約1000頭の犬を劣悪な環境で飼育した繁殖業者に見る問題点

[2021/09/13 6:01 am | ペットジャーナリスト 阪根美果]

先日、長野県松本市のブリーダー(繁殖業者)が、犬を劣悪な環境で飼育していたという疑いで、警察の家宅捜索を受けました。飼育していた犬は届け出をはるかに上回る約1000頭で、健康状態などに問題が生じている犬も多く、一部の犬は保健所に保護されました。狭く不衛生な部屋で繁殖させるなどした動物愛護法違反の疑いがもたれています。

保健所には事前にこのブリーダーの問題を指摘する情報が寄せられていたそうです。このブリーダーにはさまざまな問題が見られます。2024年6月に完全施行される環境省の改正動物愛護法に関する「第一種動物取扱業者及び第二種動物取扱業者が取り扱う動物の管理の方法等の基準を定める省令(省令基準)」等に照らし合わせながらその問題を考えてみたいと思います。

飼育数の増加はコロナ禍が影響か?

ブリーダーとして登録するには「第一種動物取扱業申請書」「第一種動物取扱業の実施の方法」「犬猫等健康安全計画」などいくつかの書類を提出します。そして、実際に飼養する施設に不備がないかを自治体の担当者が内見し、問題がないと判断されたときに許可されます。有効期限は5年間で、継続をする場合には更新の手続きをすることになります。最初の登録で飼育数の届け出をすることになりますが、その後、その頭数を超える場合には、「第一種動物取扱業変更届出書」に記載し、変更から30日以内に届け出をしなければなりません。今回のブリーダーの届け出は600頭であったにも関わらず、実際には約1000頭の飼育をしていたということで、この時点で違反が生じています。

しかし、400頭の増加は尋常な数ではありません。このブリーダーの登録年月日は定かではありませんが、有効期限が5年であることを考えると、数年という短期間で増加したことが推測できます。この1~2年はコロナ禍によるペットブームが沸き起こっています。ペットショップに並ぶ犬や猫は飛ぶように売れ、オークションにおいても出品される犬や猫の数が不足している状態です。ブームに乗り、より多くの利益を得るために、このブリーダーは犬の数を急激に増やした可能性があります。需要が増えれば、供給も増える。ペットショップで購入する人が増えれば、悪徳ブリーダーは多くの子犬・子猫を産出するために、繁殖犬・繁殖猫を増やしていきます。そして、犬や猫は劣悪な飼育環境でケージの外に出ることも許されず、過酷な日々を過ごすことになるのです。

劣悪な飼育環境は摘発の対象に

この家宅捜索を受けたブリーダーの繁殖犬たちは、施設内の2段積みになったケージに入れられていました。 ひとつのケージには複数頭が入っていたといいます。従業員のひとりは「犬たちは狭いケージのなかで過ごし、運動をさせることもなかった」と話していますので、犬たちは相当なストレスを抱えながら過ごしてきたことでしょう。ケージの大きさにもよりますが、通常はひとつのケージに1頭が基本的な考え方です。複数頭入れられていたということは、それだけでも劣悪な飼育環境であったことは明らかです。

今後、このような劣悪な飼育環境は省令の基準によって摘発の対象になります。今年6月1日からは、金網の床材の禁止、さびや割れなど破損の放置禁止、温度計・湿度計の設置、臭気の適切な管理、日長時間に合わせた照明管理が義務づけられました。2022年6月には下記に見られる「ケージなどのサイズ・構造」や「運動スペース」の明確な数値規制に合わせた対応をしなければなりません。

【分離型の規模(運動スペース分離型)】
犬:タテ体長の2倍×ヨコ体長の1.5倍×高さ体高の2倍
猫:タテ体長の2倍×ヨコ体長の1.5倍×高さ体高の3倍
※猫は棚を設け2段以上の構造とする
※運動スペースは一体型の基準(下記)と同じかそれ以上の広さがある運動スペースを確保し、1日3時間以上運動スペースに出して運動させること(自らが所有しない外部のドッグランなどは運動スペースとは認めない)


【一体型の規模(運動スペース一体型)】
犬:分離型の床面積の6倍×高さ体高の2倍
猫:分離型の床面積の2倍×高さ体高の4倍
※猫は2つ以上の棚を設け3段以上の構造とする


家宅捜索を受けたブリーダーもこの数値規制は知っていたはずです。約1000頭もの繁殖犬を抱えながら、この時点で何の対応もしていないということは、ギリギリまでやって廃業をするつもりだったか、あるいは摘発されるはずがない、なんとか逃れられるだろうと考えていたのだと思います。約1000頭をこの数値規制に当てはめるためには、それに見合う広い敷地と約1000個のケージを用意しなければなりません。かなりの資金と準備時間が必要です。飼育頭数の変更もしていないことから考えると、「命」に対する責任はもちろんですが、事業者としての責任も欠けていることがわかります。いずれにしても「無責任極まりない」ということです。

自治体の管理体制の甘さも

しかし、このような悪徳ブリーダーが約1000頭もの繁殖犬を抱えて存在しているということは、自治体の管理体制にも疑問が生じます。「今回の事案を重く見て、ほかの業者に対する立ち入り監視も実施する」と保健所の職員は話していますが、こうした事態になることは事前に想定できたと考えます。ひとつの事業者が600頭との申請をした時点で、注意深く見守る必要がある事業者として、管理をしていく必要があったのではないでしょうか。

