猫と触れ合うとオキシトシンが増えてリラックス効果を得られる?

猫を撫でていると、心が落ち着くという飼い主は多いのではないでしょうか。

その理由として、しばしば語られるのが「オキシトシン」というホルモンです。猫との触れ合いでオキシトシンが増え、それがリラックスにつながる――そんな説明を目にしたことがある人も多いでしょう。ペトハピでもこれまで、猫との触れ合いが心身にさまざまな影響をもたらすことを紹介してきました。

ところが、近年の研究を丁寧に読み解いていくと、猫とオキシトシンをめぐる実態は、「癒やし」という一言だけでは片づけられないことが見えてきます。

この記事では、人と猫それぞれの体で何が起きているのかを、これまでの研究から見ていきます。

そもそも
オキシトシンは”愛情ホルモン”だけではない

オキシトシンという物質が広く知られるようになった大きなきっかけの一つに、2005年に発表された研究があります。

この研究では、鼻からオキシトシンを投与された参加者が、初対面の相手に資金を託すかどうかを判断する実験的な場面で、より高い信頼行動を示すことが確認されました。オキシトシンが個体間の信頼や社会的な結びつきに関わる物質であることを示した研究として知られています。

この発表以降、オキシトシンは「愛情ホルモン」「幸せホルモン」といった通称でメディアや一般書籍に取り上げられるようになりました。ペットとの触れ合いについても、猫を撫でるとオキシトシンが分泌されてリラックスできる、という説明がよく使われています。

ただし、こうした通称が広まる過程で、オキシトシンが分泌されさえすれば必ず癒やしやポジティブな効果が得られる、という単純化が起きている面もあります。

実際のところオキシトシンは、社会的な行動やストレス反応の調整に関わる生理的な要素の一つであり、状況や個体によって働き方が異なることも報告されています。分泌されることと、必ず心地よさにつながることは、同じ意味ではありません。

そこで次の章からは、猫との触れ合いという具体的な場面において、人間側と猫側それぞれに何が起きているのかを、最近の研究をもとに見ていきます。

人間に何が起きる?
猫を撫でる私たちの体で起きていること

猫との触れ合いによって、実際に人間の体にどのような変化が起きているのかを調べた研究があります。

2023年に発表された東京農業大学の研究では、猫を飼っている32名(女性26名・男性6名)を対象に、自宅で10分間、猫と普段どおりに触れ合った場合と、触れ合わずに過ごした場合とで、唾液中のオキシトシン濃度や心拍数、自律神経の働きを比較しています。

まず注目したいのは、猫との触れ合いによってオキシトシンの濃度そのものには、統計的に意味のある増加が確認されなかったという点です。「猫を撫でるとオキシトシンが増えて癒やされる」というイメージからすると、意外に思われるかもしれません。

一方で、体の反応には興味深い変化が見られました。猫との自由な交流では、心拍数が上昇し、副交感神経活動が低下しました。また、感情の指標では覚醒度が低下しています。つまり、主観的な感情と生理的な反応を合わせてみると、「リラックスして体の活動も鎮まる」という単純な反応ではありませんでした。

主観的には穏やかさを感じていても、体は必ずしも鎮静方向にだけ動いているわけではない、というやや意外な組み合わせです。心拍数の上昇には、緊張だけでなく、期待や心地よい集中といった要素が関わることもあります。

研究者らは、この結果を従来考えられてきた「ストレス低減効果」とは異なる「覚醒的な効果」として捉えています。心拍数が上がったからといって、それだけで「ストレスが悪化した」と判断することもできません。猫との触れ合いには、興味や期待、心地よい刺激など、さまざまな要素が含まれている可能性があります。

この結果は、猫との触れ合いに意味がないということを示すものではありません。触れ合いによって人間の体に起きる反応は、一方的な「癒やし」だけでは説明できない、もう少し複雑なものである可能性を示していると考えられます。

ただし、この研究の対象は32名と大きな規模ではなく、性別にも偏りがあるため、この結果をすべての猫の飼い主にそのまま当てはめて考えることには注意が必要です。

猫はどう感じている?
猫の”愛着スタイル”で変わる触れ合いの効果

猫の側にも、触れ合いへの感じ方に個体差があることを示した研究があります。2025年の研究では、中国の飼い猫30匹を対象に、猫が飼い主との関係をどのように築いているか(愛着スタイル)と、触れ合いの際のオキシトシンの変化や問題行動との関連が調べられました。

