「ちょうだい」ができる犬になってもらうには?(後編)

藤田先生に聞く、しつけについてのワンポイントアドバイス、今回は前回に続き、「ちょうだい」ができる犬になってもらうためのしつけ方です。犬には占有性という本能に近い意識があり、本来はおやつやおもちゃを素直に渡してくれないものだとしたら、しつけはかなりたいへんです。藤田先生に詳しくうかがってみましょう。

監修/訓練士 藤田真志
麻布大学獣医学部卒/動物人間関係学専攻 (社)ジャパンケネルクラブ公認家庭犬訓練士 (社)ジャパンケネルクラブ愛犬飼育管理士 2004年に「HAPPY WAN」を開業

まず、信頼してもらえる飼い主さんになりましょう

わが家のサモエドは「ちょうだい」が上手にできます。ごはんもおやつも、おもちゃも、「ちょうだい」と手を伸ばせばすんなり渡してくれて、うなったり、嫌がったりはしません。厳しく指導したり根気よく練習したり、しつけに手間がかかったりした記憶はないのですが、いつの間にかきちんと身についていました。前回の記事で藤田先生が解説していたように、しつけがうまくいかないことも多いならば、なぜうちのサモエドは素直に渡してくれるのでしょうか?

「前回は、本能に近い行動だからしつけが難しいというお話をしましたが、じつはもうひとつ、難しい理由があります。『ちょうだい→渡す』という行動を理解してもらう以前に、飼い主さんと犬との信頼関係を育むことが、占有性を和らげることにつながるからです。信頼関係を結ぶためには、子犬のころからの育て方、社会化できているかが大きく関係してきます。なので、手を差し出すとうなったり逃げたりする犬は、場合によりしつけ全般をやり直す必要もあるのです。私の経験でも、ちょうだい以外のトレーニングを始めて飼い主さんとの信頼関係が改善していくと、ちょうだいもできるようになる場合が多いですね」

「ちょうだい」のしつけは、ほかのさまざまなしつけや、飼い主さんと犬との関わり方、距離感などに大きく左右されるのだそうです。そう言われてみると、うちのサモエドは甘えっ子で、何かをしたときに不満を漏らすこともほとんどない、いわゆるいい子です。親の欲目かもしれませんが、ごはんやおやつを取り上げても、返ってくると信じ切っているような視線を感じますし、こちらも必要に迫られた場合以外はきちんと返していますね。

「犬は、つねに学習のスイッチが入った状態になっています。ぽけっとしているように見えても、飼い主さんや周囲の人、さまざまな環境をつねに採り入れ、頭の中で学習しているのです。ですから、飼い主さんがしつけに対する勉強を怠ったり無関心でいたりすると、共生社会にとって好ましくないこともどんどん学習してしまいます。犬の行動をよく観察し、社会化にとってよくない要求だなと気付いたら、断固として受け入れてはいけません。子犬のころからいい加減な育て方をすると、『ちょうだい』に対してうなって抗議するだけでなく、手を出すと咬み付く犬になってしまう危険があります」

「成犬になり性格が固定化されてしまったら、かなりの時間をかけないと直せません。犬を飼い始める前から覚悟しておくべきですね。飼い主さんのお宅に迎えられてから1歳くらいまでの間が勝負です。信頼関係を築くしつけ、社会性を育むためのしつけについては、これまでの連載のなかで数多くご紹介してきましたので、よろしければバックナンバーをご参照ください」

成犬のしつけは危険の排除から、が大前提です

では、「ちょうだい」ができないまま成犬になってしまった場合には、どうしつければいいのでしょうか。いまさら子犬のころからしつけをやり直すわけにはいかないですよね。

「いままでのしつけ方は間違っていた、何かが足りなかったことを理解しましょう。厳しい言い方になってしまいますので、ご気分を害されるかもしれないのですが、飼い主さんが根本的に考え方を変えないと直りません。とはいえ、どこが間違っていたのか、どう変えたらいいのかをご自身で判断することは難しいですから、できれば第三者、理想的にはプロの目から改善点をアドバイスしてもらうべきですね。なかでも、一般の飼い主さんが絶対に避けるべきなのは、攻撃性が強くて咬んで来る犬のしつけです。これはすでに危険な状態ですから、自分で何とかしようとせずプロに相談してください。咬傷事故が起きてからでは遅いのですから」

ネットで見た知識や犬仲間のアドバイスを実践した結果、咬まれて大ケガをすることもあるそうです。なぜなら、咬むか咬まないかのスイッチはそれぞれの犬によって違い、ほかの犬の例がみなさんの愛犬にそのまま当てはまるとは限らないからです。さらに、咬まれても我慢してしつけを続けていると、咬み癖がますます酷くなり、近所の子どもやお年寄りの生命を奪うなど最悪の事態につながりかねません。

「攻撃行動がそれほど高くない場合は、飼い主さんご自身でも打つ手があります。まず、渡さないことに腹を立てたり叱ったりしてはいけません。信頼関係や社会性がうまく育まれていないのですから、叱ると犬のほうもムキになって反発し、状況をますます悪化させてしまいます」

「ちょうだい」のしつけに失敗した飼い主さんの多くは、叱ることで状況を悪化させているそうです。

「叱るのを止めたら、どうすれば犬のツボを突くことができるか、を考えてみてください。たとえば、占有性が強い犬は自分の物を取られたくないわけですから、まず物々交換から始めるという手があります。何かをくわえている犬の前で、同じくらい興味を惹くものを見せて、いまくわえている物を渡してくれたら新しい物を与え、物々交換に成功したらしっかり褒めてあげるという方法があります」

占有している物を渡すという行動に慣れさせるわけですね。また、犬が好きなものを見極める際のコツもあるそうです。

「犬にとって、好きかどうかを決める最大の要素は『ニオイ』です。ニオイ、食感、味の順に優先度が下がりますので、たとえばニオイが強いレバーなどを物々交換のご褒美に使うといいですね。ちょうだいの練習のときだけはレバーを与え、ふだんは与えない、など特別感を持たせるのもいい手です」

食べ物ではなく、おもちゃを離さない場合はどうすればいいですか?

「家族の持ち物やおもちゃをくわえて離さない場合は、根比べになります。飼い主さんが諦めて渡してしまうと、くわえ続けていたら自分のものになったという成功体験ができてしまいますから、ますます必死になってくわえ続けるようになります。飼い主さんが絶対に折れないでいれば、そのうち犬のほうが諦めて離してくれますから、そうしたら思いきり褒めてあげましょう」

うまくいったらとにかく褒める。これがとても重要です。離したから終わり、ではいけません。また、犬にとっての嫌悪刺激に訴えるという奥の手もあるそうです。ただしこれはあくまでプロのテクニック。嫌なことと渡すことが結びついてしまったら状況を悪化させますから、物々交換や根比べでうまくいかなかったら、そこで諦めてしまわずにプロのアドバイスを仰げば解決できるかもしれません。

次回は、多頭飼いで起こりやすいトラブルについてうかがっていきます。