ドッグトレーニングの現場から Vol.36

【緊急提言】子どもの咬傷事故を防ぐために(その3)

[2017/04/11 6:01 am | 辻村多佳志]

前回の記事では、赤ちゃんが生まれたことで問題が起きやすい飼い方や、赤ちゃんが生まれる前のトレーニングについてご紹介しました。今回は、赤ちゃんと犬との初めての出会いから、物心が付く年齢くらいまでの子どもが、犬と一緒に暮らしていくために心がけたいポイントの紹介です。うちの愛犬は優しくておとなしいからと放っておかず、犬も子どもも飼い主さんも協力し合って、一緒に成長していきましょう。

監修/訓練士 藤田真志
麻布大学獣医学部卒/動物人間関係学専攻 (社)ジャパンケネルクラブ公認家庭犬訓練士 (社)ジャパンケネルクラブ愛犬飼育管理士 2004年に「HAPPY WAN」を開業

赤ちゃんと初めて対面させるときはどうする?

赤ちゃんが生まれ、初めて顔を合わせたら、犬はどう思うでしょう。いままで見たこともない小さな生き物が、突然目の前に現れるのですから、もちろん興味を持つはずです。しかし、興味を持つ以上の危険な行動をとったら危険ですよね。どのようなことに注意して初対面させたらいいのでしょうか。

「まず、犬の様子をよく観察しましょう。怖がって逃げてしまう、激しく吠えかかっているなどの場合、もちろん無理に近付けてはいけません」

「判断しづらいのは、赤ちゃんをずっと見つめている場合ですね。初めて会う赤ちゃんですから、犬は、これはいったい何だろうと興味を持って見つめます。その際、動きが固まってしまっている場合は赤信号です。恐怖や不安で動けなくなっている可能性が高いですから、無造作に赤ちゃんを近付けると咬まれるかもしれません」

「また、口を閉じて尻尾を振っている場合も要注意です。警戒して尻尾を振ることも多いからです。犬好きの人が、初めて会った犬をいきなり撫でようとして、ガブリとやられるパターンがこれですね。喜んで尻尾を振っているものと思い込むことがないよう、こちらの記事などをお読み頂き、カーミング・シグナルについて勉強しておくべきでしょう」

危険はなさそうだ、と判断できた場合はどうしましょう。赤ちゃんのニオイを嗅がせたほうがいいですよね?

「犬は、目の前のものが何かを判断する場合、まっ先にニオイを嗅ごうとします。こちらから無理に近付けなくても、犬のほうから赤ちゃんのニオイを嗅ぎに来るはずです。ただし、ケージに入れる、リードでつなぐなどで犬の行動を制限し、ニオイは嗅げるけれど咬むことはできない状態にしておくべきですね。万が一の事故が起きたら取り返しがつかないですから」

犬が必要以上に興奮している場合も、いきなり近付けるのは避けておいたほうがよさそうですね。

赤ちゃんのころから犬と触れ合わせろ、は誤り?

では、初対面の興奮や警戒が収まってからは、どのように暮らせばいいのでしょう。社会性がしっかり育まれ、攻撃行動がない犬ならば、赤ちゃんの頃から犬と一緒にごろごろ寝転がるような育て方は、子どもの成長にメリットがあるという話も聞きます。

「乳児のころから床の上をハイハイさせ、犬と同じステージで触れ合わせるメリットはほとんどなく、対してリスクは大きい。私はそう考えています。犬はケージの中にいてもらう、または赤ちゃんはベッドの中にいてもらう。間仕切りで部屋を明確に分けるなど、すぐ近くにはいても濃密には触れ合わない環境をオススメしたいですね。ハイハイを始めたくらいの赤ちゃんを、犬が踏みつけてしまえるシチュエーションは、事故の危険性に加え、しつけの面からも避けるべきでしょう」

「ただ、わが家の場合もそうでしたが、赤ちゃんをずっとベビーベッドに寝かせておくのは、案外難しいものですよね。大人用のベッドに寝かせるわけにもいかないので、結局は床に布団を敷いて、親が一緒に寝ることになりがちです。となれば、犬の行動範囲を制限する方法が現実的ではないでしょうか」

犬と直接触れ合わせないほうがいいのですか? たとえば、ハイハイもできないような赤ちゃんをお世話する犬の動画などは、たくさんありますよね。犬は群れ動物ですから、小さな子どもを守ろう、世話しようという本能を持っているように思えます。

「それは、人間の勝手な決めつけですね。すべての犬が母性本能を発揮して、子どもの世話をするわけではありません。動画で紹介されるような犬は、珍しいから紹介されているのだと考えましょう。赤ちゃんの存在に慣れてくれば、ほとんどの場合は事故につながったりしないのですが、万が一ということがありますから。もし触れさせる場合は、犬と赤ちゃんだけで放置せず、飼い主さんがつねにピッタリと寄り沿い、犬の状態を観察し続けましょう」

子どもの手から、犬におやつをあげましょう。

では、子どもがどのくらいまで成長したら、犬と直接触れ合わせてもよくなるのでしょうか?

「目安は、犬にフードやおやつをあげられるかどうかですね。まず、親が犬におやつを与える姿を子どもに見せ、次に子どもにおやつを手渡して、はいワンちゃんにあげましょうね、のような遊びをしましょう。すると、犬にとって子どもは、おやつをくれる大好きな相手になります」

「おやつをあげる意味を、子どもが理解していなくてもかまいませんし、座ったままフードを床にバラ撒く程度でもかまいません。ただ、子どもが自分で食べてしまわないか、なかなかおやつをあげず犬を興奮させないか、誰かが見守っておくべきです」

おやつをあげて、コミュニケーションが取れるようになれば、もう安心と考えていいですか?

「小学校に入学するくらいまでは、犬との付き合い方を子どもに教え続けていくべきです。最初は犬の触り方からですね。子どもは、犬の耳や尻尾をつかんで引っ張ったり、ぬいぐるみ相手のように力任せに抱き付いたりするものですが、これでは犬にとっては迷惑。そんなことをしたらワンちゃんが痛い痛いになるよ、コチョコチョしてあげると喜ぶよと、子どもの前で親が見本を見せてあげましょう」

「また、幼稚園や保育園に入園するくらいまで成長した子どもは、犬を雑に扱ったり叩いたりしがちです。犬に対して優しい気持ちを持ってもらえるよう、愛情を伸ばしていきましょう」

犬に不満や不安を与えないようにするには?

赤ちゃんが来たことで、生活がガラッと変わると、犬はストレスを感じる場合があるとのことですが、解決の方法はありますか?

「子育てに手一杯になりますから、犬に割く時間はどうしても減るものです。しかし、犬を無視したり放置したりはもちろんダメ。なかでも絶対に減らしてはいけないのは、運動の時間と強度ですね。犬にとって運動はもっとも大切で、足りないとストレスを溜め込んでしまいます。誰かが家で子どもを見ている間に、別の誰かが散歩に行くなど、家族の協力と役割分担が不可欠になると考えておきましょう」

 ケージやクレートで休んでいる犬に、子どもがちょっかいを出さないよう注意するなど、犬が安心できる場所を確保することも大切です。また、子どもが言葉によるコミュニケーションが取れるようになったら、プロのトレーニングを一緒に受けさせると理想的です。犬との正しい付き合い方や正しいしつけを、小さいころから体験しておけば、これからの長い人生で、犬とのいい関係をずっと築き続けていけることでしょう。

[辻村多佳志]