マイクロチップは効力を発揮できるのか?

[2021/11/11 6:01 am | ペットジャーナリスト 阪根美果]

2019年に「動物の愛護及び管理に関する法律」が改正されました。この改正では、変更項目により施行時期が違うのですが、2022年6月1日からは、第1種動物取扱業者の犬猫等販売業者が取り扱う犬猫へのマイクロチップの装着が義務化されます。

繁殖用に飼育している犬や猫への装着、さらに繁殖した子犬・子猫には譲渡するまでに装着し、所有者情報を登録しなければなりません。そのため、ペットショップ等でマイクロチップを装着した犬や猫を迎え入れた場合には、登録内容変更の届け出を飼い主が行うことになります。この部分も義務化されますので必須となります。

また、すでに犬猫を所有している飼い主には、「動物の所有者は動物が自己の所有に係るものであることを明示する措置をとる」という観点から、マイクロチップの装着は努力義務と位置づけられます。

マイクロチップの所有者及び個体識別情報を管理する公益社団法人日本獣医師会は、「マイクロチップがより一層普及すれば、動物遺棄の未然防止や所有者不明の犬猫などの減少が期待できる」としていますが、実際に普及が広がり、その効力を発揮できるのでしょうか。マイクロチップについての詳細を見ながら、考えてみたいと思います。

出典:環境省「マイクロチップによる動物の個体識別の概要」

マイクロチップとは

マイクロチップは動物の個体識別を目的とした電子標識器具で、固有の番号を記憶した電子タグを動物の体内に埋め込んで使用するものです。耐久性に優れ安全で確実な個体識別法とされています。

個体番号の読み取りは専用のリーダーで行います。装着後、マイクロチップの番号と飼い主の名前、住所、連絡先などのデータを登録することで、迷子になってしまったペットが保護されたときにペットが飼い主の元に返還されやすくなります。

データベースの検索にはIDとパスワードが必要で、マイクロチップの番号を知った一般の人が個人情報を検索することはできないしくみになっています。

犬や猫のほか、ウサギ・ハムスターなどの小動物への装着も可能です。動物園などにおいては、哺乳類・鳥類・爬虫類(カメ・ワニなど)・両生類(サンショウウオなど)・魚類などほとんどの動物の個体識別に使用されています。動物の確実な身元証明として幅広く活用されています。

犬は生後2週齢、猫は生後4週齢から装着ができるといわれていますが、個体差や健康状態を考慮して装着時期を考える必要があります。埋め込み部位は、犬猫ともに「世界小動物獣医師会(WSAVA)」が提唱する背側頸部(正中線よりやや左側)の皮下深部が一般的です。

【形状・素材】
動物用のマイクロチップにはアンテナとIC部が内蔵されていて、長さ8~12㎜、直径2㎜程度の円柱形をしています。副作用を考慮して、表面は生体適合ガラス、あるいはポリマーで密封されています。マイクロチップは注射針のついたインジェクターやインプランターと呼ばれる使い捨ての埋め込み器を使って、動物の体内に埋め込みます。

【安全性と耐久性】
マイクロチップの装着は獣医療行為です。それが適切に行われていれば、動物の体に負担をかけることはありません。皮下組織内での移動は稀にありますが、読み取りに影響はありません。また、レントゲンやCTスキャンも支障なく行えます。1.5テスラ以上のMRI画像は乱れることはありますが、体に影響はありません。マイクロチップの耐久年数は30年程度で、作動に電池は必要ないため、装着したら半永久的に使用できます。海外においてはマイクロチップの装着はかなり進んでいて、欧米を中心にこれまで何千万頭の装着実績があります。現在まで装着後の副作用は、ほとんど報告されていません。健康被害でわかっているものは英国小動物獣医師会による情報で、370万頭以上のマイクロチップ装着実績のうち腫瘍が認められたという2例の報告です。そのため、マイクロチップの安全性は「高い水準である」と評価されています。

