【猫の避妊・去勢手術ガイド】 メリット・デメリットと術後ケアの全知識

愛する猫との暮らしは、私たちに計り知れない喜びや癒しをもたらしてくれます。そんな大切な家族の一員が、生涯にわたって心身ともに健康で穏やかに過ごせることを願うのは、すべての飼い主に共通する想いでしょう。その願いを叶えるための大切な手段のひとつが「避妊・去勢手術」です。

望まない妊娠を防ぐだけでなく、愛猫の健康や行動、飼い主の暮らしの質にも大きく関わる、重要な医療行為なのです。今回は、避妊・去勢手術のメリットや適切な時期、手術後のケアについて詳しく解説し、飼い主として知っておきたいポイントをお伝えします。

猫にとって避妊・去勢手術がなぜ重要なのか

避妊・去勢手術は、猫本人の健康と幸福、社会全体にとっても大きな意義を持ちます。手術の目的は「望まない繁殖を防ぐこと」です。もし、手術をしないまま外に出てしまった場合、予期せぬ妊娠や出産を引き起こし、飼い主の管理が及ばない場所で多くの命が生まれてしまう可能性があります。

その結果、野良猫の増加や動物保護施設の負担増加といった社会問題に直結し、不幸な境遇に置かれる猫たちが後を絶たない状況にもつながっています。避妊・去勢手術は、そうした「不幸な命」を減らすために、私たち飼い主ができるもっとも確実な行動のひとつといえるでしょう。

さらに、手術には健康面での大きなメリットもあります。たとえば、メス猫では子宮蓄膿症や卵巣腫瘍などの重篤な病気の予防に役立ちます。特に乳腺腫瘍はその多くが悪性であることから、早期に避妊手術を行うことでリスクを大幅に軽減できます。

オス猫においても、精巣腫瘍や前立腺のトラブル、肛門周囲腺腫といった性ホルモンに関係する病気の予防に効果があり、手術によって健康で快適な生活を送れる可能性が高まります。

また、発情期特有の行動──メス猫の激しい鳴き声や頻繁な排尿、オス猫のスプレー行為(マーキング)──も手術により軽減されることが多く、猫自身が性的ストレスから解放されて、性格も穏やかになる傾向があります。これは飼い主にとってもストレスの軽減につながり、猫とのよりよい関係を築くうえで大きな助けとなるでしょう。

このように、避妊・去勢手術は猫の健康と生活の質を守ると同時に、人と猫が共生できる社会づくりにも貢献する、責任ある飼い主としての重要な選択なのです。

猫の避妊・去勢手術に最適な時期

避妊・去勢手術を受けるのに最適な時期については、獣医師の間でもさまざまな意見がありますが、一般的には生後5〜6カ月ごろがひとつの目安とされています。

ただし、最近ではさらに早い段階での手術(早期不妊手術)を推奨する声も増えています。たとえば、米国動物虐待防止協会(ASPCA)は、生後8週〜5カ月の間を推奨しており、保護猫の場合は新しい飼い主に引き渡す前にすでに手術が済んでいるケースもあります。また、猫獣医学会(FelineVMA)は生後6〜14週での手術を支持しています。

早期手術が推奨される背景には、病気や行動上の問題を予防する効果をより高める狙いがあります。メス猫の乳腺腫瘍や尿路感染症のリスクを軽減できるだけでなく、発情期特有の鳴き声や頻繁な排尿といった行動による飼い主の負担も軽減できるとされています。また、オス猫のスプレー行動(マーキング)などは一度クセになってしまうと、手術後も完全にはなくならないことがあります。だからこそ、生後5カ月になる前に手術を済ませることが理想的とされているのです。

もちろん、成熟した猫でも避妊・去勢手術は可能です。ただし、年齢とともに代謝や臓器機能が低下している可能性もあるため、麻酔リスクを評価するための血液検査など、事前の健康チェックが必要になることがあります。また、成熟した年齢で去勢された場合、性ホルモン(テストステロン)の影響が完全には消えず、メス猫を追いかけるなどの行動が残る場合もあるといわれています。

