【みんなで防災:第1回】想定しなければならない災害と過去の災害を知ることから始める

日本は災害が多い国です。最近は、集中豪雨や台風による自然災害が多発するなど、災害のリスクが増しています。災害は突然起こります。いざというときに、家族とペットが安全に避難し、その後も一緒に暮らせるようにするには、日ごろからの心構えと、備えが大切です。環境省などの災害報告書や被災した飼い主などへの取材をもとにペットの命を守るための災害対策を飼い主さんと一緒に考えていきたいと思います。第1回は、過去の災害がどのようなものであったか、その実態を知ることから始めます。

想定しなければならない災害とは?

阪神淡路大震災、東日本大震災以降、国や自治体が自然災害の起こりうる被害予測を積極的に公表し、被害の局限化や人命救助、および被害復旧のための各種施策に反映させようとしています。以前は、人々の不安や恐怖心を過剰に煽るような被害予測は公表されていませんでした。

公表する意図は「被害予測を受け入れ、事前に具体的な対策を講じることが大切である」ということです。その対策を講じるか否かにより、「命」を守れるかどうかにも関係してくるのです。では、想定しなければならない災害にはどんなものがあるのでしょうか。主な災害とともに振り返ってみましょう。

過去の災害における動物救護対策

過去の災害において、どのような動物救護対策が行われたのかを知ることは、今後の備えを考える重要な要素となります。主な災害時の実態と動物救護対策について、見ていきましょう。

【阪神淡路大震災】
 この大震災では、多くの犬や猫も被災しました。県の推計によると、犬は約4300頭、猫は約5000頭が被災。震災から2日後、西宮市に動物救護テントが設けられ、3日後には総理府の指導により11団体からなる「兵庫県南部地震動物救援東京本部」が設置されました。

さらに、4日後には兵庫県と神戸市の獣医師会、日本動物福祉協会阪神支部が中心となって立ち上げた「兵庫県南部地震動物救援本部」が設置され、神戸市北区と三田市の2カ所に動物救護センターが開設されました。その後、1年4カ月にわたって被災動物の保護や診療、ペットの里親探しに取り組みました。述べ2万人以上のボランティアとともに、飼い主とはぐれたり、飼育が困難になったりした動物1556頭の保護活動を行ったのです。

震災後は、瓦礫のなかをさまよったり、倒壊した家屋で飼い主を待ち続けたりする犬や猫の姿があちこちで見られました。飼い主と再会を果たしても生活再建の目途が立たず、ペットを手放さざるを得ない飼い主もいました。震災当初の動物救護センターはビニールハウスにケージを並べただけの簡素な造りで、動物のストレスや受け入れの限界も徐々に見えてきました。

そのため、震災翌月には別の飼い主への譲渡を開始。ペットを預かる期間は原則1カ月として、その後も引き取ることができなければ「所有権を放棄」という辛い判断を飼い主は迫られることになりました。しかし、見知らぬ環境での保護生活が長引くほど犬や猫にとっても厳しく、ストレスや下痢などで衰弱死することもありました。そのため、里親募集は「犬や猫の幸せを考え、普通の家庭に戻すことが最優先」と考えた苦肉の策でした。

1995年2月、社団法人(当時)日本愛玩動物協会の「避難所における被災動物の状況及び飼い主等の対応に対する調査」によれば、ペットを迷わず避難所に連れてきた飼い主は、犬で63.5%、猫で42.5%でした。調査した67避難所のうち、56カ所の避難所でペットを受け入れていて、当初は苦情があったのは5カ所だけでした。しかし、避難生活が長引くにつれ、ペットに対する意識の差、動物アレルギーを持つ人への対処、極限状態での「ペットより人間が先だろう」という感情の発露が、ペットの居場所において問題となり、避難所や仮設住宅、生活復興のすべての面で大きな課題となりました。

応急仮設住宅は669カ所、4万8300戸が供給されたものの、「ペット禁止」の明確な規定はありませんでした。しかし、前述したような課題からスムーズな入居はできませんでした。災害復興住宅の建設では、ペット共生モデル事業としてペットと一緒に暮らせる公営住宅が県営99戸と市営69戸が整備されました。しかし、その多くは用地の確保ができる郊外に建設されたため、仕事に支障のある人は入居できず、ペットと暮らすことを断念した飼い主もいました。

