犬の口臭は健康のバロメーター? 原因と対策、病院に行くべきタイミング
愛犬の口臭は、多くの飼い主にとって身近な悩みのひとつです。しかし、その臭いを「犬だから仕方ない」と見過ごしてはいけません。実は、口臭は愛犬の健康状態を示す重要なサインであり、体内で何らかの異変が起きている可能性を示唆していることがあります。
健康な犬であれば、基本的に強い口臭はしないといわれています。つまり、口臭に気づいたときは、それ自体が体からの警告信号かもしれません。今回は、犬の口臭の主な原因や自宅でできるケア方法、そして動物病院を受診すべきタイミングについて解説します。

愛犬の口臭の主な原因
犬の口臭の背後にはさまざまな原因があり、その多くは口腔内のトラブルに起因します。しかし中には、全身の健康状態を示す重要な手がかりとなる場合もあります。臭いの種類や強さ、伴う症状を観察することで、体内で何が起きているかを推測するヒントになります。
・最も多い原因:歯周病とその進行
犬の口臭の最も一般的な原因は歯周病です。人間と同様に、口内の細菌や食べかすが歯の表面に付着して「歯垢(プラーク)」を形成します。犬では、この歯垢がわずか2〜3日で唾液中のミネラルと結びつき、「歯石」へと変化することが知られています。
一度できた歯石は、歯ブラシでは除去できないほど硬く、表面のザラつきがさらなる歯垢の蓄積を招くといった悪循環を招いてしまいます。
歯垢や歯石に含まれる細菌によって歯肉が炎症を起こした状態が「歯肉炎」です。これが進行すると、歯を支える骨や靭帯といった歯周組織にまで炎症が広がり、「歯周炎」と呼ばれる深刻な状態になります。
さらに、歯と歯肉の間に「歯周ポケット」と呼ばれる隙間ができ、細菌が奥深くまで入り込み繁殖することで、口臭はさらに悪化します。重症化すると、歯を支える骨が溶け、歯がぐらつき、最終的には抜け落ちてしまうこともあります。
犬は人間に比べて歯周病になりやすい傾向があり、特に小型犬や短頭種は、顎の構造上、歯が密集しやすいため、リスクが高まります。3歳までに約80%以上の犬が歯周病に罹患しているとの報告もあり、非常に一般的な問題といえるでしょう。
歯周病は口内だけにとどまらず、全身の健康にも深刻な影響を与える可能性があります。口内の細菌が血流を通じて心臓・腎臓・肝臓などに到達し、臓器の機能低下や病気を引き起こすことがあります。
また、歯周病が進行すると、歯の痛みから食欲不振や体重減少につながったり、頬や目の下周辺が腫れたり、皮膚に穴が開いたりする「歯根膿瘍」を引き起こすこともあります。さらに、顎の骨がもろくなり、些細な衝撃で骨折するケースもあります。鼻腔に近い歯の根元に膿が溜まると、鼻水やくしゃみといった症状が現れることもあります。
このように、口臭の背後にある歯周病は、全身の健康にまで影響を及ぼす可能性があるため、原因や進行メカニズムをしっかり理解し、予防と早期治療を心がけることが重要です。
内臓疾患が引き起こす口臭
口臭は口腔内の問題だけでなく、全身の疾患のサインであることも少なくありません。特定の種類の口臭は、特定の臓器の異常を示す重要な手がかりとなる場合があります。
腎臓病
腎臓は、体内の老廃物や毒素をろ過し、尿として排出する役割を担っています。この機能が低下すると、尿素などの老廃物が体内に蓄積し、アンモニアのような、あるいは尿のような独特の口臭として現れることがあります。さらに、腎臓病が進行すると、口内に潰瘍ができることもあります。アンモニア臭が感じられる場合、すでに腎機能がかなり低下している可能性が高く、口臭のほかにも「元気がない」「ぐったりしている」といった症状が見られることが多いとされています。
肝臓病
肝臓は、体内の毒素を分解・解毒する重要な臓器です。この機能が損なわれると、本来なら分解・排出されるはずの有害物質が体内に残り、口臭として現れることがあります。肝臓の異常によっては、口から甘ったるい臭いがすることもあります。このような口臭に加えて、皮膚や白目が黄色くなる「黄疸」や、体重減少、食欲不振、嘔吐などの症状が見られる場合は、肝臓病の可能性が疑われます。
糖尿病
