生食ペットフードのリコールから考える、日本の安全基準と選び方
愛犬や愛猫の身体に少しでも良いものを届けたいと考えたとき、加工度の低い生食(ローフード)やフレッシュフードに関心を持つ飼い主が増えています。食材本来の味わいや新鮮さを大切にしたいという思いは、ペットを大切な家族として慈しむからこそ抱く自然な感情です。
しかし、海外に目を向けると、生食ペットフードの自主回収(リコール)や衛生面に関する注意喚起のニュースがたびたび報じられています。こうした情報を目にすると、安全性や栄養のバランスがどのように担保されているのか疑問を感じる方もいるのではないでしょうか。
単に食材の見た目やイメージだけで判断するのではなく、私たちはフードの安全や栄養を誰がどのような仕組みで確認しているのかを知っておく必要があります。今回は、海外のリコール事例や日本の制度構造を紐解きながら、飼い主自身が納得してフードを選ぶための視点について考えていきます。

【海外の動き】リコールとH5N1対応から見えること
海外のペットフード市場では、生食フードを対象とした自主回収や公的機関によるガイドラインの更新が定期的に行われています。こうした報道に触れると「生食は一律に危険なのか」と不安になるかもしれませんが、個別の事例を正しく読み解くためには、何が検出され、どのような経緯で判明したのかという事実を整理することが欠かせません。
たとえば米国では、ノースカロライナ州のViva Raw LLCが2025年8月に、自社の犬猫用ペットフードを自主回収しました。回収の理由は、製品からサルモネラ菌およびリステリア菌が検出されたためです。対象は冷凍の生食フードで、猫用の鶏肉製品も含まれます。
この事例から読み取れるのは、検査で問題が見つかり、事業者が回収に動いたという事実までです。1件のリコールから、ほかの製品や業界全体の状況を語ることはできません。ただ、フードの安全が誰の確認に支えられているのかを考える入口にはなります。
全米動物病院協会(AAHA)の解説にもあるように、この背景には未殺菌の生の家禽肉などを給餌された猫において感染や死亡の事例が報告されたことが挙げられます。環境中の脅威が変化した際、行政がそれに対応した予防策を提示している一例と言えます。
獣医師の専門団体も、こうした衛生上の懸念に対して明確な姿勢を示しています。米国獣医師会(AVMA)の方針では、生または加熱不十分な動物由来タンパク質をペットに給餌することについて「推奨しない」と明記しています。一方で、病原体のリスクを適切に低減する処理を施した食事については理解を示しており、一律に禁止する立場をとっているわけではありません。
【確認できる根拠】生食・加熱・加工の違いを、根拠の強さで整理する
フードの形式には生食だけでなく、ドライフード、缶詰、加熱したフレッシュフードなどさまざまな選択肢が存在します。それぞれの給餌方法が持つメリットや懸念点について、科学的なデータがどこまで判明しているのかを整理しておくことは、冷静な判断をするうえで役立ちます。
生食がもたらす健康上の優位性について、学術的な研究による裏づけは現時点では限られています。2019年に『Journal of Small Animal Practice』に掲載された論文によれば、生食の摂取による腸内細菌叢の変化や、便の状態が(主観的に)よくなるという報告には一定の裏づけがあるとしています。一方で、毛艶の改善や病気予防といった広範な健康効果を証明する十分な根拠や仕組みも示されていないとされています。
むしろリスクとして挙げられているのは、栄養不良(自己流の配合と検査による)と、ペットや同居者への感染です。サルモネラなどの検出や薬剤耐性菌も報告されています。
また、世界小動物獣医師会(WSAVA)も、生肉ベースの食事には、市販フードや栄養バランスのとれた加熱手作り食より健康上の利点があるという証拠はないとしています。細菌汚染のリスクが高く、ペットにも飼い主にも健康リスクになりうるという証拠が増えていることも指摘しています。リスクの詳細は、猫の生食について解説した記事と、生食ドッグフードのメリットとリスクをご覧ください。