最終的に保護された1556頭のなかで、飼い主のもとに戻れたのは全体の2割。1割は病気などで死に、7割は全国から募集した新しい飼い主に引き取られて行ったのです。成犬・成猫の譲渡が一般的ではなかった当時の全頭譲渡は素晴らしい成果といえますが、「一緒に暮らせなくなるなら、せめて自分の手のなかでと安楽死を選択した飼い主もいた」という悲しい事実もありました。

出典:財団法人消防科学総合センター

【三宅島噴火災害】
 本格的な噴火が起こってからしばらくしたあとに、全島避難命令が出されました。犬や猫などのペットたちは、島民とともに船に乗り、避難を余儀なくされたのですが、キャリーバックを持っていないという理由で出発を見合わせている島民がいました。そのため、社会福祉法人 三宅島社会福祉協議会は、インターネットを通じて全国にペット用のキャリーバックの寄付を呼びかけました。

その後、飼い主と一緒に竹芝桟橋に到着したペットたちでしたが、一時避難先の公営住宅のほとんどが「ペット飼育禁止」。そこで、被災した300頭あまりのペットたちは、東京都動物保護相談センターと東京都の動物病院に預けられることになりました。

しかし、三宅島の噴煙はなかなか収まらず、一時避難ではない状況に変わっていきました。長期化に伴い、ペットたちの分散管理が困難となり、2001年3月、東京都の地域防災計画として、東京都日野市に東京都獣医師会た各動物愛護団体とともに、「災害動物救護センター」を開設。その後、噴火活動がおさまるとペットたちは飼い主に引き取られたり、新しい飼い主のもとへ譲渡されたりして、その役目を終えました。

【東日本大震災】
 この地震は日本国内において、観測史上最大の地震でした。地震の揺れによる直接的な被害だけでなく、地震の発生に伴って津波が発生したため、東北地方の太平洋沿岸部において甚大な被害がもたらされました。多くの人命が失われるとともに、多数のペットの命も犠牲になったのです。犬については狂犬病予防法に基づく登録が義務付けられていたため、震災前の登録頭数が把握されていた関係で、おおよその死亡した数がわかっています。

青森県で31頭、岩手県で602頭、福島県では約2500頭との報告があるほかは不明とされています。猫については登録がないため、被災状況がわかりませんでした。しかし、仙台市では震災直後から多くのペットの失踪届が出されていたものの、ほとんどが行方不明のまま飼い主のもとへ戻っていないことや、仙台市動物愛護センターに収容される数も少なかったことから、津波によって沿岸部の多くの動物が犠牲になったと考えられました。

また、ペットと一緒に避難する「同行避難」が周知徹底されていなかったためペットを家に置いてきたことや避難する際に飼い主とはぐれてしまったことで、放浪状態となったペットが多数いたことがわかっています。

そのほか、福島県では福島原子力発電所の事故により警戒区域が設けられ、住民はペットを自宅内に置いたまま、屋外に放つ、または犬小屋に繋いだまま避難せざるをえませんでした。のちに行政等によりペットたちの保護活動が行われましたが、正確な記録を残すのが難しい状況であり、保護した動物が被災したものであるかどうか判断ができず、被災頭数を把握するのは困難でした。ペットは被害を逃れたものの、飼い主が被災したことで飼養を続けることができなくなり、行政にペットの一時預かりを依頼したり、引き取り(所有権放棄)を依頼するようなケースも多々ありました。

東京都では、都内の4施設(東京武道館、味の素スタジアム、東京ビックサイト、旧赤坂プリンスホテル)において動物と同行避難した被災者を支援するため、動物の飼養場所が設置され、ケージやフードなどの提供が行われました。同行避難した犬や猫などのペットは、飼い主自らが管理することに加えて、東京都獣医師会所属会員動物病院や動物愛護団体等が一時預かりを行いました。

被災動物の数は、4月末時点で合わせて100頭以上。その後、長期化することを見据え、東日本大震災動物救援本部のもと「東日本大震災東京都動物救援センター」が開設されました。主な業務は、保護動物の飼養管理、返還・譲渡、獣医療の提供でした。1年間に保護した動物は犬24頭、猫12頭で、飼い主のもとに戻れた動物は犬10頭(うち1頭死亡)、猫4頭、新しい飼い主に迎えられた動物は犬14頭、猫8頭でした。同センターは、2012年9月30日に1年間の活動を終え閉所しました。