いずれにしても、最適な手術時期は猫の性格や体調によって異なります。飼い主は自己判断せず、かかりつけの獣医師としっかり相談しながら、愛猫にとってもっとも安全で有効なタイミングを見極めることが大切です。

猫の避妊・去勢手術のメリットとデメリット

手術を考えるうえで、メリットとデメリットの両方を理解することは非常に重要です。それぞれをしっかり把握したうえで判断することが、愛猫の未来を守る第一歩になります。

メリット

避妊・去勢手術は、愛猫の健康と行動に多くのよい影響をもたらします。

【健康面でのメリット】
健康面での恩恵は計り知れません。メス猫の避妊手術は、卵巣や子宮の病気、特に命に関わる子宮蓄膿症や卵巣の腫瘍といった重篤な疾患の予防に極めて有効です。さらに、猫の乳腺腫瘍は85〜95%が悪性であるとされており、初回発情期前、特に子猫のうちに避妊手術を行うことで、その発生リスクを大幅に減少させることが可能です。

オス猫の去勢手術では、精巣腫瘍の発生を防ぐだけでなく、前立腺肥大、肛門周囲腺腫、会陰ヘルニアなど、性ホルモンの影響を受けるさまざまな病気の予防に繋がります。これらの手術は、猫の健康寿命を延ばし、より快適な生活につながります。

【行動面でのメリット】
行動面での改善も大きなメリットです。発情期に見られる問題行動の改善に大きな効果が期待できます。メス猫では過剰な鳴き声、オス猫ではスプレー(マーキング)行為などが減少または消失することが一般的です。

また、手術によって性ホルモンの影響が抑えられることで、発情期の性的なストレスから解放され、精神的にも安定し、性格が穏やかになるケースも多く見られます。さらに、望まない妊娠を防ぎ、オス猫がほかの猫との争いでけがをするリスクも減少し、飼い主としても安心して飼育できる環境が整います。

デメリット

避妊・去勢手術は、メリットと同時にいくつかの考慮すべき点も存在します。しかし、これらの点は、適切に管理することで対処が可能です。

【麻酔リスク】
すべての手術に共通することですが、麻酔には一定のリスクが伴います。特に高齢の猫や持病がある場合は、事前検査を行い慎重に判断する必要があります。

【術後の合併症】
手術した部分に、一時的な腫れや痛みや内出血が見られたり、体液が少し溜まったりすることがあります。また、愛猫が傷口を舐めたり噛んだりすることで、傷が開いてしまうリスクも考えられます。これを防ぐために、術後服やエリザベスカラーを着用させてあげることが大切です。

【体調の変化】
ホルモンバランスの変化により、手術後は代謝が落ち、太りやすくなる猫もいます。肥満を防ぐためには、運動や食事管理をしっかり行うことが重要です。

避妊手術と去勢手術の違い

愛猫が避妊・去勢手術を受ける際、飼い主としては「どんな手術をするの?」「術後はどうすればいいの?」といった不安や疑問が尽きないことでしょう。猫の避妊・去勢手術は、どちらも生殖能力を取り除くことを目的としていますが、その手術内容は性別によって大きく異なります。

どちらの手術も、痛みや不安を最小限に抑えるため全身麻酔下で行われます。手術中は獣医師が常に猫の状態モニターし、安全管理に努めます。術後には痛みを和らげる鎮痛剤が処方されることもあります。

【オス猫の去勢手術】
精巣を摘出する手術で、陰嚢に小さな切り込みを入れて行います。切開は非常に小さく、多くの場合縫合は不要で、傷の治りも早いです。手術時間は20〜25分程度と、比較的短時間で終わることがほとんどです。 

【メス猫の避妊手術】
卵巣と子宮を取り除く手術で、お腹の下腹部を切開します。オス猫の去勢手術より大がかりで、切開部は丁寧に縫合されます。手術時間は約1時間程度が目安とされています。

術後のケアと回復のポイント

手術が無事に終わった後、愛猫が早く元気になるためには、飼い主の丁寧なケアが何よりも大切です。以下のポイントに注意しましょう。

安静な環境を整える
術後数日間は、猫が安心して過ごせるよう、ほかの動物や人から離れた静かで清潔な場所を用意してあげましょう。麻酔の影響で普段より反応が鈍っている可能性があるので、手術後24〜48時間は様子を見てケージを使うことも検討しましょう。

