もしかしてうちの子も? 犬のADHDの症状チェックと飼い主ができること
近年、犬の行動問題としてADHD(注意欠如・多動症)が注目されています。背景には、ペットの飼育環境の変化や獣医療の進歩などがあり、飼い主の関心も高まっています。
犬のADHDは、人間におけるADHDと似た症状を示すもので、不注意や多動性、衝動性などが主な特徴です。これらの症状は、犬の生活の質を低下させるだけでなく、飼い主との関係にも悪影響を及ぼす可能性があります。
しかし、犬のADHDはまだ十分に解明されていない部分も多く、診断や治療が難しいという現状があります。今回は、犬のADHDに関する最新の知見を交えながら、その症状や原因、診断、治療法、そして飼い主ができることについて解説していきます。

ADHDとは
ADHD(注意欠如・多動症)は、主に以下の3つの特徴を持つ神経発達障害です。
注意欠如(集中力が続かない、気が散りやすい)
多動性(落ち着きがない、絶えず動き回る)
衝動性(突然行動する、コントロールが効かない)
人間のADHDは、アメリカ精神医学会が発行している『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』に基づいて診断されます。
犬のADHDとは
犬のADHDも、神経発達障害の一種と考えられており、注意力の欠如や多動性、衝動性を特徴とします。具体的には、すぐに気が散って集中することが難しかったり、じっとしていられずつねに動き回っていたり、行動を抑制することが難しく衝動的な行動をとってしまうといった様子が見られます。これらの症状は、ほかの犬や人との相互作用、学習、日常生活に支障をきたす可能性があります。
犬のADHDの症状は人間のADHD似ていますが、診断基準は人のADHDの診断基準を犬にそのまま当てはめることはできません。犬のADHDの診断には、獣医行動学の専門家による詳細な行動評価が必要です。また、犬の場合は、多動性よりも注意力の欠如や衝動性が顕著に現れることが多いです。分離不安や破壊行動などの問題行動を伴う場合もあります。
原因についても、人間のADHDは遺伝的要因が強く影響するとされていますが、犬のADHDの原因は、遺伝的要因に加えて、環境要因や脳の機能的な問題なども関与していると考えられています。
フィンランドのヘルシンキ大学の研究によると、犬の多動性や衝動性は遺伝的要因が強く、特定の犬種で顕著に見られることが判明しています。また、犬のADHD傾向を評価するために、Canine Behavioral Assessment and Research Questionnaire(C-BARQ)が用いられます。
C-BARQは、犬の行動特性を評価するための科学的に開発された質問票です。飼い主が犬の行動について質問に答えることで、犬のADHD傾向を評価することができます。犬の多動性や衝動性、注意力の欠如など、ADHDに関連するさまざまな行動側面を評価することができます。
具体的な行動例は以下のようなものが見られます。愛犬にこのような特徴現れた場合、獣医行動学の専門医による診断が推奨されます。
散歩中、つねに引っ張る・方向転換が多い
過剰に吠える、吠え止まない
おもちゃにすぐ飽きる、集中して遊べない
食事中に落ち着かず、食べ物に注意が向かない
ほかの犬や人に対して過剰に興奮する
攻撃性やパニック行動が見られる
犬のADHDの原因
犬のADHDの原因は、まだ完全には解明されていませんが、遺伝的要因、環境的要因、そして脳の機能的な問題が考えられています。
遺伝的要因
研究では、特定の犬種(ジャーマンシェパード、ボーダーコリー、ジャックラッセルテリアなど)がADHD傾向を持ちやすいことが指摘されています。これは、これらの犬種がもともと作業犬として育種され、活発な性質を持つためと考えられます。
環境的要因
犬のADHD傾向は、育った環境によっても大きく影響を受けます。例えば、幼少期に十分な社会化を経験できなかった犬は、新しい環境や刺激に過剰に反応しやすくなります。パピートレーニングが不足していると、適切な行動の学習が進まず、落ち着きのない行動が増える可能性があります。
また、日常的に運動不足であったり、ストレスの多い環境で生活していたりすると、エネルギーの発散がうまくできず、多動性の傾向が強くなります。特に、騒がしい家庭や過度な刺激のある環境では、犬が常に興奮状態になりやすく、結果として注意力が散漫になりやすいのです。
脳の機能的な問題
ADHDの犬は、ドーパミンやノルアドレナリンのバランスが乱れている可能性があります。これらの神経伝達物質は、注意力の維持や行動の抑制に関与しており、バランスが崩れることで、落ち着きを欠いたり、衝動的な行動を取ったりすることが多くなります。
また、前頭前皮質などの脳の特定部位の機能不全が関与している可能性があります。これらにより、行動の抑制や集中力の維持が難しくなります。
犬のADHDと行動問題
ADHDの犬は、さまざまな行動問題を併発することがあります。以下のような行動が見られることがあります。
破壊行動:家具や物を噛んだり、引っ掻いたりして壊す
