愛犬・愛猫のがんを血液で早期発見! 注目のリキッドバイオプシーとは
大切な家族の一員である愛犬や愛猫が、いつまでも健康でいてくれることは、すべての飼い主の願いでしょう。しかし、残念なことに人間同様にペットもがんに罹患する可能性があります。早期発見と早期治療が、その後の生活の質や寿命に大きく影響するといわれています。
近年、人間のがん検診分野で注目されている「リキッドバイオプシー」という非侵襲的な検査技術が、犬や猫の医療にも応用され始めています。今回は、この画期的な技術と、現在利用可能なペットのがん早期発見検査について、そのしくみや特徴、そして飼い主が知っておくべきポイントをご紹介します。

人間のがん医療では、血液中にごく微量に存在する「ctDNA(がん由来の変異DNA)」を特定することで、がんを早期に検出する新しい血液検査の研究が進んでいます。このDNAは、がん細胞や前がん細胞が死滅する際に血中に放出されるものです。ある研究では、がんの診断が下される3年以上も前に、これらのDNAの痕跡が血漿サンプルから発見されたと報告されており、早期介入の可能性が示唆されています。
この検査は、乳がん、大腸がん、肝臓がん、肺がん、膵臓がんなど、複数の種類のがんを一度に検出できる可能性を秘めています。しかし、臓器によって腫瘍DNAの排出量が異なることや、偽陽性のリスク、さらには大規模な臨床研究やコストの問題など、解決すべき課題も多くあります。
犬や猫のがん早期発見においても、非侵襲的な検査技術の導入が進んでいます。従来の組織生検のように体に負担をかけることなく、血液や尿などの体液からがんの兆候を捉える「リキッドバイオプシー」の概念が応用されています。
犬では、次世代シーケンシング(NGS)という高度な技術を用いて、血液中の細胞遊離DNA(cfDNA)の異常を検出するリキッドバイオプシー検査が研究・開発されてきました。代表的な例としては、かつて米国で提供されていた「OncoK9」があり、大規模な臨床研究により高い特異度と感度が報告されていました。ただし、OncoK9は現在は提供を終了しています。
また、血液中のヌクレオソームを測定する検査(Nu.Q® Vet Cancer Test)や、がん細胞が放出する特定のマイクロRNAを検出する検査(Ark-Test)も開発され、日本でも提供されています。さらに、犬向けには尿サンプルでがんリスクをスクリーニングできる検査も登場しており、自宅で手軽に実施できる点が特徴です。
猫のがん研究は、犬や人間と比べて制限がありますが、同様にcfDNAやmiRNAを用いたリキッドバイオプシー検査が開発されています。猫のがんは犬に比べて発生率は低いものの、悪性の割合が約87.7%と非常に高いため、早期発見の重要性はより高いといえるでしょう。
リキッドバイオプシー検査の最大の利点は、その「非侵襲性」にあります。採血や採尿のみで検査が可能なため、麻酔や外科的処置を必要とせず、ペットへの身体的負担を軽減できます。これにより、高齢や持病を持つペットでも、比較的安全に定期的なスクリーニングを受けることが可能になります。
また、リキッドバイオプシーは、症状が現れる前の「無症状の段階」でがんの兆候を捉えられる可能性があります。これにより、より多くの治療選択肢が検討でき、治療の成功率や生活の質の向上につながります。
日本では線虫を用いたがん検査もあり、非侵襲的な検査のひとつです。このは、がん細胞が放出する特定の「ニオイ」に線虫が反応する性質を利用し、わずかの尿でがんの有無を判定できるとされています。ヒトの場合は、早期がんにも高い感度を示すと報告されており、その簡便さと手軽さが大きな特徴です。
この検査は犬や猫などの動物向けにも提供されています。犬を対象とした評価では、肥満細胞腫や血管肉腫、リンパ腫に黒色腫、軟部組織肉腫などの動物を特定するうえで有効性が示唆されています。しかし、研究の進め方やエビデンスの信頼性がまだ十分ではないため、さらなる検証が必要とされています。将来的には、がんのリスクがある動物にとって費用対効果の高いスクリーニング方法となる可能性を秘めています。
ただし、線虫臭覚検査とリキッドバイオプシーにはいくつかの違いがあります。リキッドバイオプシーは、がん細胞から放出されるDNAの遺伝子異常を直接検出するため、がんの存在をより直接的に示すマーカーを捉えます。
一方、線虫臭覚検査「ニオイ」という間接的な指標を用いるため、精度やがんの種類特定能力についてはさらなる検証が求められます。動物向けには同じ非侵襲的な検査が提供されています。
リキッドバイオプシー検査の中には、1,000頭以上の犬を対象とした大規模な臨床研究で高い特異度と感度が確認されているものもあります。なお、線虫臭覚検査は尿サンプルを採取後8時間以内に提出する必要があり、時間的制約も考慮が必要です。
リキッドバイオプシーなどの非侵襲的ながん検出技術は、愛犬や愛猫の健康管理に革新をもたらす可能性があります。これらの検査により、症状が出る前の段階でがんの兆候を捉えることで、早期治療につながり、生活の質を高め、飼い主様との時間をより長く過ごせる可能性が広がります。
人間と犬のがんには、遺伝子レベルで多くの共通点があり、リンパ腫、悪性黒色腫、骨肉腫などでは類似した特徴が確認されています。この生物学的共通性は、「ワンヘルス」という概念――人間、動物、環境の健康が密接に関係しているという考え方――を裏付けるものです。人間のがん研究の成果が動物医療に応用され、逆に動物のがん研究が人間の医療に新たな知見をもたらすという、双方向の貢献が期待されています。
獣医腫瘍学の未来は、精密医療や個別化された治療戦略へと進んでいます。リキッドバイオプシーのような早期がん検出技術の研究開発は、この変革を牽引する存在です。
愛犬・愛猫の定期健診にこれらの新しい検査を取り入れることを検討してはいかがでしょうか。検査結果は、画像診断や組織生検などと併せて総合的に判断されるべきであり、リキッドバイオプシーはあくまでスクリーニングツールとして位置づけることが大切です。
どの検査にも利点と限界があり、万能な検査は存在しません。飼い主様は、それぞれの検査の特性を理解したうえで、専門知識のある獣医師や検査機関に相談しながら、最適な選択をすることが大切です。
最終的な目標は、すべてのペットがより早く、より正確に診断を受け、それにより適切な治療を受け、飼い主とより長く、充実した時間を過ごせるようになることです。


