人間に近いのは犬?猫? 遺伝子・ゲノム比較と最新がん研究
「人間に近いのは、犬と猫のどちらだろう?」
犬の表情や猫のしぐさに、人間らしさを感じることがあります。インターネット上では「人間と猫のDNAは何%同じ」といった数字も見かけますが、生物の“近さ”を一つの割合だけで決めることはできません。
進化の系統が近いのか。遺伝子の並び方が似ているのか。それとも、同じ病気に共通する変化があるのか。2026年に発表された猫のがんゲノム研究を手がかりに、人間と犬・猫の関係を読み解きます。

進化系統から考える
人間は犬と猫のどちらに近い?
犬と猫は、どちらも哺乳類の食肉目に属し、共通の祖先から分かれた仲間です。人間は霊長目に属し、犬と猫が分かれるよりも前の段階で、別の系統に分かれています。
進化系統樹の分岐順序で考えると、人間から見た犬と猫は基本的に同じ位置にあります。「人間は犬より猫に近い」「猫より犬に近い」と単純に順位をつけることはできません。
ただし、比較する遺伝子や計算方法によって、数値上の距離が多少異なる場合はあります。「DNAが何%同じ」という数字も、遺伝子だけを比べたのか、ゲノム全体を比べたのかで意味が変わります。
類似率を見るときは、数字だけでなく、何をどのように比較したのかを確認することが大切です。遺伝子変異が見つかっても、その個体の将来がすべて決まるわけではありません。
ゲノム構造から考える
猫は人間との遺伝子配置を比較しやすい
ゲノムの比較では、共通する遺伝子の数だけでなく、染色体上で遺伝子がどのように並んでいるかも手がかりになります。
異なる生物の染色体で遺伝子の配置や並び方に対応関係が保たれていることを「シンテニー」といいます。
犬・猫・人間の比較染色体研究では、猫の染色体構成は、哺乳類の祖先的な状態を比較的よく残していることが示されています。一方、犬の系統では、染色体の分裂や融合など、より多くの再編成が起きています。
そのため、人間と猫のゲノムを比較すると、対応する大きな染色体領域を追いやすい場合があります。
ただし、これは「猫のほうが犬より人間に近い」という意味ではありません。進化系統上の近さと、遺伝子配置の比較しやすさは別の尺度です。
また、染色体構造が比較的保存されていることと、人間と猫のがんに共通する遺伝子変化があることも別の論点です。両者を因果関係で結びつけることはできません。
2026年の最新研究
なぜ、いま猫のがんが注目されているのか
犬のがんでは、分子レベルの研究やバイオマーカー探索が比較的進んでいます。一方、猫では、少数の検体や一種類の腫瘍に限った研究が多く、複数のがんを横断するような大規模なゲノム解析は不足していました。
2026年2月、英ウェルカム・サンガー研究所を中心とする国際研究チームが、イエネコのがんゲノム研究を発表しました。
研究チームは、13種類の猫の腫瘍から得られた493組の腫瘍組織と正常組織を解析しました。人間のがんに関係する約1,000の遺伝子に対応する猫の遺伝子を調べました。対象となったのは、日常の診療のなかで採取・保存されていた検体で、この研究のために猫へ新たな処置が行われたものではありません。
解析では、人間のがんに関係する約1,000遺伝子に対応する、978個の猫の遺伝子を調べました。
人と猫のがんを比較する
最新研究でわかった共通点と相違点
研究では、がんの発生や進行に関わる31の「ドライバー遺伝子」が特定されました。そのなかには、人間のがんでも知られている遺伝子変化があります。
猫と人間で確認されたTP53変異
最も頻繁に変異していたのはTP53です。TP53は、傷ついたDNAを持つ細胞の増殖を抑える重要な遺伝子で、正常に働かなくなると、がん化につながることがあります。
猫の腫瘍では33%にTP53変異が見つかりました。論文が比較に用いた人間のがん横断データでは34%で、全体として近い頻度でした。
これは「猫のがんと人間のがんが34%同じ」という意味ではありません。それぞれの腫瘍集団で、TP53変異が確認された割合です。
乳腺がんで注目された二つの遺伝子
猫の乳腺がんでは、FBXW7やPIK3CAなどがドライバー遺伝子として特定されました。PIK3CAの変異は、人間の乳がんでも知られています。