前述したようにブリーダーの登録の有効期限は5年間です。更新時には、再び自治体の担当者が飼育施設を内見し、問題がないかどうかをチェックします。しかし、それ以外は外部から何かしらの通報がない限り、担当者がチェックに来ることはなく、自己管理の状態なのです。また、内見に来る担当者によってもチェックの度合いは異なり、問題が見られた際の対応もまちまち。そのような管理体制では、悪徳ブリーダーが抜け道を考えるのも無理ないのです。

環境省が取りまとめていた省令の数値規制案には、一カ月間で約17万件ものパブリックコメントが寄せられるなど、関心の高い事案となっていました。より厳しい規制を求める声のなかには、自治体の管理体制の強化を望む声も多数ありました。「第一種動物取扱業者及び第二種動物取扱業者が取り扱う動物の管理の方法等の基準を定める省令(省令基準)」は、「悪質な事業者を排除するために、事業者に対してレッドカードを出しやすい明確な基準とする」「自治体がチェックしやすい統一的な考え方で基準を設定」「議員立法という原点と動物愛護の精神に則った基準とする」というポイントに沿って進められたものです。今後、その目的が存分に遂行されるように、自治体の管理体制をしっかりと確立させる必要があるでしょう。

「命」を扱うものには「愛情」「知識」「経験」が必須

筆者は以前の記事でも述べたように「ペット業界に携わる者には、愛情がなければならない」と考えています。特に「命」を産みだすブリーダーには絶対条件であり、愛情が健全な道を歩んでいく原動力になるからです。健全なブリーダーは、愛情を持って犬や猫に接し、つねに学び、新しい知識を吸収しながら経験を積んでいきます。犬や猫のために良い飼育環境を準備し、よいフードを与え、しっかりと健康管理をしながら、繁殖した子犬や子猫を素敵な家族のもとへ送り出します。そして、その生涯に渡ってサポートを続けます。

しかし、家宅捜索を受けたブリーダーには、犬に対する何の愛情も感じません。愛情があれば、劣悪な飼育環境に置くことも、健康状態を悪化させることもないでしょう。そこに健全性は見い出せず、ただ尊い命が軽視され続けるだけです。それはすでに「ブリーダー」ではありません。

筆者はそこで働く従業員にも同じことがいえると考えます。今回の件で従業員は「いいブリーダーさんだったら広い庭があって放して育てたりすると思うけど、うちは一生ケージのなかで暮らしていくから、そういう姿見てるとひと言でいったらかわいそう」「犬のことがわかっているのは社長しかいない。知識のない私たちが何か言える立場じゃない」と話しています。従業員の立場では、社長に意見を言うのは難しいと思います。しかし、かわいそうという気持ちがあるのであれば、しっかりと知識を身に付けて話し合うことも大切です。また、知識のない従業員たちが約1000頭の犬たちの世話をすること自体に問題があります。「命」を扱うということは、そう簡単なものではないのです。

省令の数値規制では、ブリーダーの管理頭数と従業員の人数(ひとりあたりの管理頭数)も定められました。ブリーダーの場合、繁殖犬は15頭、繁殖猫は25頭。従業員は正規・非正規雇用に関わらず、週40時間勤務で「ひとり」の換算。頭数はブリーダーと同じです。

筆者はこの数値規制案が持ち上がった当初から、ブリーダーと従業員の管理頭数が同じなのはおかしいと言い続けてきました。なぜなら、知識や経験はもちろん、かかる責任の重さが違うからです。従業員は嫌になったらいつでも辞めることはできます。何かあったときにも責任を問われるのはブリーダーになります。

しかし、犬や猫にしてみたらブリーダーも従業員も同じ。変わりなくしっかりと世話をしてもらいたいのです。動物が好きであるからその仕事に就いたのだと思います。愛情があるのであれば、従業員も正規・非正規に関わらず、知識と経験を身に付け、そこにいる犬や猫が幸せに過ごせるように努力をすることが大切です。そして、もしブリーダーの考えや行動に間違った部分があれば、意見をする勇気も必要でしょう。なぜなら、「命」は尊いものだからです。

近隣住民の厳しい目が犬や猫を救う

今回の件では、保健所には事前にこのブリーダーの問題を指摘する情報が寄せられていたといいます。周辺住民は、「鳴き声はうるさかった」「夜中に怒鳴ったりしていた」「夏場は結構におう」と取材に応えていました。悪徳ブリーダーを摘発するには、前述したように自治体の管理体制の強化が必須です。それとともに、こうした近隣住民の厳しい目も大きな役割を果たします。

もし、近くにブリーダーが住んでいる、あるいは飼養施設がある場合には日頃から厳しい目でチェックをし、問題があれば自治体に通報するとよいでしょう。省令の数値規制も定められましたので、通報があれば自治体は必ず事実確認を行い、問題があれば指導を行います。

「通報したら、ご近所だし恨まれるかも」と躊躇することも多いようですが、自治体は通報者の身元を明かすようなことはありません。声をあげることで近隣住民の生活を守り、またそこにいる犬や猫を劣悪な飼育環境から救うことになるのです。

動物愛護法改正による環境省令の数値規制等は、2024年6月までに完全施行されます。しかし、筆者はこの規制は資金力があれば生き残ることが可能と考えています。そこに愛情がなくても継続できます。課題はまだまだ残されていますが、この規制で少しでも多くの悪徳ブリーダーが摘発され、そこにいる犬や猫が幸せな道を歩めるよう願ってやみません。

[ペットジャーナリスト 阪根美果]