ペットショップの「販売8週齢」「全頭遺伝子検査」は本当に安心なのか

今年1月、子犬・子猫を販売する大手のコジマが、その販売時期と遺伝子検査の対応についての方針をホームページや店頭などで発表しました。それに続くように3月には全国でペットショップPet Plus(ペットプラス)を運営するAHBが、「8週齢規制」を推奨し、販売する子犬・子猫の全頭遺伝子検査を実施することを発表しました。

Pet Plusのニュースリリース

これまで動物愛護管理法の「8週齢規制」に関しては、ペット関連業界の反対意見が多く実現してきませんでしたが、ペット販売大手2社が相次いで自主規制に踏み込んだことで、今国会で検討されている法改正にも大きく影響を与えることになるでしょう。また、遺伝子検査を行うことで、遺伝子病のない子犬・子猫を販売するという動きも大きな進歩です。しかし、その内容について精査してみると、子犬・子猫、また飼い主にとって、これで安心とはいえない事実が見えてきます。

親・兄弟姉妹から離される時期は変わらない

動物愛護管理法の本則では、幼すぎる子犬・子猫の販売を禁じる「8週齢(生後56日)規制」が定められていますが、反論も多く附則措置により繁殖業者やブリーダーのもとで生まれた子犬・子猫は7週齢(生後49日)以降での販売が可能になっています。

「少しでも小さくかわいいうちに売りたい」「飼育コストを抑えられる」というのが反対理由です。そのため、ペットショップと取引をする繁殖業者やブリーダーの多くは、生後50日で出荷をしているのです。今回のペット販売大手2社の自主規制にある生後56日以降の販売は、子犬・子猫にとって好ましいと感じるかもしれませんが、じつは繁殖業者やブリーダーからの出荷は生後50日と変わらないのです。親・兄弟姉妹から離される時期は同じなのです。そのためペットショップに来てから、スタッフや専属獣医師が飼育し、社会性を身に付けさせようという考えです。

欧米先進国の多くは「8週齢(生後56日)規制」を導入しています。最低でもこの時期までは、親や兄弟姉妹やほかの成犬・成猫、人間と触れ合い、適切な社会化期を過ごすことで、成長してからの問題行動を予防することができるからです。また、感染症などを防ぐためには、しっかりと免疫力を付けてから出荷・販売することが大切で、そのための「8週齢(生後56日)規制」なのです。

しかし、親や兄弟姉妹から離される時期が変わらないのであれば、ペットショップにいる期間が長くなっただけで、子犬・子猫にとってリスクが高いことに変わりはないのです。しかもペットショップに来てから身に付けさせようという社会性は、親・兄弟姉妹から離されている状態では十分とはいえない状況です。ペットショップの新しい環境に慣れるのに精一杯の子犬・子猫もいます。そのため、社会化といっても「できる範囲」でしかありません。

また、生後50日という免疫が不安定な時期の移動は、感染症にかかるリスクが高いのです。埼玉県のさいたま博通り動物病院の高野院長は、「子犬・子猫は産まれてすぐに母犬・母猫の初乳を介して、免疫を譲り受けます。これは移行抗体と呼ばれ、この免疫が有効な期間は生後45~90日くらいまでで、徐々に効果がなくなります。この効力の切れる時期は、子犬・子猫の病気に対する抵抗力が失われる大変危険な時期なのです」とその危険性を指摘します。

全国から出荷された子犬や子猫がオークションに集まり、そこからペットショップの各店舗に送られることが多々あります。実際に、空港の貨物輸送受付には、ピクニックバッグに入れられた子犬や子猫がワゴン車の荷台に山積みにされた状態で届けられます。そして、飛行機に載せられて、各地に輸送されるのです。もし、1頭でも感染症にかかっていれば、多くの子犬や子猫が感染するリスクもあります。