【規格】
世界における家庭動物用のマイクロチップにはいくつかの規格がありますが、日本で流通しているものは、「国際標準化機構(ISO)」の規格で統一されたものです。起動周波数は134.2㎑、コード体系は15桁の数字です。この規格のマイクロチップはヨーロッパ・オセアニア・アジア地域で広く使われていますが、アメリカ・香港では違う規格のマイクロチップが流通しています。


日本獣医師会による登録システム

マイクロチップは装着をしただけでは意味がありません。チップ自体には犬や猫の所有者情報は含まれていなので、日本獣医師会に、下記のような流れで登録をする必要があります。代行して手続きをしてくれる動物病院もあるようですが、基本的には犬や猫の所有者である飼い主が登録をすることになります。登録されたデータは「AIPO(動物ID普及推進会議)」によって管理されます。
※AIPOは、日本動物愛護協会、日本動物福祉協会、日本愛玩動物協会、日本獣医師会によって構成されている

※2022年6月からの申請料は書類申請の場合1000円、インターネット申請の場合は300円となります

マイクロチップ装着のメリット

日本獣医師会の「マイクロチップ マニュアル」によると、マイクロチップ装着には下記のようなメリットがあるとされています。

・迷子になっても、保護されたときに身元がすぐに確認できる
・地震などの災害時にはぐれても、飼い主のもとへ戻る確率が高くなる
・盗難にあったとしても登録番号の改ざん消去はできない
・事故などで怪我をして保護されたときも迅速な連絡が可能
・検疫がスムーズになり、短い時間で出入国ができる


迷子や地震などの災害時にはぐれてしまい、長い間さまよっていると首輪や迷子札が外れてしまうことがあります。そんな時でもマイクロチップであれば体内に埋め込まれているので、外れることはありません。また、盗難時には、その後に愛犬や愛猫などを見つけたとしても自分のペットだと証明するのは困難です。「似ているだけだ」と言われてしまったら、取り戻すことは困難です。しかし、装着してデータベースに登録してあれば、自分が飼い主だと証明することができます。

犬や猫などへの装着はヨーロッパやアメリカをはじめ、多くの国で採用されていて、行政機関による義務化が進んでいます。ペットを連れて出入国する際には、動物検疫において装着していることが必須です。日本においては2004年に犬や猫などの動物を日本へ輸入する際の装着が義務化されています。装着により検疫がスムーズになります。

このほか、保険会社によりますが、装着しているとペットの保険料が安くなります。また、装着されていれば、リーダーと呼ばれる読み取り器を装着部分にかざして番号を読み取ることで、データベースと照合して飼い主の氏名や連絡先を知ることができるので、「安易にペットを捨ててしまうことを思いとどまらせる効果がある」と期待されています。リーダーは動物愛護センターや動物病院などにあり、保護された犬や猫について、動物愛護センターの担当者や獣医師などがインターネットや電話、FAXで照合して確認することができます。

装着する予定はないが57.1%も

ペットショップやブリーダーから購入した犬や猫については、すでにマイクロチップを装着している場合も多く見受けられます。SBIいきいき少額短期保険が2019年に実施した「マイクロチップに関するアンケート」によると、26.5%の飼い主がマイクロチップを装着しているという回答が得られたそうです。また、アイペット損害保険が2021年に実施した「ペットのための防災対策に関するアンケート調査」では、装着率は25.4%にとどまりましたが、前年に比5ポイント以上増加したようです。

2022年6月1日からは義務化もスタートしますので、さらに増えることでしょう。しかし前述したように、すでに犬や猫を所有している、あるいは業者以外から迎えた場合には、マイクロチップを装着させるかどうかは飼い主の努力義務です。その装着意向はどの程度なのか気になるところです。

「マイクロチップに関するアンケート」によるマイクロチップ認知率は90.5%で、ほとんどの飼い主が情報を得ていることがわかります。しかし、「装着したい」と答えた飼い主は9.8%、「検討中」は33.1%、そして「装着する予定はない」は57.1%と半数以上を占めていたのです。なぜ、こんなにも飼い主の装着意向が低いのでしょうか。

