「熊本地震」シェルターの犬たちは今どうしているのか?

[2019/04/02 6:01 am | ペットジャーナリスト 阪根美果]

2016年4月に発生した熊本地震。熊本県や県獣医師会では、地震直後から避難所や市役所にペットの相談窓口を設置し、被災ペットと飼い主の支援をしていました。被災ペットのケガの応急手当や病気への対応、避難先がペットを飼えない場合の一時預かりの要望を受け、大分県九重町に受け入れるためのシェルターが設置されたのです。

ここは、もともとリタイヤした介助犬が余生を過ごすための施設としてつくられようとしていたため、敷地は広く、被災ペットを受け入れるのには最適な場所だったのです。集まった熊本地震の義援金で受け入れるための整備を行い、「熊本地震ペット救援センター」として犬50頭、猫20頭の被災ペットの支援が始まりました。

山本さんと阿蘇くまもとシェルターの犬たち

震災から間もなく3年を迎えます。シェルターの犬たちは、無事に飼い主のもとに戻れたのでしょうか? 設置当初から熊本地震ペット救護本部で、飼い主との相談窓口をしていた山本 志穂さんにお話を伺いました。

厳しい飼育環境

「じつは、熊本地震ペット救援センターは熊本市内からクルマで3時間かかるので、なかなか飼い主さんがペットに会いに行ける場所ではありませんでした。しかし、会えない時間が多ければ多いほど、飼い主さんの気持ちも薄れてしまうと感じ、2カ月に1度、ツアーを組んでペットに会えるようにしました。日々の大変さに追われ、ペットを飼う気持ちが薄れ、飼育放棄してしまうことを防ぐためでした」

また一緒に暮らせる日を思いながら、頑張ってもらいたい。そんな気持ちで被災ペットたちを見守り、飼い主をサポートしていたのです。

阿蘇くまもとシェルター代表の山本 志穂さん

初めての冬を迎えたころ、大きな試練が待ち受けていました。大分県九重町はスキー場が近く、マイナス10℃になる場所。ペットにとって厳しい環境でした。温泉を引いてきて床暖房を設置したり、壁を厚くしたりすることでなんとか整備をしましたが、想定外の人手不足に直面しました。雪が深すぎてボランティアをするにも常駐するしかない状況。有償にして募集をしても応募はありませんでした。ここでシェルターを運営するのはリスクが高い。次の冬までには熊本市内にシェルターをつくる必要があると強く感じたのです。

行政支援の打ち切りとシェルターの移転

「災害などが起こった場合、行政支援は約3カ月ごとに見直されます。状況によりまだ必要と判断されれば、さらに3カ月延長されます。熊本地震の場合は余震が長く続いたこともあり、県内に移すことは難しいとの判断がなされ、何度かの延長を経て最終的に2017年10月末に熊本地震ペット救援センターの閉所が決まりました」

しかし、まだ多くの被災ペットが飼い主のもとに戻れずに残っていました。再建のための業者不足などから、被害の大きかった地域では、まだ道路や河川敷の工事が終わらず、その周辺の自宅再建はその後になるため、飼い主は引き取ることができずにいたのです。

マロンの樹の裏手にある「阿蘇くまもとシェルター」
自然豊かなドッグランも併設されています

行政の支援は終わるが、被災ペットを路頭に迷わすわけにはいかない。自宅再建後にともに暮らすことを待ち望んでいる飼い主のためにも救済が必要です。山本さんとその思いを同じくするメンバーは自らが動くしかないと、閉所前から熊本県内にシェルターをつくる場所を探しました。

しかし、鳴き声などが聞こえる住宅密集地に構えることは難しく、なかなか見つかりませんでした。そこで、以前より知っていたペットと一緒に食事ができるレストラン「マロンの樹」のオーナーに相談をしてみました。ここは熊本市内からクルマで1時間足らずの場所で、1500坪の敷地内には山野草が咲き乱れ、四季折々にさまざまな色彩を見せてくれます。パノラマも素晴らしく、阿蘇山へとつながる山々や段々畑を望むことができます。ドッグランが併設されていることや飲み水が阿蘇の天然水であることなど、被災ペットが過ごすための良い施設や設備が整っていました。

また、すぐ近くにキャンプ場があるので、さまざまな人が「マロンの樹」を訪れます。シェルターでの救済活動を知ってもらうにも最適な場所だったのです。

「使用していないプレハブが1棟あるということで、ドッグランとともに借りることになりました。悪天候のときにもビニールハウス内で運動をすることができるのです。本当に願ってもないことで、快諾してくれたオーナーには感謝の気持ちでいっぱいです」