社会化や感染症に不安があるなか、なぜペットショップは繁殖業者やブリーダーに子犬・子猫の出荷時期を「生後56日以降」でと交渉しないのかという疑問が浮かんびます。そこにはまだ、取引先の繁殖業者やブリーダーから「8週齢規制」に対する反発があることがうかがえます。そこがまさに自主規制の限界なのです。それぞれの事情や考え方で自主規制に大きな差が出るのであれば、それを徹底するには動物愛護管理法の改正で附則措置を外し、「8週齢規制」を明確化するしかないでしょう。

遺伝子検査は一部の遺伝的疾患のみで十分なのか

販売する子犬・子猫に対して遺伝子検査をするとしたペット販売大手2社ですが、じつはその検査項目は一部の遺伝的疾患のみに限定されています。コジマでは、「重篤な遺伝子病(致死性の高いもの)」「飼育が困難な遺伝子病」「遺伝子病の発症頻度の高いもの」について検査を行うとしていますが、検査対象は13犬種、18猫種に限定しています。さらに、それぞれの検査項目は明らかにしておらず、検査も自社内で行うとしています。

一方、全頭遺伝子検査を行うというAHBでは、「検査項目は犬12項目、猫3項目」で、「品種により実施する検査項目は異なる」として、それぞれをホームページ上で明らかにしています。そして、検査はアニコム先進医療研究所で行っていると回答しました。

しかし、ここでも安心とはいえない現実に直面します。先進的なブリーダーは、DNA検査関連サービスを提供する「Orivet」を利用しています。ペットショップが実施している遺伝子検査は、「Orivet」の検査項目と比べると明らかに少ないのです。

たとえば、ゴールデンレトリーバーでは下記の違いがあります。

また、ボーダーコリーでは下記の違いがあります。

「Orivet」はオーストラリアに本拠地があり、犬と猫の遺伝性疾患検査、親子鑑定、DNAプロファイル、そして、混血種犬の犬種鑑定などDNA検査関連サービスを提供しています。検査結果はアメリカの検査機関「OFA(Orthopedic Foundation for Animals)」にも登録が可能で、世界的にも認められている信頼性の高い機関です。日本よりも早くから研究が行われてきたため、最新の技術を駆使して最先端の遺伝子検査が可能なのです。

実際の「Orivet」DNA検査申込書

「国内の猫のブリーダーが遺伝子検査を始めたのは2007年頃からで、海外からの情報を得て、メインクーンの先進的なブリーダーが行うようになりました。当時は遺伝子検査の対応ができる機関が国内にはなく、NCSU(ノースカロライナ州立大学)の研究室など大学の検査機関に採取したDNAを送り、HCM(肥大型心筋症)の遺伝子疾患を撲滅するために動いたのです。それをきっかけに多くの情報を得られるようになり、ほかの遺伝子疾患についての検査も行うようになりました」と繁殖歴19年のブリーダーは話します。

その後、2014年に海外の検査機関である「Orivet」が日本でのサービスを開始したことで、国内でも高いレベルの遺伝子検査が可能となったのです。現在では、犬種・猫種ごとに解明されている全疾患遺伝子検査を受けることは、先進的なブリーダーにとっては当たり前のことで、すべての検査結果に問題のない親犬・親猫のみで交配し、健全さを追求しながら繁殖をしています。

それから約13年、やっとペットショップが動き始めたことになります。しかし、前述のとおり「Orivet」と比べると検査項目が少ないことが分かります。それは、検査をした疾患については問題がないが、検査をしていない疾患は発病する可能性があることを意味しているのです。販売をしているのは「遺伝子病のない子犬・子猫」ではなく、「遺伝子病の少ない子犬・子猫」ということなのです。飼い主はその点をしっかりと認識する必要があるのです。