処方された薬の確実な投与
鎮痛剤などが処方された場合は、指示された方法と量に従って、忘れずに投与してください。痛みを和らげることでより快適に過ごせ、回復も早まります。 

食事の管理
手術当日の夜は少量から始め、翌朝には通常量に戻します。急な食事内容の変更は避け、術後は一度に大量の飲食をさせないように注意してください。

傷口のチェックと保護
毎日、手術した部分(切開部位)を観察し、傷が赤く腫れたり膿が出たり、傷口が開くなど異常があればすぐ獣医師に連絡をしましょう。猫が傷口を舐めたり噛んだりするのを防ぐため、エリザベスカラーや術後服の着用も検討しましょう。

運動と入浴の制限
手術後約2週間は激しい運動や遊びを控え、傷口が濡れるのを防ぐためシャンプーをする場合は、術後10日から2週間以降にしましょう。

緊急時の対応
食欲不振や元気がない、嘔吐や下痢、排尿困難、手術後3日経っても明らかに苦しそうな様子があれば、速やかに獣医師へ連絡をしましょう。

避妊・去勢手術に関する誤解と真実

誤解1:手術を行うと猫の寿命が長くなる

この噂はよく耳にしますが、手術が直接的に猫の寿命を延ばすという明確なデータはありません。また、個体差があるため一概にはいえません。しかし、これは手術が無意味だということではありません。手術によって、性ホルモンに関連する病気(子宮蓄膿症、乳腺腫瘍、精巣腫瘍など)や感染症のリスクが大幅に軽減されます。また、発情期特有の行動(過剰な鳴き声、スプレー行為など)の減少や消失、他の猫との喧嘩による怪我のリスクも減少します。

これらのリスクが減ることで、結果として猫がより長く、健康的な生活を送る可能性は高まります。つまり、手術は「寿命を直接延ばす魔法」ではないものの、「病気や事故のリスクを減らし、健康寿命を延ばす可能性を高める現実的な手段」と理解するのが正しいでしょう。 

一方で、「去勢しないほうが長生きする」という明確なデータも存在しません。むしろ、去勢をしないことで太りやすくなり、下部尿路疾患や内分泌疾患などの病気のリスクが高まる可能性が指摘されています。 

誤解2:手術で性格が劇的に変わる

手術後の性格変化については、飼い主がもっと心配する点かもしれません。確かに、手術によって猫の性格や行動に変化が見られることはあります。多くの場合、発情期に伴う性的なストレスから解放されることで、攻撃性が緩和され、怒りっぽさやほかの猫との喧嘩などの問題行動が少なくなることが期待されます。また、以前よりも甘えん坊になるケースも報告されており、飼い主との絆が深まることも珍しくありません。

しかし、性格の変化には大きな個体差があり、すべての猫が同じように変わるわけではありません。特に、手術時期が遅く、すでに問題行動が習慣化してしまっている場合は、手術後もその行動に変化が見られないことも珍しくありません。これは、行動が性ホルモンだけでなく、学習や習慣によっても形成されるためと考えられます。手術が性格を劇的に変える万能薬ではないことを理解し、猫の個性や手術前の行動パターンを考慮したうえで、変化の可能性を現実的に捉える必要があります。 

誤解3:手術した猫なら猫アレルギーの人でも飼える

猫アレルギーの主な原因となるアレルゲンの一つに「Feld1」というタンパク質があります。Feld1は、手術の有無にかかわらず産生されます。つまり、手術を受けたからといって、猫アレルギーの人が症状なく猫を飼えるようになるわけではないということです。

まとめ

避妊・去勢手術は、愛猫の健康と幸せを守るための大切なステップです。その効果は個々の猫によって異なるかもしれませんが、病気の予防、行動の改善、そして望まない命を生まないという社会的な側面まで含めて、大きな意義を持つことは間違いありません。

手術を受けさせるかどうか迷っている場合は、愛猫の年齢や体質、性格、生活環境をふまえて、信頼できる獣医師とじっくり相談しながら検討してください。