犬や猫と暮らす人は認知機能の低下が緩やかになる?
犬との散歩や猫への声かけなど、動物との暮らしには、体を動かしたり、毎日の生活にリズムが生まれたりする場面があります。そのため、「犬や猫と暮らすことは脳の健康にもよいのでは」と感じる人は少なくないでしょう。
2025年、欧州11カ国の50歳以上を対象とした大規模な研究が発表されました。犬や猫の飼育者では、一部の認知課題の成績低下が緩やかだったと報告されています。
ただし、この研究は「犬や猫が認知症を予防する」「脳を守る」と証明したものではありません。この記事では、研究で確認されたことと、まだわからないことを分けながら、動物福祉の視点も含めて読み解きます。

研究結果
1万6,582人のデータからわかったこと
この研究では、欧州の健康・高齢化・退職に関する大規模な縦断調査「SHARE」のデータが分析されました。対象となったのは、欧州11カ国に暮らす50~99歳の1万6,582人です。調査開始時の平均年齢は63.4歳で、53.5%が女性、39.4%が何らかのペットを飼っていました。
研究チームは、2004~2022年に実施された8回分の調査データを用いて、認知課題の成績が時間の経過とともにどう変化したかを調べました。調査全体は18年にわたりますが、すべての参加者について18年分のデータがそろっていたわけではありません。
評価に用いられたのは、10個の単語を直後に思い出す「即時再生」、約10分後に思い出す「遅延再生」、1分間にできるだけ多くの動物名を挙げる「言語流暢性」の3つです。即時再生と遅延再生はエピソード記憶、言語流暢性は実行機能に関わる指標として使われます。
つまり、今回追跡されたのは認知機能の一部を測る課題の成績です。医師による認知症の診断や、脳画像による構造変化を調べた研究ではありません。
犬では記憶、猫では言語流暢性と遅延再生との関連
ペット飼育者全体では、ペットを飼っていない人と比べ、即時再生、遅延再生、言語流暢性のすべてで、時間の経過に伴う成績低下が緩やかでした。
動物種別の解析では、複数種を飼っている人などを除外し、犬のみを飼う1,886人、猫のみを飼う1,778人、鳥のみを飼う447人、魚のみを飼う266人を、それぞれペットを飼っていない1万49人と比較しました。
その結果、犬の飼育は即時再生と遅延再生、猫の飼育は言語流暢性と遅延再生の成績低下が緩やかであることと関連していました。一方、鳥と魚では、認知課題の成績低下が緩やかであるという統計的に明確な関連は検出されませんでした。
また、研究参加時の年齢を62歳以下と63歳以上に分けた分析でも、年齢層によってこうした関連の現れ方が明確に異なるという結果は確認されていません。
ただし、これは「犬や猫を飼えば記憶力や言語能力が高まる」という意味ではありません。この研究で示された中心的な結果は、犬や猫の飼育と、特定の認知課題における成績の低下ペースとの統計的な関連です。犬や猫の飼育が低下を緩やかにしたという因果関係が証明されたわけではありません。
鳥や魚についても、「認知機能にとって意味がない」と結論づけることはできません。とくに鳥や魚の飼育者は犬や猫の飼育者より少なく、統計的な関連を検出しにくかった可能性があります。人と動物との関わり方や飼育環境なども、結果に影響した可能性があります。「明確な関連が検出されなかった」ことと、「効果がないことが証明された」ことは同じではありません。
研究の読み方
「犬猫が脳を守る」とは断定できない
今回の研究は、参加者を無作為に「ペットを飼う人」と「飼わない人」へ分けた実験ではありません。実際の生活における飼育状況と、認知課題の成績変化との関係を調べた観察研究です。
そのため、ペット飼育によって認知機能の低下が緩やかになったとは断定できません。もともと健康で活動的な人や、経済的・時間的な余裕のある人ほど、犬や猫との暮らしを始めたり、続けたりしやすい可能性があります。
研究では、年齢、性別、教育、身体活動、慢性疾患、独居かどうかなどが統計的に調整されています。それでも、住環境や家族からの支援、日常的な社会交流など、測定されていない生活背景の影響を完全に除くことはできません。
認知機能が比較的保たれているからこそ、動物の世話を続けられたという逆方向の関係も考えられます。「犬や猫を飼ったから認知機能の低下が抑えられた」という因果関係は確認されていないのです。
もうひとつ注意したいのは、ペットの飼育状況が確認されたのは2004年の第1波だけだったことです。その後も飼育を続けたのか、途中で新たに迎えたのか、飼育を終えたのかは把握されていません。
同じ犬や猫と18年間暮らした人を追跡した研究ではなく、最大18年にわたる認知課題のデータを分析した研究です。飼育年数、動物への愛着、世話への関与、犬の散歩頻度なども十分には測定されていません。
さらに、犬猫の年齢や健康状態、品種、飼育頭数といった条件も分析に反映されていません。大規模で長期間のデータを使用した点は研究の強みですが、調査期間が長いだけで飼育の効果を証明できるわけではありません。
認知課題の成績と認知症は同じではない
今回測定されたのは、記憶や言語流暢性など、認知機能の一部を評価する課題の成績です。認知症やアルツハイマー病の発症率、医師による診断、脳萎縮や神経変性の有無を調べたものではありません。
日常生活を自立して送れるかどうかや、犬や猫を新たに迎えることで予防効果が得られるかも確認されていません。認知課題の低下速度に統計的な差があっても、それが日常生活で実感できるほどの差なのか、認知症の発症を減らすのかは別の問題です。
したがって、「犬や猫と暮らす人では一部の認知課題の低下が緩やかだった」という結果を、「認知症になりにくい」「脳の老化を防げる」と置き換えることはできません。今回の研究は可能性を示すものであり、因果関係の確認にはさらなる検証が必要です。
背景を考える
犬と猫で異なる関連がみられたのはなぜ?
