犬をハグしてもいい? 犬の気持ちを知って、もっとよい関係を築こう

私たちは、喜びや愛情、慰めといった気持ちを、ハグという行為を通じえて大切な人に伝えます。この愛情表現は、犬に対しても例外ではありません。あなたの愛犬に対して、あるいは街でかわいらしい犬を見かけたとき、思わず抱きしめたくなる──そんな気持ちはとても自然なものです。

しかし、その人間的な愛情表現は、本当に犬たちに歓迎されているのでしょうか?

今回は、犬のコミュニケーションのしくみやハグへの反応について探りながら、犬とよりよい関係を築くためのヒントを紹介します。

犬はどうやって気持ちを伝える?

人間が言葉を主なコミュニケーション手段とするのに対し、犬は主にボディランゲージ、顔の表情、わずかな吠え声や唸り声を通して、その感情や意図を伝えています。犬のコミュニケーションは、しっぽの振り方ひとつをとっても、喜びだけでなく、不安や警戒を示す場合もあるほど、豊かで繊細です。こうしたサインを読み取ることは、犬の気持ちをより正確に理解し、私たち人間との間にスムーズなコミュニケーションを築くために欠かせません。

私たちが愛情を込めて行うハグも、犬にとっては必ずしも同じ意味ではないかもしれません。犬は、私たち人間とは異なる方法で世界を認識し、コミュニケーションをとっているのです。

犬は、人間やほかの犬に対して、ハグとは異なる方法で愛情を表現します。例えば、舐める、寄りかかる、鼻でつつく、おもちゃを持ってくる、アイコンタクトをとる、近くで眠る、お腹を見せる、飼い主を追いかける、しっぽを振るなどです。

これらの行動には、近さや優しい触れ合い、遊びが含まれており、ハグよりも犬にとって自然で心地よい愛情表現といえます。犬本来の愛情表現を理解することで、人間側も犬にとってストレスの少ない、意味のある接し方ができるようになるでしょう。

科学でわかったハグが犬に与える影響とは

近年、犬の行動学に関する研究が進み、ハグが犬に与える影響についてもいくつかの興味深い発見がされています。これらの研究は、私たちが愛情表現として行うハグが、犬にとって必ずしも快適なものではない可能性を示唆しています。

▶スタンリー・コーレン博士による研究
心理学教授であり、神経心理学の研究者でもあるスタンリー・コーレン博士は、2016年に250枚以上の犬がハグされている無作為な写真を分析しました。その結果、驚くべきことに、大多数の犬(約80〜81.6%)がハグされている際に、ストレスや不安の兆候を示していることが明らかになりました。具体的には、舌なめずり、あくび、顔を背ける、白目を見せる(いわゆる「クジラ目」)、耳を伏せる、しっぽを下げる、体が硬直する、口を閉じる、パンティング(激しい呼吸)といったサインが観察されました。この研究は、愛情表現としてのハグが、実際には犬にとってストレス要因になっている可能性を社会に広めるきっかけとなりました。

▶エリザベス・アン・ウォルシュ博士による研究
さらに、最近の研究では、アイルランドのコーク・ペット行動センターのエリザベス・アン・ウォルシュ博士を中心とする研究チームが、人々が犬をハグしたり、遊んだりする動画を分析しました。この研究では、ハグされている犬のストレスサインとその頻度が詳細に記録されました。
その結果、約68%の犬がアイコンタクトを避け、顔を背け、約44%が唇や鼻を舐め、約43%がパンティングをし、約60%が目を細め、さらに約81%が頻繁なまばたきを見せるなど、高いストレスレベルを示す行動が確認されました。特に注目すべきなのは、ハグされた犬の約67.5〜68%が、噛みつきやその兆候を見せていたことです。これは、犬が強い不安や身の危険を感じた際に示す最終的な防衛手段と考えられます。

研究者たちは、人間が犬のハグへの反応を誤解することで、不快感や不安、恐怖、混乱といったネガティブな結果につながる可能性があると強調しています。これらの研究結果は、私たちがよかれと思って行う行動が、犬にとっては逆効果になりうることを教えてくれます。

なぜ犬はハグを好まない?

犬の世界では、人間が行うような抱擁や拘束は、仲間同士の愛情表現としては一般的ではありません。犬は、もともと走ることに特化した動物(走行性動物)であり、突然動きを制限されることに対して本能的な警戒心を持っています。ハグによって自由を奪われると、逃げるという選択肢を奪われるため、恐怖やストレスを感じやすくなるのです。

人間にとってハグは愛情を示す行為ですが、犬にとってもっとも近い行動は、人間やほかの犬の上に前足を乗せる「マウンティング」であり、これは愛情というよりも、社会的な地位や支配を示す行動と解釈されることが多いです。

また、ハグをする際に顔を近づけたり、目をじっと見つめることも、犬にとっては威圧的、あるいは攻撃的な行動と受け取られることがあります。特に信頼関係が築かれていない相手からのハグは、強い不安を引き起こす可能性があります。