一般社団法人ペットフード協会の令和2年全国犬猫飼育実態調査による「マイクロチップ認知・装着状況」でも、認知率は80.8%となっているにも関わらず、「飼育している犬に装着している」と答えた飼い主は20.1%、「飼育している猫に装着している」が5.6%、「装着していない」が74.1%という結果でした。また、「マイクロチップ非装着理由」には、以下のような回答が寄せられていました。

・完全室内飼育だから(52.8%)
・埋め込みが痛そうでかわいそうだから(34.4%)
・費用が高そうだから(33.4%)
・動物の健康に悪そうだから(16.2%)
・名札や鑑札をしっかりつけていれば必要ないから(13.1%)
・マイクロチップの信頼性が低いから(7.0%)
・マイクロチップが大きいから(1.3%)
・その他(7.9%)


以上のデータからは、マイクロチップの認知率は高いものの正しい情報を得ていない、あるいは誤った認識をしている飼い主が多いことがわかります。また、現状のマイクロチップに対してメリットを感じていない飼い主もいるようです。アンケートでは「今後マイクロチップに関して実現したら良いと思うこと」という質問もしていますが、その回答の1位は「GPSが付けられる」で54%、次いで「健康管理ができる」が39%となっていました。

例えば、犬や猫が迷子になった場合、現状では「見つかれば」データベースと照合して飼い主に連絡ができるということですが、GPS機能があれば確実に見つけることができるわけです。また、健康診断の結果、病歴、治療中の病気、薬の履歴などその犬や猫の健康管理の情報を記録できれば、どの獣医師でもすべて把握できるということになります。旅行先で体調を崩して初めての動物病院に行ったときにも、安心して診察を受けることができます。将来的にさまざまな問題をクリアしてGPS機能や健康管理ができるようになれば、装着率を高める後押しになるかもしれません。

装着率を高めるには啓蒙活動が必要

マイクロチップの最大の目的は、「犬や猫と飼い主の情報をデータベースに登録することで、安易に遺棄することを防ぐため」、また「犬や猫が災害や盗難で離ればなれになってしまった際に身元確認がしやすくなることで、飼い主と再会できる確率が高まるため」と掲げられています。

飼い主の目的は後者のほうだと考えます。実際に2016年に発生した熊本地震では、マイクロチップを装着していた犬7頭のうち6頭が登録されていた情報を使ってスムーズに飼い主と再会を果たしたそうです。首輪だけだった場合は344頭中136頭(40%)、鑑札・狂犬病予防注射済票では、16頭中15頭(94%)だったそうです。首輪や鑑札は外れてしまうこともあるので、さらにマイクロチップを装着していれば、愛犬や愛猫と再会できる確率がより高まるわけです。

現在、日本は自然災害が多発し、そのたびに甚大な被害が生じています。世界的な気象の変動で、全国各地のどこにいても被害を受ける可能性があり、災害に備えてさまざまな準備をしておくことは重要なこととされています。「わが家の愛犬・愛猫は迷子にならないから大丈夫」と思っていても、災害時には壊れた家屋などから逃走し、離れ離れになってしまうことも多々あるのです。その際に少しでも再会できる可能性を高められるマイクロチップは、ペットの災害準備として有効性があると考えています。

しかし、前述のとおりマイクロチップの正しい情報を得ていない、あるいは誤った認識をしていて、そのために装着をしていない飼い主も多くいます。普及を広げ、効力を発揮するためには、より信頼性の高い啓蒙活動をすることが必須です。

筆者は、その啓蒙活動には動物病院が最適だと思います。信頼している獣医師にマイクロチップの安全性やメリットを正しく説明してもらえれば、飼い主は安心して装着できます。ところが、現状はスタッフの理解力が低かったり、装着に積極的ではない動物病院も多々あるようです。

