犬に赤ちゃん言葉で話すのはなぜ? 子犬・成犬の反応を研究から解説

「いい子だね」「お散歩行く?」。愛犬に話しかけるとき、家族や友人と話すときよりも、声が少し高くなったり、言葉が短くなったりすることはないでしょうか。

こうした話し方は、研究では「犬向け発話」と呼ばれます。人間の赤ちゃんに向ける発話と似た特徴があるため、俗に「赤ちゃん言葉」と表現されることもあります。ただし、犬に高い声で話しかければ、いつでも言葉がよく通じたり、関係が深まったりする――というほど単純な話ではありません。

犬は声の調子だけでなく、その場の状況、飼い主の身ぶり、そして自分が経験してきた出来事を手がかりにしていると考えられています。

今回は、犬向け発話に関する研究から見えてきたことをたどりながら、愛犬への声かけを考える際に大切にしたい視点を紹介します。

犬に対して私たちの声はどう変わる?

犬に向けた発話には、比較的高めの声、豊かな抑揚、短い言葉、同じ語の繰り返しといった特徴があります。たとえば「ごはんだよ」「いい子、いい子」と、普段より明るく、分かりやすい調子で話す場面です。

犬への話しかけ方には、乳児への発話と共通する音声的な特徴があることが指摘されてきました。声の高さや抑揚、感情の表し方に似た面がある一方、乳児向け発話に議論されるような言語習得への役割を、犬への声かけにそのまま当てはめることはできません。

犬の写真に向けて人が話す際の音声を調べた実験では、参加者は子犬、成犬、高齢犬のいずれに対しても、ふだん成人へ話す場合とは異なる話し方をしていました。なかでも、子犬へ向ける声は相対的に高くなる傾向が見られています。

人は犬の大きさや幼さ、「かわいらしさ」などを受け取ることで、自然に発話の調子を変えているのかもしれません。ただし、この実験は写真に向けて定型文を話す条件で行われたものです。散歩中や遊びの最中、あるいは体調がすぐれない犬に声をかける場面までを、そのまま再現しているわけではありません。

犬向け発話は、犬を操作するための特別な技術というより、人が言葉を話さない相手と関わろうとするときに表れやすい、ひとつの発話スタイルと考えるのがよさそうです。

子犬と成犬では反応は同じとは限らない

録音した犬向け発話と成人向け発話を犬に聞かせた実験では、子犬は犬向け発話に対して、音源を見る、近づくといった行動をより多く見せました。特に、声の高さは子犬の反応に関わる要素の一つだったとされています。

一方で、同じ実験では、成犬と高齢犬では犬向け発話と成人向け発話への反応に明確な差は確認されませんでした。ここから言えるのは、「高い声は子犬の注意を引く場面がある」ということであって、「犬には高い声が最も効果的」とは限らない、ということです。

興味深いのは、成犬を対象にした別の実験では、少し異なる結果が得られている点です。この実験では、犬向け発話と成人向け発話の録音を聞かせ、成犬44頭、子犬19頭、計63頭の反応を調べました。録音に協力したのは、反応を調べた犬とは別の女性9人です。

その結果、成犬は成人向け発話よりも犬向け発話に長く注意を向ける傾向を示しました。ただし、音声を聞かせる順番が反応に影響した可能性も報告されています。また、先の実験とは音声の録り方や提示方法、測定した行動が異なります。こうした条件の違いを踏まえると、成犬の反応について一つの結論に急ぐことはできません。

二つの結果を比べるときは、「成犬は反応する」「成犬は反応しない」と単純に分けるよりも、聞かせる声の内容や場面、その犬が積んできた経験が反応に関わる可能性を考える必要があります。

また、実験で測られた「音源を見る」「近づく」「注意を向ける」といった行動は、言葉の意味を理解したことや、安心・愛着を直接示すものではありません。犬が何に注意を向けたのかを知るための、大切ではあるものの限定的な手がかりです。

声だけで伝えようとせず場面と身ぶりをそろえる

家庭でのコミュニケーションでは、声の高さよりもまず、言葉、動作、タイミングが大きく食い違わないことが大切です。

たとえば、犬を呼ぶときに「おいで」と言いながら自分は別の方向を向いていたり、来てほしいときと叱るときで同じ声の調子を使ったりすれば、犬にとって手がかりが分かりにくくなるかもしれません。反対に、名前を呼ぶ、体を犬へ向ける、近づいてほしいときは一貫した身ぶりを添える、といった関わり方は、犬が状況を捉える助けになります。

食べ物を探す課題を使った実験では、犬は人の指さしだけを見ているのではなく、直前までに食べ物が見つかっていた状況や、人の声の調子も手がかりにしていました。指さしと高めの声が組み合わさった条件では探索行動が長く見られた一方、低めで命令的な声の条件では、座る・伏せるといった行動が見られやすくなりました。

もちろん、これは特定の実験課題での結果です。「高い声なら探索し、低い声なら必ず従う」という日常のルールではありません。それでも、犬が声だけでなく、文脈や人の動きと合わせて情報を受け取っていることを考えるヒントにはなります。

声をかけた後には、犬の反応も見てみましょう。近づいてくる、目を向ける、体の力が抜けているなら、その犬はその場の関わりを受け入れやすい状態かもしれません。反対に、視線をそらす、体を固くする、距離を取るといった様子が見られるなら、声の調子を工夫する前に、休ませる、距離を取るといった対応が必要な場合もあります。

犬のサインは、一つだけで決めつけず、姿勢、耳、しっぽ、表情、周囲の状況を合わせて見ることが大切です。犬のボディランゲージにも目を向けると、声をかけたときの反応を、より立体的に受け取れるようになるでしょう。

「正しい声」より、愛犬から返ってくる反応を見る

犬への赤ちゃん言葉は、飼い主が犬を大切に思い、関わろうとするときに自然に生まれやすい話し方です。研究からは、子犬では犬向け発話が注意を引く可能性が示され、成犬についても、条件によっては犬向け発話へ長く注意を向ける結果が報告されています。

しかし、それはすべての犬に同じ声が通用することを意味しません。年齢、性格、そのときの気分、過去の経験、置かれている環境によって、犬の反応は変わります。

だからこそ、「高い声が正解か」「赤ちゃん言葉を使うべきか」と考えるより、声をかけたときに愛犬が何を返しているかを観察することが、日常ではより確かな手がかりになります。人が一方的に話すのではなく、犬の視線や姿勢、距離の取り方を受け取り、次の関わり方を少し変えてみる。その積み重ねが、それぞれの家庭に合った会話をつくっていくのではないでしょうか。