犬のボディランゲージを読み解く

愛犬をハグする際、彼らが本当に心地よく感じているのか、それとも不快に感じているのかを見極めるためには、犬のボディランゲージを注意深く観察することが重要です。不快感を示すサインは、微妙なものから明らかなものまでさまざまです。

▶微妙なサイン
目をそらす:よく見られるカーミングシグナル
唇や鼻を舐める:緊張や不安の表れ
あくび(眠くないのに):自分を落ち着かせようとするディスプレイスメント行動
白目を見せる(クジラ目):恐怖や不快感を感じているサイン
耳を伏せる・後ろに倒す:不安や緊張状態を示す
体を硬直させる:強い警戒やストレスを感じている可能性がある
しっぽを下げる・内に巻き込む:恐怖や服従の表現
まばたきが増える:過度なストレスの兆候

▶明らかなサイン
逃れようとする・押し退ける:明確に拒否しているサイン
唸る・吠える:脅威を感じており、噛みつく前の警告
噛みつく・またはそぶりを見せる:強い不安や恐怖からくる最終的な防衛行動

これらのサインに気づいたら、すぐにハグを止め、犬に安心感を与える対応をとることが重要です。ハグに慣れているように見える犬でも、じつは小さなストレスサインを出していることがあり、飼い主がそれに気づかないまま続けてしまうケースもあります。

犬の一般的なストレスサイン

ハグへの反応だけでなく、さまざまな状況で不快に感じている犬のサインを認識することは、彼らの全体的な幸福を守るうえでも大切です。ストレスサインは、行動の変化、身体的な兆候、発声に分類できます。

主なストレス指標としては、舌なめずり、あくび、パンティング、活動レベルの変化(そわそわする/動かなくなる)、隠れる、攻撃的になる、食欲や排泄の変化、いつもと違う吠え方などが挙げられます。

これらの幅広いストレスサインを認識することで、飼い主はハグだけでなく、さまざまな状況で犬が不快に感じている場合に気づくことができ、より積極的なケアにつながります。

犬がハグを受け入れる場合

すべての犬がハグを嫌うわけではありません。ときには、飼い主との深い信頼関係の中で短時間のハグを受け入れたり、場合によっては心地よく感じているように見える犬もいます。

ただし、これは「例外」であり、すべての犬に当てはまるわけではありません。たとえ見た目に落ち着いているように見えても、本当にリラックスしているのか、我慢しているだけではないかを見極めるために、つねにボディランゲージを観察することがが不可欠です

また、ハグを受け入れるかどうかは、相手との関係性にも左右されます。飼い主には抵抗しなくても、知らない人には強く拒否することもあるため、犬の性格や社会化の経験も影響します。

犬に愛情を示すほかの方法

ハグが犬にとってストレスになることがある以上、より犬の気持ちに寄り添った愛情表現を考えることが大切です。以下のような方法であれば、犬にとっても安心して愛情を受け取ることができます。

優しい撫で方:胸、肩、しっぽの付け根、顎の下、耳の後ろなど、犬が心地よいと感じる部位を中心に優しく撫でる
一緒に遊ぶ:ボール投げ、引っ張りっこ、かくれんぼなど、犬が楽しめる遊びを通じて交流する
トレーニングとポジティブ強化:おやつや褒め言葉で行動を肯定し、信頼関係を深める
質の高い時間を過ごす:散歩やリラックスタイムを共有するだけでも、愛情は伝わります
優しく声をかける:飼い主の声のトーンは、犬にとって大きな安心材料になります

これらの行動は、犬が本当に望んでいる「愛され方」であり、飼い主との絆をより強く、ポジティブなものに育てることができます。

子どもと犬の特別な考慮事項

子どもが犬をハグする際には、特に噛みつきのリスクが高まるため特別な注意が必要です。子どもは犬のストレスサインを見落としやすく、無意識のうちに顔を近づけたり、強く抱きしめたりする行動をとりがちです。これは、犬にとって脅威と感じられる可能性があります。

子どもと犬が安全な関係を築くためには、以下のようなルールを教えることが効果的です。

・つねに大人の監督下で触れ合うこと
・犬に近づく前に「触っていいか」大人に確認すること
・ハグや顔を近づける行為は避ける
・犬が寝ている・食事中・遊んでいる場合は近づかない
・子どもにもわかるように犬のストレスサインを教えておく
・知らない犬に出会った際の対処法(たとえば「木になる」など)を事前に練習しておく

子どもは犬のコミュニケーションを理解する能力が低いため、大人が仲介役として正しい接し方を教えることが、犬との信頼関係を築く第一歩となります。

まとめ

人間が犬をハグしたいという本能は愛情からくるものですが、しかし、すべての犬がハグを快適に感じているわけではありません。犬のボディランゲージを注意深く観察し、不快のサインを見逃さないことが大切です。
ハグ以外にも犬が喜ぶ愛情表現は多く存在します。優しい撫で方や一緒に遊ぶ時間、ポジティブなトレーニングや声かけなど、犬の自然なコミュニケーションに合った方法で愛情を伝えることが、よりよい関係を築く鍵となります。

犬の気持ちを尊重し、愛情表現の方法を工夫することで、飼い主と犬の絆はより深まり、互いに心地よい時間を過ごせるでしょう。