先日、筆者は動物病院へ行き、愛猫3頭のマイクロチップの装着をお願いしました。すると「探したけど2頭分のマイクロチップしかないのですが」と言われました。どうやらこの病院では、マイクロチップを入れる飼い主が極端に少ないようです。しかたがないので、この日は2頭だけ装着をすることにしました。

さらに、マイクロチップ装着の際には「注射針が太いですよね。猫たちも痛いと思いますよ」と獣医師が話すのです。飼い主としては「やめようかな」と不安になる言葉でした。無事に装着が終わり会計を待っていましたが、30分待ったところで看護師が筆者のところへ書き方を聞きにきたのです。「この病院はマイクロチップ装着に積極的ではないなぁ」と思いました。後日、知人からも同じような経験をしたと聞きました。このような動物病院に通う飼い主は、愛犬・愛猫にマイクロチップを装着しようとは思わないことでしょう。

「努力義務」とは、日本の法律上は「~するよう努めなければならない」「~務めるものとする」という意です。従わなくても刑事罰や過料等の法的制裁を受けることはありません。しかし、動物愛護法において飼い主に向けられているその「努力義務」をすべての獣医師が理解し、マイクロチップについての正しい情報を積極的に発信する必要があるのではないでしょうか。なぜなら、マイクロチップの装着は獣医療行為であり、その役目を担うのにふさわしいからです。飼い主が信頼をする獣医師だからこそです。そのうえで、飼い主が装着するかどうかを選択することが大切なのではないでしょうか。

行政の費用負担も普及の鍵に

マイクロチップ装着の義務化、努力義務に伴い、装着料の助成制度を設ける市区町村が増えてきました。多くは費用の一部を負担するというものですが、京都市では、犬や猫のマイクロチップ装着は年間先着1000頭に限り情報登録料の1050円のみで施術できるとしています。また、鎌倉市では装着費用(AIPOへの登録料を含む)の30%に相当する額(1頭につき1500円を上限)を補助するとしています。このように市区町村により条件等が異なりますので、利用する飼い主は行政への確認が必要です。

前述した「マイクロチップ非装着理由」にも費用の高さについての回答がありましたが、このような行政の費用負担が積極的に行われることは、普及を広げるのに有効な政策だと考えます。まだまだ、助成制度があるのは一部の市区町村です。全国に広がっていくことを望みます。しかし、このような助成制度があっても、実際にそれを知らない飼い主も多いと聞いています。動物病院にポスターを掲示するなど、飼い主の目に触れやすい方法で告知することで普及に繋がるのではないでしょうか。

早い段階でマイクロチップの普及が広がり、その効力を発揮するためには、「努力義務」の飼い主が所有する犬や猫の装着率をいかに高めるかが鍵になります。データを管理する日本獣医師会はもちろんのこと、獣医師や市区町村のそれぞれが積極的に啓蒙活動をし、ときには協力関係を結びながら進めていくことが必要となるでしょう。

【追記】
 データベースを構築するうえで、筆者が改善したほうがよいと感じるのは、犬や猫の毛色コードです。特に猫の場合はあまりにコードが少なく、当てはまる毛色がないときもあります。また、「茶トラ」「キジトラ」「サバトラ」など、時代にそぐわない記載があります。申込用紙に毛色コードの記入が必要で、獣医師に「毛色はどうしますか?」と質問されます。日本獣医師会の「マイクロチップ マニュアル」には、“見た目が一番近いものを選んでね!” と明記されています。しかし選択肢が少なすぎて、考えた末に「その他」を選ぶことになります。

マイクロチップ装着の目的のひとつとして、犬や猫が迷子になった時に役立てるのであれば、見た目である毛色の情報も正しいものでなければなりません。犬に関しても猫よりは毛色の種類が多いものの同様に感じています。正確なデーターベース化のためにも改善したほうがよいのではないかと考えます。

[ペットジャーナリスト 阪根美果]