猫は人の言葉がわかる? 科学で解明された言語理解力と信頼関係の深め方
「うちの子、もしかして私の言葉を理解してる?」――多くの猫の飼い主が、愛猫のふとした行動にそう感じた経験があるのではないでしょうか。
名前を呼べば振り向く、ごはんの準備を始めると足元にやってくる、あるいは特定の言葉にだけ敏感に反応する。そんな日常の光景は、「もしかしたら、この子は私が思うよりずっと賢いのかもしれない」という期待を私たちに抱かせます。
実際に、愛猫が自分の名前や「ごはん」「おやつ」といった特定の言葉に反応する様子は、多くの飼い主が日々経験していることでしょう。
近年、科学的な研究がこうした直感を裏付けるとともに、さらに驚くべき事実が明らかになっています。なんと、猫が特定の条件下で人間の幼児よりも早く言葉を学習できる可能性があるというのです。この発見は、愛猫との絆をより深く、豊かなものにする新たな扉を開くかもしれません。

研究でわかった猫の「単語連想能力」
猫が人間の言葉をどの程度理解しているのか――この長年の疑問に、麻布大学の研究チームが取り組みました。彼らは、人間の乳幼児の言語理解度を測定する手法を応用し、猫が日常生活の中で人間の会話を「盗み聞き」し、特別な訓練を受けずに言葉を理解している可能性を探りました。
実験には31匹の成猫が参加しました。猫に9秒間のアニメーションクリップを見せながら、飼い主の声で「パラモ(parumo)」「ケラル(keraru)」といった架空の単語を、それぞれの画像(太陽、ユニコーン)に合わせて繰り返し聞かせました。このシーケンスを猫が飽きるまで繰り返した後、言葉と画像の組み合わせを入れ替え、再び提示しました。
その結果、組み合わせが変更されたクリップを見た猫たちは「混乱」した様子を見せ、平均して約15%長く画面に注目を続けました。一部の猫には瞳孔の拡大も見られ、高木氏はこれを、猫が言葉と画像を関連づけていた明確な証拠としています。特に注目すべきは、猫たちがわずか2回の9秒間、つまり合計18秒という短時間で言葉と画像の組み合わせを学習した点です。
猫が見せた「混乱」や「瞳孔拡大」といった非言語的な反応は、言葉と画像の連想が脳内で形成されている証として科学的に評価されています。猫は言葉で理解度を表現できないため、こうした生理的・行動的変化は、認知能力を測る上で非常に重要です。この実験方法が乳幼児の言語理解度測定と類似している点は、種を超えた共通の連想学習メカニズムの存在を示唆しています。
「幼児よりも速い」の真意とは? 科学的な視点と解釈
この研究でもっとも注目すべき点は、猫が単語と画像を関連づける速度が、人間の幼児に比べて約4倍も速かったという結果です。幼児が同様の連想学習を達成するには、少なくとも4回の20秒間、合計80秒の露出が必要だったのに対し、猫は2回18秒の露出で学習してみせました。この事実は、愛猫の秘めたる知性を再認識させるきっかけとなるかもしれません。
ただし、この比較には科学的な注意が必要です。米ペンシルベニア大学獣医学部の准教授で動物行動学者のカルロ・シラクーサ博士は、「成熟した動物」と「発達途上の幼児」という異なる条件での比較である点を強調しています。成猫はすでに完成された認知機能を持っており、幼児は言語習得の途上にあります。
また、他種の行動を人間が解釈する際に生じるバイアスや、実験に参加できなかった個体の影響など、研究の限界にも留意が必要です。シラクーサ博士は、犬など他の家畜動物との比較のほうが、より公平で有用な知見が得られる可能性があるとも指摘しています。
「猫が幼児よりも早く言葉を学ぶ」という表現は刺激的ですが、ここで示されているのは、猫が特定の条件下で連想学習において高い効率を示す、という点にすぎません。
猫は生存に関わる情報を即座に処理する能力に長け、空間認識や短期記憶に優れています。彼らは反復と報酬によって、実用的な情報を効率的に学ぶ戦略をとっています。一方、人間の幼児は、単語の理解に加えて文法や抽象概念など多層的な言語構造を学習しています。
この比較は、猫が人間のような高度な言語能力を持つという意味ではなく、あくまで猫特有の認知戦略の一端を示したものと捉えるのが適切です。

猫が言葉を覚える理由とそのしくみ
猫の脳は、人間の脳と類似した構造を持ち、情報を迅速に処理し学習する能力があります。彼らは飼い主の行動をよく観察し、「ごはん」などの言葉とそのタイミングを結びつけて記憶します。猫は特に短期記憶に優れ、数秒から10分ほど情報を保持でき、強い感情を伴う経験は長期記憶として定着します。
猫が覚えやすい言葉には、いくつかの特徴があります。
名前:自分に直接関係があり、注目されたり撫でられたりするポジティブな経験と結びつくため覚えやすい。短く、繰り返されやすい点も影響しています。
ごはん・おやつ:食欲に直結し、期待感と強く関連付けられます。
