バンコクのペット政策に学ぶ、日本が目指すべきマイクロチップ普及とペット共生社会の未来
このコーナーでは、注目ニュースに対する編集部や識者のコメントを紹介します。
ペットブームのバンコク、犬猫登録制導入へ 経済発展と少子化で人気も飼育放棄問題化(共同通信)
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タイ・バンコクでは、2026年1月から犬猫の登録制度が導入される予定です。マイクロチップの装着義務や狂犬病予防接種の徹底を柱とし、個体の識別と飼い主情報の明確化によって、飼育放棄や野良動物の増加といった問題を抑制することを目的とする制度です。
都市化と少子化を背景にペット人気が高まるなか、こうした制度は“ペットとの共生”に向けた取り組みとして注目を集めています。

この動きは、決して他国の出来事ではありません。日本でも、少子高齢化や単身世帯の増加を背景にペットが「家族の一員」として迎えられるケースが増えています。その一方で、飼育放棄や動物虐待、多頭飼育崩壊といった問題は後を絶たず、保護団体や自治体への負担は年々深刻さを増しています。
バンコクで導入される犬猫の登録制度は、単なる「届け出」にとどまるものではありません。マイクロチップの装着義務や狂犬病予防接種の徹底といった項目を通じて、動物の身元を明確にし、飼い主の責任を可視化することを目的としています。迷子になった際の速やかな返還が可能となるほか、不適切な飼育や遺棄が発覚した場合に、責任の所在を明らかにすることができます。
さらに、行政側にとっても、地域にどの程度のペットが存在しているのか、正確なデータを把握することが可能になり、防災計画や動物福祉政策の策定に役立てることができます。
また、狂犬病予防接種を義務づけることで、公衆衛生の向上も図られています。ペットと人が安全に共存できる社会の実現に向け、制度として「管理責任」を明確にする姿勢は、現代社会におけるペットとの関わり方の理想を示しているといえるでしょう。
日本では、2022年6月より、販売される犬猫へのマイクロチップ装着が義務化されました。しかし、すでに飼われている犬猫や、保護団体から譲渡された動物については「努力義務」にとどまっており、実際の装着率はまだ低いのが現状です。
環境省の「犬と猫のマイクロチップ情報登録」によると、2025年6月16日時点でマイクロチップが登録された犬は1,454,849頭、猫は591,585頭。2024年時点の推計飼育頭数と照らし合わせると、犬で約21.4%、猫ではわずか6.5%にとどまっています。
また、現時点では犬の登録は義務化されていますが、猫には法的な登録制度はありません。地域猫活動などで一部の自治体が独自の対応を進めていますが、猫に対する全国統一の登録制度や管理ルールは整備されていません。
背景には、「ペットは私的な存在であり、行政が管理すべきものではない」という意識が根強いこともあり、制度的な整備に対する慎重な姿勢が続いているのが実情です。
マイクロチップが「身元証明」ならば、「終生飼育」はペットを迎えた飼い主に課されるもっとも基本的な「責任」です。動物愛護管理法では「終生飼養に努めなければならない」と定められており、これは単に命を「生かす」ことだけではなく、動物が生きる上での質(QOL)を大切にするという視点が求められます。
しかし、実際には「殺処分ゼロ」の理念が一人歩きし、劣悪な環境で「ただ生かされている」動物たちが存在している現実も否めません。背景には、行政による引き取り拒否、保護団体への過剰な依存、営利目的で動物を引き取る「引き取り屋」の存在など、複雑な構造的課題があります。
日本では殺処分数が年々減少し、保健所に収容される動物の数も減っていますが、その陰で保護団体による引き出し件数が急増しており、根本的な解決には至っていません。環境省の調査によると、2020年度には全国で1,441件もの多頭飼育崩壊に関する相談が寄せられており、今なお動物福祉の視点が欠けているケースが多く見受けられます。
バンコクの制度は、ペットを「かわいがる」存在としてだけではなく、「管理する」責任があるという考え方を社会全体に浸透させる試みです。この取り組みは、日本にとっても大きな示唆を与えてくれます。制度としてのペット登録制だけでなく、それを支える社会の意識変化、教育、福祉支援までを包括的に考えることが、これからの課題といえるでしょう。
人間と動物がともに暮らす社会は、単なる「癒し」や「愛玩」の延長ではなく、ともに生きるパートナーとして互いの命に責任を持ち合う社会でもあります。
バンコクでの新たな一歩をきっかけに、私たちも「ペットとの共生社会」を改めて見つめ直すときが来ているのではないでしょうか。