ペットの健康を考えよう Vol.2

前回のインタビューのなかで、「ペットの高齢化が進み、さまざまな問題が起きている」とのお話がありました。みなさんご自身や友人のなかにも、年老いたペットと暮らしている人がいらっしゃることでしょう。今回は、愛するペットに健康で長生きしてもらう方法、よりよい老後を送ってもらう方法をご紹介します。お話をうかがったのは、前回と同じく日本獣医師会副会長の酒井健夫さんです。

公益社団法人 日本獣医師会副会長 酒井健夫さん

ペットに健康で長生きしてもらうための心がけとは

わずか50年ほど前までの日本は、犬や猫などの寿命は4~5年で、10年も生きたら長寿、と考えられていました。それが現在、主に室内で飼育されていることもあり、犬や猫の平均寿命は15歳前後にまで延びています。なぜ、こんなにも寿命が延びたのでしょうか。その理由がわかれば、愛するペットに健康で長生きしてもらうための方法もわかるはずです。

ペットフード協会調べ(調査地域・調査対象者条件:全国の20~69歳の男女個人)
※犬全体には、「サイズ不明」を含みます。平均寿命算出元データは「(一般世帯で)過去10年間に飼育された犬」のため、野良犬、ブリーダーやショップで死亡した犬は算出対象に入っておりません

ペットフード協会調べ(調査地域・調査対象者条件:全国の20~69歳の男女個人)
※猫全体には、「ふだん家の外に出るか否か不明」を含みます。平均寿命算出元データは「(一般世帯で)過去10年間に飼育された猫」のため、野良猫、ブリーダーやショップで死亡した猫は算出対象に入っておりません

「良質のフードが数多く発売されたこと、家族とともに室内で暮らすなど飼育環境が向上してきて、感染症や寄生虫疾患にかかりにくくなったこと、獣医療の進歩など、理由はさまざまです。なかでも獣医療の面では『予防獣医学』が広く一般に普及してきたことが、コンパニオンアニマルの寿命が大幅に伸びた原因だと考えられます」

たしかに、昔の犬は、日がカンカンに照りつけたり北風がビュービュー吹いたり、雨が打ちつけたりの玄関先に鎖で繋がれ、番犬的な立場で家族と同じ部屋で暮らす機会など少ない状態でした。食べ物はごはんではなくエサと呼ばれ、人間の食事の残り物に味噌汁をかけた、いわゆる犬まんま。猫も飼育状況は犬とあまり変わらず、好き勝手に出歩いてケガをしたり帰ってこなかったりは当たり前。実際に現在でも、野良猫の平均寿命は3~4歳程度で、子猫のころに死んでしまう個体も多いそうですから、良好な飼育環境の大切さは考えるまでもありません。でも、『予防獣医学』とは何なのでしょうか。引き続きお話をうかがってみましょう。

「動物が病気にかかったりケガをした際に、『診断』して『治療』を行うのが獣医療、とのイメージを持たれる方もいらっしゃると思います。それに対して『予防獣医学』は、病気やケガを予防することが目的で、人間でいうならヘルスケアです。犬や猫は人間の言葉を話せませんし、身体の不調を積極的に訴えることもないため、飼い主が気づいたときには病気が進んでしまっていることが珍しくありません。定期的に健康診断を受けるなど、普段からの気配りが大切になります。『予防』、『ストレス軽減』、『食事』、『飼育環境』。この4つが、コンパニオンアニマルに健康で長生きしてもらうための基本といえます」

ペットの具合が悪いときには、すぐに診療を受けることが大切ですが、できれば予防したいのが飼い主の心境でしょう

たとえば、ワクチンの予防接種やノミ・ダニ対策などは、重要な病気予防対策です。狂犬病以外のワクチン接種が普及していなかった時代は、フィラリアやジステンパー、パルボウイルス、寄生虫などの感染症によって、多くの動物が若齢で命を落としていました。また、動物は人間よりもはるかにストレスに弱い生き物で、暑かったり寒かったりするだけで体調を崩すことがあります。ストレス状態が30分続くと免疫力が明らかに低下するそうですから、人間の赤ちゃんに対する気遣いと同じくらい、動物の飼育環境に気を配る必要がありそうです。

ワクチンの予防接種なども大切ですが、言葉の話せないペットには、人間の赤ちゃん同様の気遣いが何よりも必要になります

ペットの高齢化で何が起こる? どう対処する?

ペットの寿命が延びたのは素晴らしいことですが、反面、平均寿命が4~5歳だったころには考えられなかった問題も起きています。高齢化に伴う病気や介護です。

「犬や猫の1年は、人に当てはめると4~6年に相当します。人より短期間で高齢化が進むため、ついこの間まで元気だった犬や猫が、気づいたときには高齢化に伴う心臓病や腎臓病などの内臓疾患、腫瘍、関節炎などに罹患していることも珍しくありません。さらに、最近問題となっているのが『認知症』です。これも、平均寿命が延びたからこそ顕在化した問題といえます。人が高齢になったときに起こる病気や身体の不調の数々は、犬や猫にも起こるのです。また、高齢になるにつれ治療費が高額になる可能性もあります。高齢化以前からペット保険に加入しておくなど、近い将来を見据えた対策も大切でしょう」

こういった、高齢化に伴う身体の不調についても、予防や早期発見・早期治療はたいへん役立ちますし、高齢になったペットを世話していくための心構えも養うことができます。愛するペットが老いた姿は想像したくない、などと目を背けず、元気なうちから幸せな老後を送ってもらうための準備をしておくべきでしょう。

さらに酒井さんは、高齢化に伴う病気やケガのケアだけでなく、飼育環境や食事の高齢化対策も重要だと説きます。

「高齢化に伴って基礎代謝が低下しますから、通常のフードを与え続けていると肥満や疾病などの可能性があります。加齢や状態に合わせフードに切り換える、サプリメントを利用するなどの対策をとることで、疾病の予防や軽減につながります」

昨今は、ペットフードメーカー各社からシニア用フードが数多く登場しており、ペットの好みや体調との相性によって選べる時代になりました。食事は生命の源といいますから、フードについて興味を持てば持つほど、ペットにとっては幸福だといえるでしょう。さらに、人の高齢化対策でも重視される『バリアフリー環境』への取り組みも求められます。

年齢や症状にあわせたシニア用のフードに切り替えたり、バリアフリー環境を整えてあげたり、飼い主としての役割はたくさんあります

「高齢化や関節炎などによって全身の筋力低下が起こり、歩行障害など、日常生活のなかでさまざまな障害が出ることがあります。このような場合には、滑りやすいフローリングの床にカーペットを敷く、階段の上り下りを避けるなどの対策をとりましょう。また、歩行補助用のハーネスを用いて歩行をサポートし、散歩を続けることで筋力低下やストレスを予防するなども大切です。寝たきりになってしまったら、低反発マットの使用や定期的な寝返りなどの体位変換の手助けにより、床ずれである褥瘡(じょくそう)を防止するなどのケアも重要になります」

年老いたペットの世話は、想像以上に大変なものです。ペットを飼い始めるときや、まだ若くて元気いっぱいのときから、年老いた愛犬や愛猫を手厚くケアできるのか、そのためには何をしたらいいのかを、家族で話し合っておくべきです。心構えができていれば、介護生活もまた、ペットにとっても飼い主にとっても、大切で幸せなときになります。次回は、ペットも人も健康的で幸せな一生を送るため、『ホームドクター』がいかに大切なのか、そしてペットと暮らせる養護施設など、人間と動物がともに健康的に、幸せに暮らしていくための、社会的な取り組みについてうかがっていきます。