ドッグトレーニングの現場から Vol.2

なぜ、わが家の犬にはしつけがうまくいかないの?

[2015/11/03 6:00 am | 辻村多佳志]

世の中には、けたたましく吠え続けたり、散歩のときにグイグイ引っ張ったり、ときには飼い主さんに牙をむいたりする、いわゆる“問題犬”がいます。こういう犬を見ると私たちはつい、しつけがなっていない! と決めつけがちです。でもじつは、飼い主さんがしつけようとしても、言うことを聞いてくれない犬も多いのだそうです。それはなぜでしょうか? ドッグトレーナーの藤田真志先生にお話をうかがっていきましょう。

監修/訓練士 藤田真志
麻布大学獣医学部卒/動物人間関係学専攻 (社)ジャパンケネルクラブ公認家庭犬訓練士 (社)ジャパンケネルクラブ愛犬飼育管理士 2004年に「HAPPY WAN」を開業

しつけの本を読んでも、うまく行くとは限りません

愛犬のしつけのテクニックに関する本は、昔から数多く出版されてきました。みなさんのなかにも、犬を初めて飼ったとき、本を何冊も読んで一生懸命勉強した経験がある人は多いでしょう。しかし、本に書いてあったとおりにしつけてもうまく行かない、全然言うことを聞いてくれない、そんなお悩みをお持ちの人もまた多いと聞きます。藤田先生のご経験でも、本やしつけ教室で勉強したのにうまくいかず、困り果てて相談に来る飼い主さんが珍しくないそうです。なぜそういう失敗が起きてしまうのでしょうか。

「人間に置き換えて考えてみましょう。参考書を買って読んだからといって、誰もが勉強ができるようにはならないですよね? もちろん、スポーツのトレーニング本や、人間の子どものしつけ本もそうです。しつけは、本で読んだだけではなく、正しく実践したかどうかが大切になるのです。さらに、本を読んで得たしつけ知識は、そのままの形で実践に役立つとは限りません。一生懸命に知識を採り入れようとするあまり、頭でっかちになってしまって、実際のしつけに悪い影響を与えることも珍しくありません」

そうは言っても、しつけ本にはよいことがいっぱい書いてありますし、実践例が豊富に載っているものもあります。それでうまく行かないとなると、一生懸命に勉強しない方が、かえっていいのでしょうか?

「それはいけません。犬を飼う前に勉強する、これは本当に大切なことです。たとえばドイツの一部の州では、例外はありますが、犬を飼いたいと思った人はまずしっかり勉強して、飼育のためのライセンスを取得してから飼うということが義務付けられています。こういったペット先進国に比べると日本は、まるでクルマを無免許運転しているような社会なのかもしれません。知識100%でも実践100でもダメ、ということなのです」

海外のペット事情に詳しい方から、日本はペット後進国だ、などという意見を聞くことがあります。なるほど、私たちのペット飼育に関する考え方は、まだまだ改善しなければならないところが多そうです。では、その勉強を実際のしつけに活かすためには何が必要で、しつけに失敗する人は何が間違っているのでしょうか。

その犬がどんな性格・性質かによって、しつけ方は変わります

「ひと口に犬と言っても、犬種によってその性格や大切なポイントは大きく変わります。身体のサイズやルックスが違うというだけで犬種が分かれているわけではありません。まずは犬種の特徴をしっかり学ぶべきです」

犬種によっての性格や運動量の違いは、かなり大きいのだそうです。FCI(国際畜犬連盟)の分類では、犬は「牧羊犬・牧畜犬」「愛玩犬」「使役犬」「視覚ハウンド」など10のグループに分けられます。詳しくは別の記事でご説明しますが、たとえばかわいらしいウェルシュ・コーギー・ペンブロークはジャーマン・シェパード・ドッグと、小さくてスリムなミニチュア・ピンシャーはセント・バーナードと、それぞれ同一グループだったりして驚いてしまいます。また、同じグループに属していても、猟犬だった柴犬は警戒心が強く勇敢、犬ぞりを引き人と一緒に寝ていたサモエドは友好的で社交的など、犬種の歴史から来る性格や運動量の違いも大きいと言われています。こういった知識を身につけることが、飼い方やしつけの入り方を左右します。

