改正動物愛護法をどうみるか【後編】

[2019/09/09 6:01 am | ペットジャーナリスト 阪根美果]

2019年6月12日に6年ぶりに動物愛護法が改正されました。全国各地で「殺処分ゼロ」などの動きが活発になり、動物の命を守りたいという動物愛護の精神が、法改正に大きく影響したといえるでしょう。前編では「生後56日以内の犬猫の販売禁止(一部例外あり)」と「販売用の犬猫にマイクロチップ装着の義務化」について解説しました。後編では、下記の法改正の主なポイントのひとつである「動物虐待に対する罰則の強化」について解説していきます。

※写真はイメージ

動物虐待に対する罰則の強化とは?

愛護動物をみだりに殺したり傷つけた者➔5年以下の懲役又は500万円以下の罰金
愛護動物をみだりに虐待した者
愛護動物を遺棄した者➔100万円以下の罰金又は1年以下の懲役

環境省の「平成30年度動物虐待事例等調査報告書」の「Ⅲ 動物の虐待等の判例等」では、動物虐待は年々増える傾向にあり、平成29年度には109件の逮捕が報告されています。しかし、動物虐待事件では犯人が見つからないことが多く、この逮捕数は氷山の一角に過ぎないと考えられています。動物は人間のように言葉を発しないので、証言や目撃情報などから犯人を特定することが難しいことが要因です。

近年、インターネット上には残虐な方法で動物を虐待する動画や、文章の匿名掲示板への投稿が相次いでいます。匿名掲示板のなかには、動物虐待専門の掲示板もあり、その投稿数や残虐性が年々エスカレートしていることが伺えます。このような状況を重く見て、その抑制のために動物虐待に対する罰則の強化がなされたのです。

このほかにも、「獣医師による虐待の通報の義務化」が強化されました。みだりに殺された、傷つけられた、虐待されたと思われる動物を発見した際に、遅延なく都道府県等に通報することを獣医師に義務づけたものです。改正前は努力義務でしたが、法改正により報告義務が生じ、「知らなかった」では済まされなくなりました。虐待に気づきながら報告をしなかった場合には、義務違反として罰せられることになります。監視の目としての役割を担います。

動物虐待は犯罪の予兆

凶悪犯罪者が、事件前に動物を虐待していたという話をたびたび耳にします。すべての凶悪犯罪者が動物を虐待した過去があるわけではありませんが、欧米における研究では、「動物虐待と対人暴力の連動性」が指摘されています。犯罪プロファイリングが進んでいるアメリカのさまざまな研究では、軽犯罪者よりも凶悪犯罪者のほうが動物虐待歴が高いことがわかっています。そのため、「動物虐待は凶悪な犯罪の予兆である」と捉えられています。

実際、日本においてもその連動性が見られる凶悪な犯罪が起こっています。例えば、昭和63年~平成元年 東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件、平成9年 神戸連続児童殺傷事件、平成13年 池田小児童殺傷事件の凶悪な犯罪者においては、過去に動物虐待をしていたという共通点がありました。平成24年に起きた長崎県佐世保市の高1女子生徒殺害事件では、加害者である少女が「猫を解剖したりしているうちに、人間で試したいと思うようになった」と事件前の動物の解剖がエスカレートしたことを供述しています。また、平成28年には子猫を生きたまま焼き殺し、Facebookにその動画を投稿していた兵庫県神戸市の女性(31歳)が兵庫県警に逮捕されました。動画のなかで「どこまで殺せる? え~と人間まで」と人への危害の可能性についても漏らしていました。

イギリスの動物福祉のNGO団体「ワールド・アニマル・プロテクション(WAP)」は、動物虐待の調査報告においてその動機を9つに分類しています。

・動物の支配:弱い動物に過剰な懲罰を与える
・動物への報復:些細なこと、的外れなことを虐待の理由にする
・異種の生き物に対する差別:極端な嫌悪感を虐待の理由にする
・怒りやストレスのはけ口:虐待を怒りやストレスのはけ口にする
・攻撃性や凶暴性の誇示:攻撃性や凶暴性を高めるため動物を練習台にする
・他者の反応を楽しむ:他人が驚く、嫌悪するのを愉快に感じる
・復讐の手段:復讐したい人のペットを虐待して嫌がらせをする
・身代わり:怒りや復讐の対象者の代わりに動物で代替する
・サディズム:単に動物虐待の欲求で快感をえる

いずれの動機も暴力性や攻撃性を抑制することができず、ともすれば、それがエスカレートする理由ばかりです。もし、この心理状態を持つ動物虐待犯の対象が人間に向かえば、DVや児童虐待、また凶悪犯罪を引き起こすことになるでしょう。動物虐待を安易に考えるのは、とても危険なことなのです。

しかし、こうした欧米における動物虐待の研究は顕著ですが、日本においてはほとんど行われていません。そのため、動物虐待犯の心理は掴めていないのです。年々増加する動物虐待の現状から、その行為に及ぶ動機が何なのかを見つけて、対策を練ることも必要でしょう。その矛先が人間に及ぶ前に、その芽を摘み取ることが大切です。

罰則が軽すぎるのではないか?