人間の子どもが養育者との関係の中で「安定した愛着」や「不安定な愛着」といったスタイルを形成することはよく知られていますが、この研究では猫にも似たような個体差があることが示されています。

研究チームは、猫と飼い主が慣れない部屋で過ごし、飼い主が一時的に離れて再会するという場面を観察し、行動パターンから猫を安定した愛着スタイル、不安を抱えやすいスタイル、距離を置きやすいスタイルに分類しました。

そのうえで、飼い主と猫が15分間自由に触れ合う時間を設け、前後の唾液中オキシトシン濃度を比較しています。安定した愛着スタイルの猫は、自分から飼い主に近づいて交流する様子が多く、抱っこなどで距離を詰められても逃げようとする行動が比較的少なく、触れ合い前は低めだったオキシトシンの値が触れ合い後に上昇する傾向が見られました。

一方、不安を抱えやすいスタイルの猫は、飼い主に近づこうとする様子は多いものの、距離を詰められると落ち着かなくなる場面が見られ、オキシトシンの値は触れ合い後にむしろ下がる傾向がありました。距離を置きやすいスタイルの猫では、数値に明確な変化は見られていませんでした。

この結果は、「安定した愛着スタイルの猫の方が愛情が強い」ということを意味するものではありません。あくまで、飼い主との関わり方や、それに伴う生理的な反応、行動の出やすさに傾向の違いがあるというものです。距離を置くことを好む猫にとっても、その距離感こそが安心できる状態である可能性があります。

この研究の対象は30匹と限られており、猫種や年齢、これまでの生活環境といった要因が結果に影響することも考えられるため、ここで示された傾向をすべての猫に当てはめて断定することはできません。

それでも、この研究が示しているのは、同じように撫でたり声をかけたりしても、猫によって受け取り方や反応は一様ではないという点です。

今日からできること
研究結果を猫との暮らしに落とし込む

猫の気持ちを知る手がかりとして、よく知られているのがスローブリンクと呼ばれる行動です。

2020年に発表された研究では、人が猫に向かってゆっくりと目を細めると、猫も半分まばたきしたり目を細めたりする反応を示しやすくなることが確認されました。

また、初対面の人がスローブリンクをした場合、その後に猫が手へ近づきやすくなることも観察されています。研究者らは、スローブリンクが猫と人とのポジティブなコミュニケーションの一つとして機能する可能性を示しています。

ただし、これを「スローブリンク=愛情の証明」と単純に捉える必要はありません。猫の反応を見るときは、目の動きだけでなく、耳の向きや尾の動き、体に力が入っているかどうかなど、複数のサインを合わせて観察することが大切です。

また、猫が自分から近づいてくる、あるいは触れ合いの途中で離れていこうとするといった、猫自身の行動にも目を向けてみましょう。猫が離れようとしているときに追いかけて触れ続けるのではなく、いったん距離を置き、猫が再び近づいてくるタイミングを待つという関わり方も一つの方法です。

これは、猫との触れ合いに「正解」を決めるということではありません。同じ猫でも、その日の体調や状況によって反応は変わります。猫種や個体によっても傾向は異なるでしょう。

だからこそ、日々の暮らしの中で「今日はここまでなら心地よさそう」「このときは自分から近づいてきた」と、愛猫の反応を見比べていくことが、その猫に合った距離感を見つける手がかりになります。

これから
「癒やし」の先にある、猫との付き合い方

「猫を撫でるとオキシトシンが出て癒やされる」という説明は、間違いというわけではありません。ただ、実際の研究が示しているのは、もう少し複雑な実態です。人間側の反応は単純なリラックス効果だけでは説明できず、猫側の反応も愛着スタイルによって一様ではありません。

猫のオキシトシンをめぐる研究は、まだ積み重ねられている途中です。だからこそ、研究結果を「猫はこう感じている」と決めつけるために使うのではなく、自分の猫を理解するための手がかりとして受け取ることが大切です。

どんなときに近づいてきて、どんな触れ合いを好み、どんなときに距離を置くのか。そんな日々の小さな変化に目を向けることが、科学研究を愛猫との暮らしに生かす、いちばん身近な方法なのかもしれません。