ドッグトレーニングの現場から Vol.10

噛んでもいいけど咬んじゃダメ!?

[2016/03/01 3:31 pm | 辻村多佳志]

今回のお悩みは「噛み癖・咬み癖」です。噛み癖は、幸せな共生社会を築く上で絶対に矯正しなければならない危険な問題行動。家族を噛むだけならともかく、散歩中にほかの犬や子ども、お年寄りを噛んだら、取り返しがつかない結果を招きかねません。しかし、噛み癖の矯正には危険が伴います。何をおいても安全性の最優先が鉄則です。

監修/訓練士 藤田真志
麻布大学獣医学部卒/動物人間関係学専攻 (社)ジャパンケネルクラブ公認家庭犬訓練士 (社)ジャパンケネルクラブ愛犬飼育管理士 2004年に「HAPPY WAN」を開業

そもそも、なぜ噛むのでしょうか?

藤田先生のもとに寄せられるお悩みのうち、吠え癖とともにもっとも多い問題行動が「噛み癖・咬み癖」です。傷だらけの手に包帯を巻き、噛まれる恐怖に怯えながら暮らす飼い主もいらっしゃるそうですから問題は深刻。これでは人にとっても犬にとっても不幸でしかありません。なぜこんな悲劇に見舞われてしまうのでしょうか。

「なぜ噛むのか、についての考え方は、前回の記事でご説明した吠え癖と基本的には同じです。まず、犬は人間のように手が使えませんし、もちろん道具も使えません。そのため、ほかの犬や人とコミュニケーションをとるために、噛むという行動が大きな役割を果たします。これを踏まえたうえで、なぜ噛むのかというと、理由はいくつかに分けられます。甘噛み、要求噛み、攻撃咬みです。なんの理由もなく突然咬んでしまう『突発性攻撃行動』をとりやすい犬種もありますが、日本ではあまり見かけない犬種ですので、これは考えなくてもいいでしょう。また、『噛む』は家具や手などをガジガジかじる、『咬む』は人などを咬んで傷つけるというニュアンスで使われています」

噛むと咬むは、使い分けたほうが状況が正確に伝わりそうですね。ところで、家具などをガジガジ噛んでしまう子も多いですが、これはどの理由に含まれるのでしょうか?

「思い違いをしている飼い主さんが多いのですが、家具などをかじる行動は噛み癖ではありません。噛み癖とは、ほかの犬や動物、人などに対してとるコミュニケーション行動です。家具を噛む行動は多くの場合、運動が足りないことで起こりますから、しつけて直そうとする以前に、散歩などで充分な運動量を確保すればほぼ収まります」

それは知りませんでした。同じ噛む行動でも、理由がまったく異なるようです。たしかに、理由を考えないと、噛むから叱るというだけのワンパターンな対応になってしまいますよね。

「また、子犬は成長するにつれ歯が生え替わりますが、このころには歯が痒くて噛む行動も目立ちます。噛んではいけないものと噛んでもいいものを理解してもらうためにも、チューイングトイというおもちゃを与えておくべきでしょう。ただし、何でもいいから噛ませておけばいいというわけではありません。私がオススメするのは、ビジーバディやマローボーンといった、知育効果があったりフレーバーが香ったりするチューイングトイです」

ビジーバディ パピーワグル
しっぽのようにくねくねと曲がる構造に加え、中におやつを詰められるので、長く集中して遊べるチューイングトイ。歯を傷めないソフトな噛み心地で、生後2~6カ月の子犬に最適。知育のほかデンタルケアやストレス解消効果も。972円(税込)
SPOON マローボーン
ボーンの中央にジャーキーフレーバーペーストを入れ込んだデンタルケア・チューイングトイ。無毒性の硬質ナイロン製で、割れることなく細かく削れていくため、破片を食べてしまっても排出される。650円~2100円(税別)

おもちゃによっては、丸飲みして体調不良となり手術で取り出す事態に陥ったり、歯が折れてしまったりすることもあるそうですから、丸飲みの危険がなく歯にもやさしいトイを選ぶべきでしょう。

甘噛みは徐々に止めさせていきましょう

では、甘噛み、要求噛み、攻撃咬みは、それぞれどう直したらいいのでしょうか。

「まず、甘噛みから見ていきましょう。子犬の甘噛みは、多くの犬が当たり前に行う行動で、親や兄弟姉妹との甘噛みを通じて社会化を育むことにもつながっています。大人になれば自然に治まる犬も多く、噛むこと自体は特に問題ありません。ただし、されるがままに甘噛みをさせておくと、大人になってからの噛み癖で困ることになりかねませんし、例えば柴犬など一部の犬種では、飼い主さんが困り果てるほど甘噛みがひどいという相談が多いように、犬種や性格に合わせた対応も求められます。甘噛みを叱ると、犬の成長にも悪影響を与えかねませんから、必要以上に神経質に止めさせる必要はありませんが、できれば徐々に止めさせていきましょう」

甘噛みに対して何のしつけもせず放置した結果、大型犬が子どもに飛びついて顔を甘噛みしケガをさせてしまった、などの事故もあるそうです。これでは噛まれた子どもにとっても犬にとっても悲劇でしかありません。幸せな共生社会を築くためには、子犬だからと放置せず、必ず適切なしつけをしなくてはなりませんよね。とはいえ、叱って止めさせるのがよくないとしたら、どう対応したらいいのでしょうか?

「すべての噛み癖に共通することですが、まずその犬がどんなときに、何を目的として噛んでいるのかを正確に見極めてください。犬を初めて飼う方などでは判断が難しいかもしれませんが、この見極めを誤るとしつけがうまくいかないばかりか、かえって状況を悪化させることもあります。犬の行動やそのときの状況をつねに観察し、決めつけをせずに判断していきましょう。『観察』はしつけの基本中の基本です」

例えば、遊んでいるときや抱っこされて寛いでいるときに、ハムハムと噛んでくる場合は甘噛みの可能性が高いですが、同じ抱っこされているときでも、ブラシをかけると噛もうとしてくるなら攻撃咬みの傾向が強まります。

「甘噛みだということがハッキリしたら、甘噛みの様子を観察しましょう。やさしくハムハムしている場合はさほど問題ありませんが、痛いくらいに甘噛みをしてくる場合は、ダメ! と制止して立ち上がり、遊びを中止します。手などを噛まれたら、噛まれた手を犬に押しつけて止めさせるというしつけ方法も知られていますが、グイグイ反応するとかえって興奮して盛り上がってしまう子も多いので、やはり無視がいちばんです」

甘噛みしたら楽しいことが終わってしまった……、「なら甘噛みを止めよう」と犬に考えてもらうのです。頭ごなしに叱るのではなく、犬に自ら考えてもらい止めさせる。これがしつけの基本中の基本です。では次回は『要求噛み』『攻撃咬み』の直し方について、藤田先生に話をうかがっていきましょう。

[辻村多佳志]