糖尿病が適切に管理されていない場合、体はエネルギー源として脂肪を分解し始め、「ケトン体」と呼ばれる物質を生成します。このケトン体に含まれるアセトンという物質が、甘酸っぱい、またはフルーティー臭いとして口臭に現れます。糖尿病の犬では、口臭以外にも体重減少、食欲の変化、異常な喉の渇き(多飲)、排尿回数の増加(多尿)といった症状がよく見られます。とくに、「糖尿病性ケトアシドーシス」という重篤な状態に陥ると、強い脱水、嘔吐、下痢、さらには昏睡状態になることもあり、早急な治療が必要です。
消化器系の異常
消化器の不調が原因で口臭が生じることもあります。愛犬が何を口にしたか、あるいは消化機能に問題がないか、日頃から注意深く観察することが大切です。
胃炎
胃炎など胃腸の不調がある場合、胃酸が過剰に分泌されることで、酸っぱい臭いが口臭として感じられることがあります。胃炎の原因には、感染症、中毒、異物の摂取、免疫疾患などがあり、嘔吐や食欲不振といった症状を伴うことが多いとされています。
腸閉塞・腸捻転
腸に腫瘍や異物が詰まる「腸閉塞」や、腸がねじれてしまう「腸捻転」が起こると、腸内の内容物が正常に流れなくなり、口から便のような強い臭いがすることがあります。これは命に関わる緊急事態であり、激しい腹痛、食欲不振、嘔吐(ときに便のような内容物)、下痢、あるいは便が出ないなどの深刻な症状を伴います。このような臭いに気づいたら、すぐに動物病院を受診することが必要です。
不適切なものの摂取
とくに子犬や若い犬は好奇心旺盛で、ゴミ箱を漁ったり、他の犬の糞を口にしたりすることがあります(いわゆる食糞)。このような行動によって、その対象物の臭いが一時的に口臭として現れることがあります。また、腐敗した食べ物や酸化したペットフードを食べた場合にも、異常な口臭が発生することがあります。このようなケースでは、行動と口臭の変化を関連付けて観察し、必要に応じて獣医師に相談するとよいでしょう。
口腔内のその他の問題
歯周病や内臓疾患以外にも、口腔内には口臭の原因となるさまざまな問題が潜んでいます。
異物・怪我・感染症
犬は物を噛むのが好きですが、鋭い棒や骨、粗いおもちゃなどによって口の中に切り傷や膿瘍ができることがあります。また、歯の間に食べ物のカスや破片が挟まったり、舌の下や頬に異物が隠れたりして、それが感染を起こし強い口臭の原因になる場合もあります。愛犬が何かを噛んだ後に口臭が強くなった場合は、口の中に異物がないか確認することが大切です。
口腔内腫瘍
高齢の犬に多く見られますが、口の中にできる良性または悪性の腫瘍も口臭の原因となります。腫瘍が成長したり、潰瘍になったりすると、組織の一部が壊死を起こし、腐敗臭のような独特で強い口臭を放つことがあります。口臭のほかに、口からの出血、よだれの増加、食欲不振、食べこぼし、顔の腫れなどの症状が見られた場合は、すぐに獣医師の診察を受けましょう。悪性腫瘍の場合は進行が早く命に関わることもあるため、早期発見が極めて重要です。
口腔内の乾燥
唾液には口の中の汚れを洗い流し清潔に保つ作用がありますが、水分不足や鼻炎による口呼吸の増加、パンティング(舌を出してハァハァと呼吸すること)などで口の中が乾燥すると、唾液の自浄作用が低下し、生臭い魚のような口臭が発生することがあります。特に夏場は熱中症対策としてパンティングが増えるため、口の乾燥に注意が必要です。常に新鮮な水を用意し、室温の管理にも気を配りましょう。

愛犬の口臭を防ぐ自宅ケア
愛犬の口臭の多くは、日々の適切なデンタルケアによって予防・軽減が可能です。毎日の積み重ねが、口腔内環境を健康に保つ最も効果的な方法です。
歯磨きの基本と効果的な方法
定期的な歯磨きは、歯垢の形成を防ぐ最も効果的な方法であり、歯周病予防の基本です。犬の歯垢はわずか約2〜3日で歯石に変化するため、理想的には毎日、最低でも3日に1回は歯磨きを行うことが推奨されます。歯石になってしまうと飼い主さんでは除去できないため、その前に歯垢をしっかりと磨き落とすことが大切です。
歯磨きを嫌なことではなく楽しい時間にするために、優しく声をかけ、ご褒美のおやつを活用しましょう。いきなり歯ブラシを使うのではなく、まずは口の周りを触ることから始め、次に歯磨きペーストをつけた指や歯磨きシートで歯や歯茎に触れる練習をします。慣れてきたら少しずつ歯ブラシに移行しましょう。