おいで:遊びやスキンシップなどポジティブな状況と結びつけられ、ジェスチャーが加わることで理解が促進されます。
ダメ:望ましくない行動の直後に一貫して使うことで学習されます。ただし、体罰を用いると信頼関係を損ねるため、注意が必要です。
その他:「ちゅ〜る」「遊ぶ」「ブラシ」など、猫にとってメリットがある言葉や、日常的によく耳にする単語も記憶されやすい傾向があります。
猫の言語学習は、言葉の「反復」と「報酬」によって促進されます。同じ言葉を何度も繰り返し、良い経験と結びつけることで、その言葉がポジティブな意味として定着します。また、猫は飼い主の声のトーンやイントネーションにも非常に敏感です。優しく穏やかな声は、猫の安心感を高め、学習をスムーズにします。
猫は鳴き声(挨拶、要求、威嚇など)や体の姿勢、尻尾の動き、さらにはフェロモンの分泌など、さまざまな非言語的手段で意思を伝えています。特に「ニャー」という鳴き声は、野生ではほとんど使われず、人間とのコミュニケーションの中で発展したと考えられています。飼い主がこうしたボディランゲージにも注意を払うことで、猫とのより深い相互理解が築けるでしょう。
猫が言葉を理解するメカニズムは、単なる音の認識にとどまらず、その言葉が伴う感情や行動、そして結果(報酬や不快な体験)と深く結びついています。これは、猫が単語そのものを「言語」として習得しているのではなく、高度な「連想学習」や「文脈理解」を行っていることを示唆しています。
猫は、言葉を単なる記号としてではなく、自分にとって意味のある「感情的な文脈」を持つ信号として認識しているのです。猫が人間とのコミュニケーションのために特別な鳴き声を発展させてきたという説は、彼らが人間との共生の中で、人間に伝わりやすい方法を選び取ってきた可能性を示しています。このことは、飼い主と猫の関係が単に人間が猫を飼育するという一方的なものではなく、互いに影響し合う「共生関係」であることを強く示唆しています。
愛猫との絆を深める「言葉」のコミュニケーション術
最新研究が示す猫の単語連想能力は、愛猫とのコミュニケーションを深めるヒントになります。最も大切なのは、飼い主との強固な信頼関係です。猫が安心し、愛情を感じられる環境では、言葉の理解度も高まります。日々の穏やかな触れ合いや、猫のペースを尊重する姿勢が信頼関係の土台になります。ここでは、今日から始められるコミュニケーション術をご紹介します。
【優しく穏やかな声で話しかける】
猫は聴覚が優れているため、落ち着いた優しいトーンで話しかけましょう。飼い主の声を聞き分け、安心感を得られます。
【一貫した言葉を使う】
特定の言葉を繰り返し、一貫して使うことで、言葉と行動の関連づけが効果的になります。
【ポジティブな経験と結びつける】
褒める:良い行動をしたときには優しい言葉で褒め、撫でることでポジティブな感情と関連づけます。
おやつ:強力な動機づけとなるおやつをトレーニングに組み合わせると、学習効果が高まります。
遊び:おもちゃで遊ぶことは、心身の健康を促し、絆を深めます。獲物のような動きを意識し、知的好奇心を刺激しましょう。
【ボディランゲージを理解する】
猫は尻尾の動き、耳の向き、体の姿勢、鳴き声で感情や意図を伝えます。これらのサインを観察し、猫の反応を尊重する姿勢が重要です。
多くの飼い主が、愛猫の賢さや感情豊かな行動に日々驚かされています。車の音を聞き分ける猫、水をこぼしたあとに自分で拭こうとする猫、自動給餌器の時間を把握して行動する猫など、印象的なエピソードは尽きません。
猫は飼い主の体調不良を察知し寄り添い、「幸せホルモン」とも呼ばれるオキシトシンの分泌を促して癒しを与えてくれます。愛猫との暮らしは孤独感を軽減し、家族の絆を深め、さらには飼い主の健康や家事・仕事の効率にも良い影響をもたらします。
科学的な知見は、こうしたコミュニケーションをより効果的にするだけでなく、「愛猫は賢い」という感情的な絆を深める手助けにもなります。猫の「ツンデレ」気質が飼い主の脳機能(前頭前野の左下前頭回)を活性化させる可能性があることも指摘されており、猫の予測不能な行動が認知機能の維持に寄与する可能性も示唆されています。
科学は、人間と動物の精神的な豊かさにも貢献しているのです。言葉を超えて互いのサインを理解し、尊重し合うことで、飼い主と猫の暮らしはより深く、豊かなものになるでしょう。
まとめ
最新の研究では、猫が単語と画像を関連づける驚くべき能力を持ち、その学習速度が人間の幼児を上回る可能性があることが示されました。この比較には慎重な解釈が求められますが、愛猫が私たちの想像以上に賢く、言葉や行動を理解しようとしている存在であることは間違いありません。
愛猫はかけがえのないパートナーです。彼らの知性や学習能力を知ることは、コミュニケーションを豊かにし、絆を深める大きな一歩となるでしょう。今日から、愛猫にやさしく、意識的に話しかけ、より深い絆を育んでいきましょう。