しかし、飼い主が愛犬・愛猫に望むのは、一部の遺伝子疾患にならないのでなく、すべての遺伝子疾患にならないことではないでしょうか。検査が可能であるならば、そのすべての疾患を防ぐ努力をしてほしい。一部の遺伝子疾患のみを検査しても、それが健康の証にはなりません。ペット販売大手2社の子犬・子猫の「遺伝子検査」は、やっと一歩を踏み出したばかりで、まだまだ飼い主が安心できるレベルには達していないというのが現状です。

まずは親犬・親猫の遺伝子検査を

子犬・子猫の検査を行うことで結果はわかりますが、不幸な子犬・子猫を産出しないという根本的な解決にはなっていません。まっ先に検査をしなければならないのは、繁殖の現場にいる親犬・親猫なのです。

「すでに判明している遺伝子病については親犬・親猫の遺伝子検査を行い、問題のない適切な繁殖をすることで防げる病気です。繁殖をする場合には、その点を重視することが大切です」と前出の高野院長は話します。

AHBは、その重要性を取引先の繁殖業者やブリーダーに啓発してきたといいます。しかし、子犬・子猫の「全頭遺伝子検査」だけを行い、親犬・親猫の遺伝子検査を行わないのであれば、遺伝子疾患を発症する可能性のある子犬・子猫が産まれ続けていることになります。それは、検査をすることで、ペットショップに並ばなくなるというだけなのです。

では、問題のあった子犬・子猫はどうなってしまうのでしょうか。ペットショップでは、適正な説明をして里親に譲渡したり、繁殖業者やブリーダーに返却したりするとしています。しかし、その行く末によっては、より不幸な道を辿ることになるのではないかと危惧されます。まずは、繁殖業者やブリーダーが親犬・親猫の検査を徹底し、健全な繁殖をしなければ何も変わりません。「命」を扱うという責任を考え、行動する必要があるのです。

飼い主はペットショップ、繁殖業者やブリーダーの健全さを追求しよう

社会性を身に付け、遺伝的疾患を持たない子犬・子猫を迎えるためには、飼い主にも努力が必要です。衝動的に子犬・子猫を家族に迎えるのではなく、どこで生まれ、どのような環境で育ってきたのか。いつ両親や兄弟姉妹から離されたのか、社会性は身についているのか、その犬種・猫種に必要な遺伝子検査を両親がクリアしているのか。もし、両親が受けていなければその子犬・子猫がクリアしているのかなど、ペットショップ、繁殖業者やブリーダーに問いかけ、健全さを追求することが大切なのです。

ペットをどこから迎えるにしても、時間をかけてそれらをしっかりと確認し、納得したうえで迎えること。それが飼い主と子犬・子猫が幸せに過ごしていくための大きな要素と言えます。その問いかけこそが飼い主の「ニーズ」となり、ペット業界を健全なものへと変えていく力となるのです。

まとめ

やっとスタートラインに立ったところですが、ペット販売大手2社が「健全化」への取り組みを始めた意義は大きく、今後ほかのペットショップにも大きな影響を与えるでしょう。この取り組みが社会にスタンダードと認識されるため、他社も「販売8週齢」「遺伝子検査」を取り入れなければ、徐々に取り残されていくことになるからです。また、彼らの取引先である繁殖業者やブリーダーも同様です。遺伝子疾患のない親犬・親猫のみで繁殖し、健全な子犬・子猫を産出できなければ、退場するしかなくなります。今回の取り組みをきっかけに、ペット業界に変革が起こることを多くの飼い主が期待しているのです。

しかしながら、そこには大きな懸念もあります。遺伝子検査は「検査をする」その取り組みだけで良いことと認められるわけではありません。その検査で弾かれた全ての子犬・子猫たちを路頭に迷わさないという強い意志を持ち、その対応をペットショップ、繁殖業者、ブリーダーが連携し、最期まで責任をもって対応することで、初めて良いことになるのです。遺伝子検査が、イメージアップのための単なるパフォーマンスではないことを強く臨みます。

目の前にあるのは「モノ」ではなく「命」だということを、決して忘れてはならないのです。