬を敵だと見なしているからです。飼い主以外の人や犬に慣れていないからこそ起こる行動で、犬にとっては自分の身体や縄張りを守るための手段です。こういう犬をしつけるためには、まず人慣れ、犬慣れさせることから始めていく必要があります」

自分の家で飼っている犬なのに、家族のなかで自分だけが威嚇される、などという人は、もしかしたら仲間と見なされていないのかもしれませんね。では、人慣れ、犬慣れをさせるにはどうしたらいいのでしょうか。

「“社会化期”という言葉をご存じでしょうか。犬は、生後3週から12週~14週くらいまでを親犬や兄弟犬と一緒に過ごします。子犬はこの時期に、犬は仲間なんだという意識を養います。また、犬種によって多少異なりますが、生後数カ月~1年くらいまでは、社会化期を経た犬がコミュニケーション力を身につけるための大切な時期になります。これらがいわゆる社会化です。とくに、生後14週くらいまでに恐怖を感じると、その恐怖感は一生残ってしまいますし、1歳くらいまでに培った性格は、その後も一生続きます。同じように暴れ回っていても、やんちゃな犬はしつけられますが、犬嫌い人嫌いで攻撃的な犬は、しつけが難しいのです」

幼いころの過ごし方がコミュニケーション力に影響を与えます

犬種にもよりますが、生後数カ月~1年というと、人間でいえば中学生、高校生にあたるそうです。たしかに、このくらいの年齢の子どもは傷つきやすいですし、それまでに培った性格も一生変わらないように感じますね。また、厳しくしつけようと、子犬のころから激しく叱り体罰を加えていては、一生ビクビクしながら生きていかなくてはならない性格になりそうです。動物の愛護及び管理に関する法律では現在、生後56日(平成28年8月31日までは45日、それ以降別に法律に定めるまでの間は49日)を経過しない犬及び猫の販売又は販売のための引渡し・展示は禁止されていますが、これも大切な社会化期に親や兄弟と引き離され、社会化ができなくなるデメリットを考慮してのものでしょう。

「人慣れ、犬慣れをさせるためには、子犬のころからさまざまな犬や人に会わせ、いろいろな場所へ連れて行って経験を積ませるのがいちばんです。ワクチンプログラムが完了していない子犬を散歩に連れ出し、地面を歩かせたりほかの犬と遊ばせるのは危険がありますが、抱っこして散歩に連れて行く、友達に家に来てもらってかわいがってもらう、などを心がけましょう」

安全面に気をつけながら、できるだけ早い時期から社会に慣れさせることが大切です

窓の外を走るクルマやバイクを見せる、テレビの音や掃除機の音をこまめに聞かせて音に慣れさせる、いつも一緒に部屋で過ごしていっぱい遊んであげる、なども効果があるそうです。そうすれば、家族以外の人や犬も大好きで、物音にも動じない犬に育ってくれることでしょう。

次回は、子犬にとって最初のしつけである『トイレトレーニング』と、犬をしつけるために人はどう接したらいいのかを、藤田先生からアドバイスしてもらいます。

[辻村多佳志]