こうした生の食材が抱える懸念を背景に、新鮮さを保ちながら加熱調理を施した「フレッシュフード」という新しいカテゴリーも注目を集めています。ただし、フレッシュフードなら安心かというと、そう単純でもありません。
AVMAのペットフードの取り扱いに関する資料は、汚染は特に生の製品で懸念されるものの、加熱・加工された製品でも起こりうると述べています。また、加熱は病原体への備えの一部にすぎず、主食として必要な栄養が満たされているかは別の問題です。フレッシュフードの考え方は、「フレッシュペットフードは本当に安全?」でも扱っています。
さらに、自宅で調理する手作り食や自己流の給餌における栄養設計の難しさも科学的に示されています。Dog Aging Projectが2025年に発表した研究では、飼い主が報告した手作りの犬用食1,726食を、米国飼料検査官協会(AAFCO)の成犬維持基準と照らしています。栄養的に完全である可能性があると判定されたのは6%で、約45%は市販フードやサプリメントなどと併用されていました。
対象は犬で、飼い主の報告にもとづく観察研究のため、猫や市販の生食製品にそのまま当てはめることはできません。手作り食を一律に否定する結果ではありませんが、専門的な計算なしに完全な栄養バランスを再現することの困難さを物語っています。
【日本の制度】安全基準と主食の栄養設計は別の仕組み
日本では、2009年6月に施行された「ペットフード安全法(愛がん動物用飼料の安全性の確保に関する法律)」が、犬猫用フードの安全を定めています。農林水産省と環境省の共管で、環境省のQ&Aによれば、加工の有無を問わず、栄養に供する目的で販売される生肉も対象に含まれます。
この法律に基づき制定された省令(愛玩動物用飼料の成分規格等に関する省令)では、「成分規格」「製造方法の基準」「表示基準」の3つの枠組みが定められています。
成分規格では、添加物、農薬、カビ毒のアフラトキシンなど、重金属、メラミンなどに上限が決められています。製造方法の基準では、有害な物質を含む、または病原微生物に汚染された(もしくはその疑いがある)原材料を使わないこと、加熱や乾燥をする場合は原材料に由来する発育しうる微生物を除くのに十分な効力のある方法で行うこと、などが示されています。
ただし、殺菌に必要な具体的な温度や時間、菌数などの数値基準までは示されていません。また、これは加熱や乾燥を行う場合の基準なので、生のまま流通するフードに殺菌工程を求める条文は見当たりません。
パッケージに義務づけられている表示項目は、「名称」「原材料名」「賞味期限」「事業者名および住所」「原産国名」の5項目です。運用面では、原料や製品のロットごとの全量検査や報告は義務づけられていません。販売店も、メーカーや輸入元に適合を確認すればよいとされています。
一方で国は、問題が起きたときに報告を求めたり立入検査を行ったりでき、農林水産消費安全技術センター(FAMIC)に行わせることもできます。有害な物質が混入したフードが流通した場合は、廃棄や回収を命じることも可能です。事業者の管理を前提に、国が確かめる枠組みと読めます。
過去には国内においても、ペットフードの衛生管理に関する注意喚起が行われた経緯があります。農林水産省は2018年9月および2019年7月に通知を出し、病原微生物の汚染防止徹底を呼びかけました。特に2019年の通知では、市販されていた素材乾燥タイプの製品100点を調査したところ、4点からサルモネラ菌が検出された事実が公表されています。要因としては、加熱乾燥の不足、解凍機器の洗浄・消毒不足、加工後の不衛生な取り扱いなどが挙げられました。当時の国内の状況は、サルモネラ汚染事案の解説記事にもまとめています。
ここまでは「安全」の話です。主食としての栄養は、別の仕組みで示されます。ペットフード協会の説明によると、「総合栄養食」は、そのフードと水だけで、指定された成長段階の健康を維持できる栄養バランスの製品です。ペットフード公正取引協議会の定める分析試験と給与試験にもとづき、各事業者が自らの責任で試験を行って表示します。この表示は安全法の5項目ではなく、業界の公正競争規約にもとづくものです。