犬用の歯ブラシは、小型犬には小さめで毛が柔らかいものを使い、犬用歯磨き粉を使用してください。人間用の歯磨き粉には犬に有害なフッ素やキシリトールが含まれているため、絶対に使わないでください。
歯ブラシは歯に対して45度の角度で当て、歯の表面だけでなく歯と歯茎の間の「歯周ポケット」を意識して優しく磨きましょう。愛犬が嫌がる場合は、前歯、右側、左側など日によって磨く部位を分けて短時間で済ませるのも効果的です。
デンタルおやつ・デンタルフードの活用
噛むことで物理的に歯垢を除去したり、口腔環境を整える成分を含んだりするデンタルおやつがあります。米国獣医口腔衛生協議会(VOHC)などが推奨する製品を選ぶと良いでしょう。デンタルダイエットとして作られたフードは、大きめのキブルサイズと粗いテクスチャーで、噛む際に歯をこすり、歯垢の蓄積を減らすのに役立つとされています。
デンタルチューやデンタルトイを選ぶ際は、繊維質で歯が食い込みやすく歯垢を削ぎ落とす効果が期待できるものを選びましょう。硬すぎるものは歯が折れるリスクがあり、柔らかすぎるものは破損して誤食の危険があるため、素材にも注意が必要です。また愛犬の口に合った適切なサイズを選ぶことも重要です。デンタルおやつはできれば毎日の習慣に取り入れるとより効果的です。
デンタルウォーター添加物・サプリメント
飲み水に加えることで口臭を隠すだけでなく口腔衛生を促進するデンタルウォーター添加物の製品もあります。これらは通常無味で手軽に口腔ケアをサポートできます。
また、プロバイオティクスやインターフェロンなどのサプリメントも、口腔内の善玉菌を増やし、歯周病菌の増殖を抑制し炎症を抑えたりすることで、口腔環境をサポートする効果が期待できます。ただし、これらは歯磨きの代わりになるものではなく、他のデンタルケアと組み合わせることで、より高い効果が期待できる補助的な役割を果たすものです。
病院に行くべきタイミング
愛犬の口臭に気づき、特に以下のような症状が見られる場合は、速やかに動物病院を受診することが重要です。
▶口臭の臭いが急に変化し、アンモニアのような強い臭いや、甘酸っぱい臭い、便のような臭い、腐敗臭など、普段とは異なる強い臭いがする場合。
▶食欲不振や元気がない、ぐったりしているなど全身症状がある場合。
▶嘔吐や下痢、多飲多尿、体重減少、皮膚や目の黄変(黄疸)などの異常がある場合。
▶口の中の歯茎が赤く腫れて出血する、歯がぐらついている、口を痛がって食事を嫌がるなど、明らかな口腔内の異常がある場合。
獣医師は、まず口腔内の視診で歯茎の状態や歯石の有無、歯のぐらつきを確認します。必要に応じて、歯周ポケットの深さ測定や歯科レントゲン検査を行い、歯周病の進行度を正確に評価して最適な治療法を決定します。
歯石は歯ブラシでは除去できないため、歯周病の治療には全身麻酔下での専門的な歯石除去(スケーリング)が必要です。スケーリングでは超音波スケーラーやハンドスケーラーを使い、歯石を徹底的に除去し、ポリッシングで歯の表面を滑らかにします。重度の場合は抜歯が必要になることもあります。
麻酔に不安を感じる飼い主さんも多いですが、犬に痛みや恐怖心を与えず質の高い治療を提供するためには麻酔が不可欠とされています。一般的な歯石除去処置は、全身麻酔、レントゲン検査、歯周ポケット測定、歯石除去、ポリッシングの流れで行われ、抜歯が必要な場合は局所麻酔や抗生剤投与も行われます。
抜歯後は、数日から2週間程度は柔らかいフードを与え、激しい運動や硬いおもちゃを噛む遊びは数週間控えましょう。エリザベスカラーの装着も、犬が口を触って症状を悪化させるのを防ぐのに有効です。
まとめ
愛犬の歯周病予防には、獣医師による専門的な治療だけでなく、家庭でのケアが欠かせません。毎日の歯磨きやデンタルケア用品の活用は、歯石の蓄積や歯周病の進行を防ぎ、健康を維持するための基本です。
早期発見のためにも、日常的に口腔内をチェックし、異変があれば速やかに受診しましょう。日々の予防が、愛犬の健康と快適な生活を支える大きな力となります。