一方、人間のがんで広く見られるRAS遺伝子の活性化変異は、今回の猫の研究ではドライバーとして特定されず、変異もまれでした。
猫のがんは、人間のがんの縮小版ではありません。共通点だけでなく相違点も調べることに、比較研究の価値があります。
研究結果を正しく読む
「治療できる変異」が見つかったわけではない
遺伝子変化と薬剤反応の関係が示されると、「その薬で治療できる」と受け止めたくなるかもしれません。しかし、将来の治療候補が見つかることと、現在の診療で利用できることは別です。
約14%という数字が意味するもの
研究チームは、人間のがん医療で使われているデータベースと照合し、493の腫瘍のうち67例、約14%に、治療標的となる可能性のある遺伝子変異を見いだしました。
ただし、この14%は「現在、遺伝子に応じた治療を受けられる猫の割合」ではありません。人間のがんに関する知見を猫の遺伝子変化に当てはめ、今後の研究候補を抽出した数字です。
培養実験と臨床試験は別の段階
研究では、猫の乳腺がん組織から作製した三次元培養モデルを使い、薬剤への反応も調べました。
その結果、FBXW7に変異を持つ培養モデルは、変異のないモデルより、ビンクリスチンとビノレルビンに高い感受性を示しました。
ただし、これは実際の猫に薬を投与した臨床試験ではありません。猫の体内で同じ効果が得られるか、安全に使用できるかは、この実験だけでは判断できません。治療として利用するには、さらに研究を重ね、臨床試験で効果と安全性を確かめる必要があります。
今回の結果だけを理由に、特定の薬の使用を求めたり、治療方針を変更したりすることはできません。治療については必ず獣医師に相談し、効果や副作用、生活の質などを踏まえて判断する必要があります。治療方針を考える際のポイントは、米国動物病院協会(AAHA)が公表した「犬と猫の腫瘍学ガイドライン」が参考になります。
愛猫の健康に不安がある場合や、がんの診断・治療について知りたいことがある場合は、かかりつけの獣医師に相談してください。
人と動物の医学をつなぐ
ワンメディシンが目指す双方向の研究
自然に発生した犬や猫のがんを、人間のがんと比較して研究する分野を「比較腫瘍学」と呼びます。猫のがん研究を通じて人間と動物双方の治療法を探る研究成果は、世界的に権威のある科学誌『Cancer Cell』に掲載され、大きな注目を集めています。
家庭で暮らす犬や猫は、年齢を重ねるなかで自然に病気を発症します。遺伝的背景も一様ではなく、生活環境の一部を人間と共有しています。そのため、実験室内のモデルだけでは捉えにくい病気の多様性を研究できる可能性があります。
こうした知識を人間と動物の医学で共有し、双方の健康に役立てる考え方が「One Medicine(ワンメディシン)」です。
これは、動物の研究成果を人間の医療に一方向で利用する考え方ではありません。人間の医学で得られた情報を、犬や猫の診断や治療にも還元する双方向の取り組みです。
もちろん、人間用の薬をそのまま猫に使えるわけではありません。種によって薬の代謝や副作用、適切な投与量が異なるため、それぞれに合わせた検証が必要です。
「近い・遠い」を超えて
大切なのはそれぞれの似方と違いを知ること
人間に近いのは犬か、猫か。その答えは、「近さを何で測るか」によって変わります。
進化系統上、人間は犬と猫のどちらか一方だけに近いわけではありません。遺伝子配置では猫が比較しやすい側面があり、がん研究では犬にも猫にも、人間との共通点と相違点があります。
大切なのは、どちらが近いかと順位を決めるのではなく、それぞれがどのように似ていて、どこが違うのかを理解することです。
遺伝子研究が明日からの診療をすぐに変えるわけではありません。それでも、犬や猫の体で何が起きているのかを知ることは、将来の診断や治療を築く土台になります。
そして、その成果が人間だけでなく、研究に貢献した犬や猫にも還元されてこそ、「ワンメディシン」の意義があるのです。
愛猫・愛犬の健康について気になることがあれば、まずはかかりつけの獣医師に相談することをおすすめします。