つまり、安全法の基準は有害物質や汚染された原材料への基準が中心で、主食としての栄養量を示す仕組みとは別に成り立っています。「ペットフード安全法に適合している製品であること」と「毎日の主食として栄養が足りること」は、イコールではないという事実です。
安全法は有害物質や汚染原材料を排除するための基準であり、毎日のカロリーやビタミン、ミネラルが愛犬・愛猫に足りているかを保証するものではありません。
猫は体内で十分にタウリンを合成できないため、食事から摂る必要があります。不足すると、数か月から1年以上かけて心臓や目に影響が出ることがあります(詳しくは猫のタウリン不足について解説した記事)。手作り食や生食を主食にする場合は、こうした必須栄養素まで設計できているかが論点になります。
【判断の軸】「誰が何を確かめたか」で選ぶ
食卓の安全と健康を守るためには、「生のままか、加熱してあるか」「自然派か、加工品か」という表面的な二項対立で考えるのではなく、製品の安全性や栄養バランスについて「誰が、何を、どのような方法で、どこまで確かめたのか」を基準にすることが大切です。
日々の食事を評価するにあたっては、以下の4つの問いを意識して確認することをおすすめします。
- 主食として設計された製品か
パッケージに「総合栄養食」の表記と対象とする成長段階(ライフステージ)が明記されているか。副食やその他の目的食かを見分けます。 - 製法と保存方法が明確か
加熱や殺菌の行程、家庭での解凍・保管方法、賞味期限の管理などがメーカーから具体的に開示されているかを確認します。 - 事業者の回答が具体的か
原材料の調達ルートや品質管理体制(病原体への対策をどの工程で行っているか)について問い合わせた際、客観的な根拠を持った説明が得られるかどうかも判断材料になります。 - 家庭の状況に合っているか
乳幼児、、高齢者、妊娠中の人、免疫が低下した人が同居していないか、ペットの年齢や持病はどうかを考えます。
製法と保存方法が明確か:加熱や殺菌の行程、家庭での解凍・保管方法、賞味期限の管理などがメーカーから具体的に開示されているかを確認します。
事業者の回答が具体的か:原材料の調達ルートや品質管理体制(病原体への対策をどの工程で行っているか)について問い合わせた際、客観的な根拠を持った説明が得られるかどうかも判断材料になります。
家庭の状況に合っているか:乳幼児、、高齢者、妊娠中の人、免疫が低下した人が同居していないか、ペットの年齢や持病はどうかを考えます。
AVMAのペットフードの取り扱いに関する資料でも示されているように、もし生肉や未加熱のフードを扱う場合は、調理器具の分別、手洗いの徹底、食残しの速やかな廃棄といった厳格な衛生管理が求められます。特に処方食(療法食)を与えている場合や慢性の持病があるペットについては、飼い主自身の判断だけで給餌法を変更せず、必ずかかりつけの獣医師に相談することが不可欠です。
近年、パッケージや広告で見かける「ナチュラル」「新鮮」といったフレーズは、それ自体が製品の安全性や栄養バランスを証明するものではありません。「ヒューマングレード」といった言葉についても、統一された明確な法的定義が確認されているわけではありません。それらは、安全法の表示5項目に含まれる情報ではなく、それだけでは製法も栄養設計も分かりません。「国産」表示も、原産国名は最終加工工程を完了した国を指すもので、原材料の産地とは限りません。
原材料名、製法、保存方法、総合栄養食の表示といった確認できる情報に置き換えて読むと、比べやすくなります。加熱して冷凍するタイプなど、フレッシュペットフードの安全性を考えるときも、同じ4つの問いが使えます。療法食を使っている場合や持病がある場合は、フードを変える前に獣医師に相談してください。
個人が確かめられる範囲には、限りがあります。確認できる情報を一つずつ見て、分からない点は事業者や獣医師に尋ねる。その積み重ねが、フードを選ぶ側の確かな基準になっていくと、筆者は考えます。