こうして理想に近い場所にシェルターを構えることになりました。被災ペットの頭数を考えるともう1棟プレハブが必要でしたが、仮設住宅としての需要が多く見つけることができませんでした。そこで、猫はそのまま九重の救援センターで預かってもらい、1棟のプレハブに収容できる頭数の犬をここで救済することになったのです。シェルターの名前は、阿蘇くまもと空港にも近いため「阿蘇くまもとシェルター」としました。

シェルターで飼い主と愛犬の絆を育む

「ホームシックになるので会いに来ないでもらいたいと飼い主さんに言う団体もありますが、私は月に2回は会いに来てくださいと伝えています。ここにはレストランやカフェもあるし、愛犬とゆっくり過ごしてもらうことができます。お互いにそれを励みに頑張ってもらいたいと思っていますので」

ほとんどの飼い主は仕事が休みの週末に面会にきて、愛犬との穏やかな時間を過ごしています。熊本市内から近いことや大自然のなかで、愛犬と一緒に食事ができる豊かな環境が、飼い主と愛犬の絆を育む手助けをしてくれます。

卒業生証書がもらえます
愛犬も一緒に通勤しています

2018年4月、「阿蘇くまもとシェルター」の卒業生第1号が、飼い主とともに新築の家に帰っていきました。愛犬の家も大工さんにつくってもらったと嬉しそうに愛犬の頭を撫でていた姿が印象的でした。やっとこの家族の震災復興が終わり、日常が戻ってくるのだろうと思った瞬間でした。

民間シェルターを維持することは難しい

「阿蘇くまもとシェルター」は、被災ペットの飼い主から月々の預かり金で運営されています。預かっているのは自宅が半壊以上の被害を受けた被災者のペットなので、それほど多くの金額はもらえません。シェルターの運営費は、その預かり金と外部からの寄付金や支援物資で何とかやり繰りをして、プレハブの家賃、人件費、フード代等を捻出しているのです。

「ここは熊本地震の行政支援の熊本地震ペット救援センターから引き継いだ犬たちがほとんどでした。阿蘇くまもとシェルター立ち上げ後、新規で5頭預かることにもなり、多いときで17頭になりました。しかし、10頭以下になると運営資金の枯渇の不安がありました」

今年に入り、次々と家族の元へと帰られるようになるにつれ、嬉しい反面、預かり金が減るため運営が厳しくなっていきました。昨年その状況を踏まえ、飼い主さんの了解を得て値上げをしましたが、厳しい状況は変わりません。なかには預かり金を滞納する飼い主さんもいて、その対応にも苦労しました。

「最後の1頭が飼い主のもとへ帰る日まで、運営ができるとよいのですが」と山本さんは話します。また、短時間のパートを募集しても応募者がなく、ボランティアの参加もなかなか集まらない。慢性的な人手不足にも悩まされていました。民間のシェルターを維持する難しさを実感したのです。

ドッグランで遊ぶ犬たち
現状は厳しい
飼い主との生活を待っています

「阿蘇くまもとシェルター」の展望

そんな状況を打破するために、2019年1月にクラウドファンディングで復興支援を呼びかけました。約1カ月後にプロジェクトが成立し、当面の資金難を乗り越えることができました。昨年末に取材を受けた新聞に「阿蘇くまもとシェルター」の現状が掲載されたことでも、たくさんの寄付金や支援物資が届きました。

みんなが早く笑顔を取り戻せるように
山本さんを心から信頼する犬たち

「現在シェルターにいる被災ペットは、みなさんのご支援のおかげで、この秋に全頭が飼い主のもとへ戻れる予定です。しかし、被災ペットの預かりの相談が続いています。仮設住宅を出なければならないが、高齢者の場合は自宅再建が難しく、ペット可の物件が見つからないためどうしたらよいかという相談です。シェルターを閉鎖するか、そのような飼い主さんと被災ペットを救済するために存続するか、関わるメンバーと相談しながら、結論を出したいと思っています」と山本さんは話します。

熊本地震の被災者の復興は今も続いているのです。

まとめ

地震などの災害の直後は、多くのニュースやマスコミが取り上げるために関心が高く、寄付金や支援物資が多く集まります。しかし、時間とともに情報が減り、関心も薄れ、復興に苦しむ方々の声は届かなくなります。発生から3年が過ぎてもなお続いている震災復興がここにあります。「支援」とは「苦境にある人に力を添えて助けること」を意味します。復興が続く限り、そこに目を向けて支援し続けることが大切です。支援の在り方について、いまいちど考えてみる必要があるのではないでしょうか。

[ペットジャーナリスト 阪根美果]