動物虐待に対する罰則の強化は、「人が被害者になる重大事件の芽を事前に摘む」ことを目的に、「動物を大切にする」という意味合いがあります。この強化が動物虐待の抑止力になればよいのですが、あまりに罰則が軽すぎ、まだまだ効果は望めないだろうという意見も多く見られます。

今年6月に富山県富山市の男性(52歳)が他人の飼い猫1匹を盗んだとして窃盗の疑いで逮捕されました。盗んだあとにその猫を虐待して殺害したほか、50匹以上の猫を殺害した「器物損壊罪」や「動物愛護法違反」の疑いでも捜査が進んでいました。その後、男性は起訴事実を認め、懲役6カ月が求刑されたのです。これに対しSNS上では「もっと重い刑を」「動物の命を軽く考えすぎだ」との声が相次ぎました。それは動物愛護法改正後の反応も同様でした。

しかし、このような動物愛護の精神が進むなかにおいても、いまだ猫の命は「器物損壊罪」で裁かれているのです。「他人の所有物または所有動物を損壊、傷害することを内容とする犯罪」を指し、刑法261条で定められています。「物」という文字に象徴されるように、動物は「物(モノ)」としての扱いです。

例えば、動物の輸送を見てみると、飛行機に乗せるときには貨物室、空輸の場合は航空貨物のカウンターに預けに行くことになります。また、新幹線などでは手荷物の切符を購入して乗せることになります。この「物(モノ)」としての扱いであることが、罰則の強化に歯止めをもたらしているのです。

前述の事件の殺害された猫の飼い主は、家族の一員として暮らしてきた愛猫を失いました。その「命」の重さが懲役6カ月です。到底納得のいく求刑ではなかったことでしょう。「物(モノ)」としての考え方をあらため、時代に合った法改正がなされることを強く望みます。それが、「人が被害者になる重大事件の芽を事前に摘む」「動物を大切にする」という目的を達成する大きな原動力になるはずです。

ネグレクトや遺棄も罪になる

法改正によって、動物虐待の例示としてネグレクトについても追加されました。ネグレクトとは義務不履行や怠慢という意味で、やらなければならない行為をやらないことをいいます。健康管理をしないで放置、病気を放置、また世話をしないで放置することなどが例示されています。これらができていないと判断された場合には、罪に問われることになります。また、遺棄することも罪に問われ、その罰則も強化されました。飼い主になった以上は所有者の責務として、動物がその命を終えるまで適切に飼養すること(終生飼養)が求められます。

以前より、悪徳な繁殖業者やブリーダーが山中に売れ残った子犬や子猫、また繁殖犬や繁殖猫などを捨てる事件が問題視されていますが、最近では首輪をしている犬や猫が捨てられていることもあります。安易に飼い始めたことや責任感の欠如が大きな要因です。

ネグレクトや遺棄を防ぐためには罰則の強化も大切ですが、それと同時に繁殖業者やブリーダーの質の向上、ペットショップなど安易に購入ができてしまう販売システムの改革、飼い主の意識の向上などを考える必要があります。それをすることなしには、ネグレクトや遺棄を減らすことは難しいでしょう。

動物虐待ホットラインを全国へ

動物愛護法で罰則を強化するだけでなく、重大事件の芽を事前に摘むことを強化しているのが兵庫県警です。平成27年に動物虐待に関する相談や通報を受け付ける専用電話「アニマルポリスホットライン」を開設しました。

兵庫県警のホームページでは「重要凶悪事件の前兆事案である動物虐待事案への的確な対応を図る」として、可能な限り凶悪犯罪を未然に察知し、予防することを目指しています。また、大阪市では今年8月1日に独自で「動物虐待相談電話(動物虐待ホットライン)」を設置することを公表していましたが、10月に大阪府が「大阪府動物虐待通報共通ダイヤル『おおさかアニマルポリス♯7122』」を開設することから、それを活用。府内の虐待通報の窓口においても「動物虐待ホットライン(動物虐待相談電話)」が開設されることになりました。

大阪市に開設された「動物虐待ホットライン」

このように相談窓口が1本化されることは、情報の共有とともに素早い対応が可能となります。また、通報先が明確になることで、一般市民が通報しやすくなり、情報量も増します。大阪市ではこの広報活動を通じて、「動物虐待が犯罪であることを周知し、未然防止を図る」としてその効果を期待しています。

イギリスやアメリカなど海外においては既に200年前から国として動物虐待への取り組みが行われています。動物虐待などの通報を受けた場合に捜査を行い、動物虐待犯を逮捕する権限を持つほど、その役割は大きいのです。しかし、日本においては都道府県が自主的に設置しているものであり、その事案の取り扱い範囲も県下・府下に限定されています。暴力性や攻撃性が増している動物虐待を取り締まり、重大事件の芽を摘むためにはすべての都道府県に動物虐待ホットラインなどの相談窓口を開設し、監視の目を光らせ、素早い対応をすることが必要だと考えます。動物愛護法の更なる罰則の強化と共ともに、その監視の目が全国に広がることが望まれます。

動物は「物(モノ)」ではなく「命」です。その「命」を残虐な行為で弄ぶことを断じて許してはならないのです。

改正・動物愛護法をどうみるか【前編】では、8週齢規制の懸念点、マイクロチップ装着の義務化、ブリーダーの免許制について解説しています。

[ペットジャーナリスト 阪根美果]