過剰な吠え:必要以上に吠え続けたり、要求吠えをする
落ち着きのなさ:つねに動き回って、じっとしていられない
攻撃性:ほかの犬や人に対して攻撃的な行動をとる
分離不安:飼い主と離れると、不安やパニックを起こす
トイレの失敗:トイレトレーニングがうまくいかない、または意図的にトイレ以外で排泄する
常同行動:特定の行動を繰り返し行う(尻尾を追いかける、同じ場所をぐるぐる回る)
強迫性障害:特定の行動を強迫的に繰り返す(過剰なグルーミング、物を舐め続ける)
これらの行動問題は、ADHDの症状によって引き起こされる場合や、ADHDの治療が不十分なために二次的に発生する場合があります。また、ADHDとは別にほかの行動障害や病気が原因でこれらの行動問題が起こる可能性もあります。
ADHDの犬は、注意力の欠如や衝動性のために、適切な行動を学習することが難しく、その結果、さまざまな行動問題を引き起こす可能性があります。また、ADHDの症状によるストレスや不満が、行動問題を悪化させる要因となることもあります。
ADHDは、神経発達障害の一種であり、脳の機能的な問題が原因で起こると考えられています。一方、行動障害は、過去の経験や学習、環境要因などが原因で起こる後天的な行動の問題です。ADHDと行動障害は、症状が似ている場合もありますが、原因や治療法が異なるため、鑑別診断が重要です。

犬のADHDの診断と治療
犬のADHDの診断は、獣医行動学専門医によって行われます。診断にあたっては、さまざまな情報をもとに総合的に判断されます。まず、犬の行動を直接観察し、ADHDの特徴的な行動が見られるかどうかを評価する行動観察が行われます。また、飼い主からの問診や行動アンケートなどを通して、犬の行動に関する情報を収集します。
さらに、神経系の異常がないかどうかを調べるために神経学的検査を行う場合や、甲状腺機能低下症などのほかの病気が原因でADHDに似た症状が出ている可能性もあるため、血液検査を行う場合があります。
犬のADHDの治療法は、主に、犬の行動を改善するためのトレーニングや環境管理などを行う行動療法、獣医師の指示のもと、ADHDの症状を改善するための薬を投与する薬物療法、脳の機能をサポートしたり行動改善に効果的な食事やサプリメントを取り入れる食事療法があります。
行動療法
行動療法は、犬のADHD治療において最も重要な役割を担います。望ましい行動を教え、問題行動を抑制するために、以下の様な手法が用いられます。
オペラント条件付け:望ましい行動を強化し、問題行動を弱めることで、学習を促します。
脱感作(だつかんさ):苦手な刺激に徐々に慣れさせていくことで、恐怖や不安を軽減します。
逆条件付け:苦手な刺激に対して、肯定的な感情を関連付けることで、恐怖や不安を軽減します。
環境管理:生活環境を改善することでストレスを軽減し、問題行動を予防します。
薬物療法
薬物療法は、行動療法の効果を高めるために、または行動療法だけでは十分な効果が得られない場合に用いられます。犬のADHDの治療に用いられる薬としては、以下のものがあります。
SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)
TCAs(三環系抗うつ薬)
NDRI(ノルアドレナリン・ドーパミン再取り込み阻害薬)
食事療法
食事療法やサプリメントは、脳の機能をサポートし、ADHDの症状を改善する効果が期待されています。具体的には、以下の成分が有効とされています。
オメガ3脂肪酸
L-テアニン
GABA
これらの治療法を組み合わせることで、犬のADHDの症状を効果的に改善することができます。ただし、自身で判断せずに、獣医師と相談し愛犬に合った治療法を見つけることが重要です。
犬のADHDとの付き合い方
ADHDの犬と暮らすには、飼い主の理解と忍耐、そして愛情が不可欠です。ADHDは、犬の性格や甘えではなく、脳の機能に起因する行動障害であることを理解することが重要です。
ADHDの犬は、トレーニングの効果が出にくかったり、問題行動を繰り返したりすることがありますが、根気強く愛情を持って接することで、犬との信頼関係を築き、症状の改善を促すことができます。犬が理解しやすいように、明確なルールを設け、一貫した態度で接することが大切です。望ましい行動をしたら、すぐに褒めてあげたり、ご褒美を与えたりすることで、犬のモチベーションを高めましょう。
犬のストレスを軽減するために、静かな環境を用意したり、安全な空間を提供したりすることも重要です。適度な運動は、犬のストレス解消に役立ちます。ただし、興奮しすぎないように、運動の量や種類を調整する必要があります。
家族全員がADHDの犬の特性を理解し、一貫した対応をとるようにしましょう。また、ドッグトレーナーや獣医行動学専門医に相談し、アドバイスを受けることも有効です。
まとめ
犬のADHDは、飼い主にとって大きな負担となることもありますが、適切な診断と治療、そして飼い主の努力によって、症状を改善し、犬との生活の質を高めることができます。愛犬の行動に悩んでいる飼い主さんは、諦めずに、専門家のサポートを受けながら、愛犬と向き合っていくことが大切です。