「犬にとってもっとも大切なのは、適切な運動です。たくさんの運動量を必要とする犬種を、ただかわいいからというだけで飼って、満足な散歩を行わなかったりすると、犬はストレスが溜まって穴を掘ったり吠えたり攻撃的になったりします。これではしつけもうまくできませんし、犬にとっても飼い主にとっても周囲の人にとっても、不幸でしかありません。飼う前の勉強は重要なのです。また、同じ犬種で同じ年齢の犬でも、性格は本当にさまざまです。そのため、ある犬にはうまくいくしつけが、別の犬にとっては最悪の方法になったりします」

きちんと散歩をして運動をさせることが犬には大切です

同じようなしつけをしても結果は正反対。こんなことは当たり前に起こるのだそうです。本を読んだだけではしつけがうまくいくとは限らない理由がこれです。

「犬は褒めてしつけろ、という言葉をお聞きになったことがある方は多いと思います。なにかが上手にできたら大げさに褒めると、犬は喜んで覚えるというわけです。しかし、性格が臆病な犬は、大げさに褒めると怖がって逃げてしまい、かえってしつけになりません。また、いつも褒めてばかりいると、犬は褒められることが当たり前になってしまいますから、しつけの効果が薄れてしまう場合もあります。褒めるときと叱るときのメリハリをつけなくてはなりません。褒めればいいのではなく、適切なときに適切に褒めるから効果があるのです」

藤田先生によると、「犬のしつけはすべてが応用」なのだとか。

「犬は機械ではありませんから、同じしつけをしても、その日によって反応が違ったりします。また、人と犬とはまったく別の生物だということも理解しておかなくてはいけません。そのくらい分かるでしょ、なんていう人間の身勝手な決めつけは通じないですし、飼い主の都合をくみ取って気を回してくれることもありません。人はどうしても言葉に頼ったしつけをしがちですが、しつけの達人には、言葉を一切使わずに人と犬が意識を共有できる人もいます」

つまり、種類が違う生き物同士がうまくやっていき、しつけを成功させるためには、言葉なんかよりも互いの心の通い合いが何よりも大切だということです。

「しつけに限らず、飼い主が犬に対し何かをするときは、人の行動がその犬にとってどのような意味を持つのか、飼い主の望むことが本当に犬に伝わっているのかを考えながら、犬の気持ちをつねにくみ取る必要があります。たくさんの犬が一緒にトレーニングをするしつけ教室では、その犬に合わせたしつけはどうしても浅くなりますし、家族それぞれが好き勝手な方法でしつけても犬は混乱するばかりです。家族みんなでしつけについて話し合い、一貫性を持って育てていくべきでしょう。また、言われたことがすぐにできないのも当たり前です。人間の赤ちゃんを育てるように、根気よく、できるまで毎日続けましょう。ご家庭でのしつけは、飼い主も犬もともに成長していく、つまり共育が大事なのです」

できなかったことを探して叱るのではなく、褒めることを見つけたり、さらに一歩進んで「犬が褒めてもらえるようなことを飼い主がつくってあげる」のがコツなのだそうです。また、「叱るのと怒るのは違う」ことも心しておきたいところです。怒って激しく叩いたりしては、犬の成長にとって最悪の結果を招きかねません。人も犬もともに楽しみ、ともに喜びながら、日々コツコツと何かができるようになっていく。これがしつけの鉄則のようです。

適切なときに適切に褒めること。犬が褒めてもらえることをつくってあげるのが大切で

次回は、子犬が家に来たらまず真っ先に覚えてもらいたい『トイレトレーニング』について、藤田先生にうかがっていきます。

[辻村多佳志]