皮膚常在菌の攻防戦〜味方の誤射とバイオフィルムというハイテク戦略〜
今回は、私たち人間の皮膚表面にいる常在菌のお話です。
腸内フローラは有名になってきましたが、腸内だけではなく皮膚表面にも目に見えない数㎛の小さな細菌がたくさん生息しています。皮膚表面の細菌も種類により好みの居場所があります。
このように体に日常的に共生して棲息する細菌や真菌などを「常在菌叢(indigenous microbial flora)」と呼びます。この常在菌というのは、本来の居場所に定着しているかぎり、その人が健康で通常の免疫力を保っているかぎり問題(感染症)を起こしませんが、バランスが崩れると問題になります。
これまでの研究によって、ヒトの皮膚表面には200種類以上の菌属がいることが明らかになっています。今回登場する有名な菌を先にピックアップすると以下になります。
【皮膚の悪役として君臨する細菌】
スタフィロコッカス・アウレウス(Staphylococcus aureus)=黄色ブドウ球菌
【皮膚でヒーローとして活躍する細菌】
スタフィロコッカス・エピデルミディス(Staphylococcus epidermidis)=表皮ブドウ球菌(通称 美肌菌)
スタフィロコッカス・ルグドゥネンシス(Staphylococcus lugdunensis)
スタフィロコッカス・ホミニス(Staphylococcus hominis)
ロゼオモナス・ムコサ(Roseomonas mucosa)
【ときに悪役、ときにヒーローとなる細菌】
プロピオニバクテリウム・アクネス/キューティバクテリウム・アクネス(Propionibacterium acnes/Cutibacterium acnes)=通称 アクネ菌
皮膚表面に常在する一番有名な「ブドウ球菌」は、めちゃくちゃ悪役の「黄色ブドウ球菌」で、皮膚表面や毛穴に存在します。存在しているだけでは問題がありませんが、皮膚がアルカリ性に傾くと増殖して皮膚炎を引き起こします。アトピー性皮膚炎が悪くなるときは、黄色ブドウ球菌だけが極端に増加し、良くなると減少することから、アトピー悪化の要因とひとつと考えられています。
ブドウ球菌のなかでもスーパーヒーロー的存在の「表皮ブドウ球菌」は、通称“美肌菌”とも呼ばれ、汗や皮脂をエサとして食べグリセリンや脂肪酸をつくり出してくれます。グリセリン(皮膚に潤いを与える働き)は角質層から美しく潤いある肌をつくり上げてくれ、皮膚のバリアを守ってくれます。脂肪酸は肌を弱酸性に保ち武器である「抗菌ペプチド」をつくり出すことで、肌荒れやアトピー性皮膚炎の原因になる黄色ブドウ球菌の暴走(増殖)を食い止めてくれます。
さらに、ヒーロー的存在の「スタフィロコッカス・ルグドゥネンシス」がいます。この細菌は悪役である黄色ブドウ球菌を殺す新しい抗生物質である「ルグズニン(lugdunin)」を産生します。2016年に「Nature」に掲載された論文では、黄色ブドウ球菌とスタフィロコッカス・ルグドゥネンシスをマウスの鼻の内に接種した結果、スタフィロコッカス・ルグドゥネンシスが黄色ブドウ球菌を攻撃することが報告されています。
ニキビでも有名な「アクネ桿菌」は、酸素が嫌いなので毛穴や皮脂腺で隠れて生活しています。皮脂をエサにして、プロピオン酸(脂肪酸)とグリセリンを作り出すことで皮膚表面を弱酸性に保ち、皮膚に付着する病原性の強い細菌の増殖を抑える役割を担っています。アクネ菌は一般的にニキビの原因といわれていますが、増殖しなければニキビの原因菌になりません。しかし、皮脂の分泌量が増えたり、何かの異常で毛穴をふさいだりすると、アクネ桿菌が過剰に増殖し炎症を引き起こしてニキビになります。これが女子高生がチョコレートを食べるとニキビができやすくなる原理です。
これら常在細菌は、菌のバランスが壊れたときに皮膚のトラブルになります。そのため、バランスを壊さないようにする必要があり、特に美肌菌である表皮ブドウ球菌を減らさないようにすることが大切です。表皮ブドウ球菌は角質層に存在しているため、ゴシゴシ洗いなど無理に角質を落とすような行為をすると減ってしまいます。また、乾燥など皮膚の㏗がアルカリ側に傾くとアルカリを好む病原性の強い黄色ブドウ球菌や真菌が繁殖するのでやはり保湿は重要になります。
ヒトのアトピー性皮膚炎の患者の皮膚では、常在菌のバランスが崩れ、常在菌であるブドウ球菌叢のなかでも黄色ブドウ球菌が異常繁殖(コロニー形成)し、黄色ブドウ球菌から発生する毒素が皮膚の乾燥や痒みなどを引き起こして病態を悪化させる要因なのではないかと考えられるようになっています。
じゃあ、この黄色ブドウ球菌をなんとかすればアトピー性皮膚炎の治療につながるんじゃないの? って考えた研究者が、アトピー性皮膚炎の患者の皮膚に健康な人の皮膚から取り出した「ロゼオモナス・ムコサ」を移植(菌が含まれたスプレーを噴きかける)した結果、参加者15人のうち10人でアトピー性皮膚炎の症状の重症度が50%以上軽減し、副作用がなくステロイドを減量することができたのです。つまり、ロゼオモナス・ムコサを移植することによって、皮膚常在菌の乱れたバランスを正常に戻すことができた可能性があるということです。
さらに、防腐剤や保湿剤などスキンケア製品の多くに含まれるパラベンなどの防腐剤や保湿剤がロゼオモナス・ムコサの成長を阻害することもわかっています。特定のスキンケア製品を使用することで、ロゼオモナス・ムコサの成長が阻害されアトピー性皮膚炎が悪化するリスクがあるということです。
最後に、黄色ブドウ球菌が皮膚表面で勢力を拡大する戦略のひとつがバイオフィルムという作戦です。つまり、バイオフィルムという秘密基地をつくり、内部ではほかの菌や薬物、さらに白血球からの攻撃からも身を守り効率よく生活をするのです。
アトピー性皮膚炎の皮膚では、黄色ブドウ球菌のバイオフィルムは病因に大きな役割を果たしており、汗のでるところをバイオフィルムがブロックすることで炎症と痒みが悪化すると報告されています。そして、保湿がバイオフィルム形成の予防に有効であることがわかっています。繰り返しになりますが、やっぱり保湿が重要なんですね。
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