ドッグトレーニングの現場から Vol.35

【緊急提言】子どもの咬傷事故を防ぐために(その2)

[2017/04/03 6:00 am | 辻村多佳志]

前回の記事で、過日発生した、赤ちゃんの咬傷事故について緊急提言を行いました。咬傷事故の危険性を、犬種や身体のサイズ、ちまたで広まっているイメージから判断してはならないこと。社会化ができている犬かどうかが、攻撃行動の発生に大きく影響すること。危険や不快に遭遇していると犬が感じると、咬むことで難を逃れる場合があること。この3つが基本中の基本です。今回は、前回の記事を受け、犬と一緒に暮らす家庭に赤ちゃんが生まれるとき、飼い主はどう対応すべきなのかをうかがいます。

監修/訓練士 藤田真志
麻布大学獣医学部卒/動物人間関係学専攻 (社)ジャパンケネルクラブ公認家庭犬訓練士 (社)ジャパンケネルクラブ愛犬飼育管理士 2004年に「HAPPY WAN」を開業

赤ちゃんや幼児と犬が一緒に暮らすのは、危ないこと?

犬による咬傷事故は、それほど珍しい話ではありません。環境省の調査によると、平成25年度の事故届出件数は4443件で、死亡者はいません。そのうち、飼い主や家族が咬まれたケースは、192名報告されています。もちろん、家庭内で愛犬に咬まれたなどの場合は、届け出を行わないことが多いでしょう。藤田先生のもとにも、愛犬に咬まれて困り果てている飼い主さんからのSOSがよく届くそうです。

先日発生した咬傷事故や、この数千件という数字を見ると、小さなお子さんと犬が一緒に暮らすのは怖いな、と感じられるかもしれません。私の場合は、1000万頭近い犬が飼われている中で、咬んだ犬は0.0004%、まともなしつけが行われていない犬もいるのだから、正しいしつけをすれば、ほぼ安心だろうと思っています。これが正しい考え方かどうかは、みなさんそれぞれのご判断にお任せします。

「データでは、咬傷事故の詳細な内容までわからないですよね。咬み癖でお悩みの飼い主さんから数多くのご相談をいただいてきましたが、大人のことは咬むのに、子どもは咬まない犬がほとんどです。大型犬は、小型犬に吠えかかられても悠然としていることが多いですよね? 自分より小さな相手に対して、犬はむやみに攻撃行動をとらないものなのです」

咬むという行動は、自らに降りかかる危険や不快、恐怖を排除するためのものなのですから、小さな子どもや赤ちゃんを咬む必要はないですよね。

「犬と一緒に暮らす子どもは、じつに多くのことを犬に教えてもらえる。子どもの免疫力が高まり、動物への愛も育まれて優しい子に育つ。こうした話はよく聞きますね。たしかに、咬傷事故のリスクはゼロではないのですが、私は危険をはるかに上回るメリットがあると考えています。ただ、犬も人も安心して幸せに暮らすために、考えておくべきポイントはいくつもあります」

赤ちゃんが生まれる前に、何をすればいい?

まず大切なのは、赤ちゃんを迎えても、犬が快く受け入れてくれる環境づくりです。犬と子どもがともに幸せに、安心して暮らしていくためには、赤ちゃんが生まれる前から、未来を考えてのトレーニングが大切になります。

「赤ちゃんが生まれると、家族内の環境は大きく変化します。その変化が、犬にとって望ましいことでない場合、咬傷事故の危険は増すかもしれません。たとえば、犬を溺愛し、人間の子どものように扱っている家族を考えてみましょう。赤ちゃんが生まれ、子育てに一生懸命になれば、犬に向ける時間はどうしても少なくなり、犬は大きな環境の変化と疎外感から不安が募ります。すると、飼い主さんの気を何とか惹こうと、部屋のあちこちでおしっこをしたり、キャンキャンと鳴き続けたりの行動が現れることがあります。ストレスが頂点に達したら、赤ちゃんを咬んでしまうかもしれません。実際、変わってしまった愛犬に困り果て、相談に来られる方は多いですね」

子育てに忙殺されるなか、いままでお利口さんだった愛犬が困った行動を起こすようになる。これは絶対に避けたい展開ですよね。どんな飼い方をしていると問題が起こりやすいのですか?

「犬と飼い主との距離が、あまりにも近いご家庭に多いですね。いつも抱っこをしている、一緒のベッドで寝ている、ソファーの上で飼い主さんにくっ付いている、同じテーブルで一緒にごはんを食べる、などの育て方は、ちょっと危ないと考えてください」

こうした育て方をしていると、赤ちゃんがわが家に来た瞬間、犬はそれまでの幸せな居場所を、一瞬にしてすべて奪われてしまいます。

「夜はケージで寝てもらう、犬と人との食事場所や食事時間を分ける、犬が入れない部屋やスペースを決め、同じ家にいながら離れて過ごす時間をつくるなど、人と犬とが適度な距離感を保てる環境を、赤ちゃんが生まれる前から築いておきましょう。何かが起きてから慌てて対処しようとしても、なかなかうまくいきません」

適度な距離感が保たれているかは、どうやって判断すればいいのでしょうか?

「犬の性格や家庭内の雰囲気、住居環境、散歩の量と回数などによって、適度な距離感は異なってきます。犬の飼育経験が浅いなどで判断に困る場合は、やはりプロに相談すべきでしょう。私も、将来は子どもがほしいとお考えの方や、妊娠が判明した方から、トレーニングのご依頼をいただくことがよくあります。赤ちゃんが生まれたら生活はどう変わるか、そのとき犬はどう感じるかを考え、先回りして対応しておけば、予期せぬトラブルは大きく減らせます」

トレーニングでは、どのような部分を直すことが多いですか?

「最優先で直すべきなのは、引っ張り癖、飛び付き癖、噛み癖です。引っ張り癖があると、ベビーカーを押しながらの散歩が困難になりますし、飛び付き癖は赤ちゃんをケガさせる原因になります。噛み癖があると、赤ちゃん自身を攻撃しなくても、服をくわえて振り回す、おもちゃを横取りするなどの困った行動につながります」

備えあれば憂いなし。妊娠が判明し、安定期に入ったら、しっかり準備をしておきたいものですね。次回の後編は、赤ちゃんを家に迎えてからの暮らし方、小さな子どもと一緒に考えるしつけについてうかがっていきます。

[辻村多佳志]