犬と猫で異なる認知課題との関連がみられた理由について、研究では具体的な仕組みまで確かめられていません。考えられる説明はいくつかありますが、いずれも先行研究や研究者の考察に基づく仮説です。
犬との暮らしでは、散歩による身体活動や外出の機会が生まれます。散歩中に近隣の人やほかの飼い主と言葉を交わすこともあるでしょう。給餌や散歩の時間が生活のリズムとなり、犬の行動や要求を読み取ることが日常的な刺激になる可能性もあります。
猫との暮らしでも、名前を呼ぶ、声をかける、反応を見ながら接するといったやり取りがあります。給餌やトイレ掃除などの日課が生まれ、猫の様子を観察して判断する機会も増えます。室内で続く交流や愛着が、心理面に関係している可能性も考えられます。
別の縦断研究では、独居する50歳以上の人において、ペット飼育者の言語記憶や言語流暢性の低下が緩やかだったことも報告されています。ただし、こうした研究も観察研究であり、動物との暮らしが直接変化をもたらしたと確定したわけではありません。
今回の研究では、犬の散歩頻度や運動量、猫への声かけ、犬猫との接触頻度、愛着の程度を詳しく測っていません。そのため、「犬は散歩をするから記憶によい」「猫との会話が言語能力を守る」と説明するのは行き過ぎです。猫と遅延再生との関連についても、その仕組みはわかっていません。
犬と猫の飼育者では、健康状態、家族構成、住環境、動物との接し方などが異なる可能性もあります。認知課題ごとの統計的な差が、そのまま犬と猫の性質や作用の違いを表すわけではないのです。
この研究は、犬と猫のどちらが人の脳に「よいか」を競わせるものではありません。種による優劣に単純化せず、人と動物がどのような環境で、どのような関係を築いているかを見る必要があります。
ペトハピの視点
人の健康より先に考えたい犬猫の幸せ
今回の結果は、認知機能の維持を目的に犬や猫を迎える根拠にはなりません。犬や猫は、人が健康効果を得るための道具でも、医療的な介入手段でもないからです。
動物との暮らしには、毎日の食事や排泄物の処理、運動、健康管理が伴います。適切な住環境や動物医療の費用も必要です。世話が飼い主の生きがいや生活のリズムになる一方、健康状態や生活環境によっては、身体的、経済的、心理的な負担になることもあります。
とくに高齢期から新たに迎える場合は、「自分の健康に役立つか」ではなく、「その動物の生涯に責任を持てるか(終生飼養)」を基準に考える必要があります。迎えた時点では元気でも、飼い主と動物の双方が年齢を重ね、必要な支援が変わる可能性があります。
人と動物がともに年を重ねるための備え
犬や猫を迎える前、あるいは飼い主と動物が元気なうちに、次の点を確認しておくと安心です。
- 現在の体力と住環境で世話を続けられるか
- 犬や猫の寿命まで責任を持てるか
- 病気や入院時に世話を頼める人がいるか
- 散歩、通院、投薬を代わってくれる人がいるか
- 緊急連絡先や動物の医療情報を共有しているか
- 飼育費や高齢期の治療費を確保できるか
- 飼育を続けられなくなった場合の引き継ぎ先があるか
すでに犬や猫と暮らしている人が、研究結果を理由に特別な接し方を始める必要もありません。人の認知刺激を目的に散歩を増やしたり、抱っこや遊び、接触を強要したりすれば、動物の負担になることがあります。
犬には犬の、猫には猫の体調や好み、心地よい距離があります。健康効果を得るために接するのではなく、いまある関係を大切にし、人と動物の双方が無理なく暮らせる環境を整えることが求められます。
まとめ
期待と限界、責任を分けて考える
欧州の大規模な縦断研究では、犬の飼育は即時再生と遅延再生、猫の飼育は言語流暢性と遅延再生の低下が緩やかであることと関連していました。ただし、認知症予防や脳の保護、因果関係を証明した研究ではなく、犬と猫の優劣を示すものでもありません。
研究への期待と科学的な限界を切り分け、人への利益よりも犬猫の安心、安全、終生飼養を優先することが欠かせません。犬猫との関係を健康のための手段ではなく、ともに年齢を重ねる時間として大切にする。その視点を持って、この研究を受け止めたいものです。