【熊本地震】
 この地震の被災地域のペットについては、命は助かったものの負傷したり、地震の揺れに驚いて逃げ出し、放浪状態となったペットが多数いたことがわかっています。同行避難をした飼い主は多かったものの、屋内でのペットの持ち込みを禁止していた避難所もありました。避難所は体育館、廊下・ロビー、教室・会議室等のほか、和室を使用するなど、ペットを連れての同行避難者とほかの避難者とスペースを区別している避難所も多く見られました。避難所に避難したものの、避難所屋内への受け入れを拒否され、車中泊した被災者がいたのもこの地震の特徴です。

また、一部の避難所において屋内同居ができないことを誤って解釈した飼い主がSNSで「ペット同行避難できない」と拡散したことで被災地が混乱したこともわかっています。震災により直接的な被害を受けたペットのほかにも、同行避難後の避難所の対応方針の違いや誤解により、ペットとその飼い主はさまざまな形で震災の影響を受けたことがわかりました。

また、熊本県や熊本県獣医師会は、地震直後から避難所や市役所にペットの相談窓口を設置し、被災したペットと飼い主の支援をしました。怪我の応急手当や病気への対応、避難先がペット不可の場合の一時預かりの要望を聞くなどしていました。その後、徐々に数が増えてきたため、大分県九重町に「熊本地震ペット救済センター」を設置。犬50頭、猫20頭の被災ペットの支援が始まりました。

しかし、救済センターの場所は熊本市内からクルマで3時間かかる場所にあり、冬場は-10℃にもなるため、ペットには厳しい環境でした。また、雪深いこともあり、ボランティアを募るにも苦労し、シェルター自体の運営も難しさがありました。災害などが起こった場合、行政支援は3カ月ごとに見直されます。この地域は余震が続いたため、最終的に2017年10月末に同センターは閉所しました。

しかし、まだ多くの被災ペットが飼い主のもとに戻れずに残っていたため、行政支援に関わっていたメンバーが、熊本市内に近い場所で「阿蘇くまもとシェルター」として引き継ぎました。熊本地震ペット救済センターでの教訓を生かし、環境もよく、飼い主が会いに来やすい距離であることを選定する条件としました。民間運営であったため、さまざまな人からの支援を受けながら、厳しいなかでも運営を続けました。徐々に被災ペット達は飼い主の元に戻ったり、新しい飼い主に迎えられ、現在はその役目を終えています。

出典:財団法人消防科学総合センター

【参考資料】
兵庫県南部地震動物救援本部活動の記録
内閣府 防災情報 三宅島噴火災害
東京都福祉保健局 東日本大震災における東京都の動物救護活動
環境省 動物愛護室 東日本大震災によるペットの被災概況
環境省 動物愛護室 熊本地震によるペットの被災概況

進化する動物災害対策

過去の災害の実態の問題点などから、動物災害対策も徐々に進化しつつあります。以前から、飼い主とペットが一緒に避難する「同行避難」の周知徹底が議論されてきましたが、熊本地震においては「同行避難」と避難後の「ペットとの室内同居避難」の混同が生じていて、定義の再確認の必要性が訴えられています。避難しても現場で十分な対応がなされず、ほかの被災者とトラブルになることもあります。

そこで、大規模災害時に避難所でのペットの受け入れが円滑に進むことを目的として、環境省は自治体への管理者向けにチェスクリストを作成・調査し、受け入れ可能な避難所を公表し、態勢整備に努めていくとしています。どの避難所でペットの受け入れが可能なのか、そのリストができれば、災害時にも大きな混乱を避けることができるでしょう。

まとめ

動物災害対策は人間の災害対策と同じように、過去の災害の実態を踏まえたうえで進化していきます。ですから、飼い主も「なぜそのような対策が必要なのか」を過去の事例から学び、危機管理能力を高めておく必要があります。自分の住む場所がどんな災害の被害を受けやすいのか、過去にどんな災害があったのかを知り、万が一に備えて準備をしておく必要があるのです。

現在は、「災害が起きたときには、必ずペットと一緒に避難(同行避難)」が原則です。災害が起きたときには、迷わずペットと一緒に避難することが大切なのです。一度はぐれてしまうと再会は困難です。第1回のポイントは、危機管理能力を高めること。そして災害時には必ず同行避難をすることでした。忘れずに覚えておきましょう。

第2回は「災害発生時の備え、災害はいつ起こるかわからない」をテーマに話を進めます。