猫の甲状腺機能亢進症とは? 症状から治療法まで知っておきたい基礎知識

「最近、うちの猫が急に痩せてきた」「食欲はあるのに体重が減っている気がする」「なんだか落ち着きがない……」もし、あなたの愛猫にこのような変化が見られたら、それは「猫の甲状腺機能亢進症」のサインかもしれません。高齢の猫に多く見られ、放置すると高血圧や心疾患などの合併症を引き起こすことがある病気です。

しかし、早期に発見し適切な治療を行えば、愛猫はこれまでと変わらない生活を送ることができます。今回は、猫の甲状腺機能亢進症について、原因や症状、診断に治療法、飼い主ができることまで詳しく解説します。

猫の甲状腺機能亢進症とは

猫の甲状腺機能亢進症とは、首の付け根にある小さな内分泌器官「甲状腺」が過剰に働き、甲状腺ホルモン(主にサイロキシンT4とトリヨードサイロニンT3)を過剰に分泌する病気です。

これらのホルモンは、体温調節や代謝、心拍、消化、神経活動など、全身の機能を調整する役割を担っています。そのため、ホルモンが過剰になるとエネルギーの消費が加速し、食べても体重が減る、落ち着きがなくなるといった症状が現れます。

この病気は、特に10歳以上の高齢猫で多く見られる内分泌疾患のひとつです。以前はまれな病気とされていましたが、近年では検査技術の進歩や飼い主の意識向上により、診断例が増えています。

猫の甲状腺は左右一対で存在しますが、甲状腺機能亢進症の多くは、一方または両方の甲状腺に発生した良性の腫瘍(腺腫または過形成)が原因です。まれに悪性腫瘍(甲状腺癌)が原因となるケースもありますが、その頻度は非常に低いとされています。

過剰な甲状腺ホルモンの分泌は、全身の細胞活動を異常に活発にし、心臓への負担や代謝異常、消化器の不調など、さまざまな臨床症状を引き起こします。

飼い主が気づく変化は、「なんとなく元気すぎる」「鳴き声が増えた」「毛並みが乱れてきた」など、一見ささいなものに見えることもありますが、こうした変化が病気の初期サインとなるため、定期的な健康診断が重要です。

猫の甲状腺機能亢進症の原因

猫の甲状腺機能亢進症の主な原因は、甲状腺にできた良性の腫瘍(腺腫)とされています。この腫瘍によって甲状腺ホルモンが過剰に作られることで、代謝を異常に活性化させます。

では、なぜこの病気になるのか――。残念ながら、まだ完全には原因が解明されていませんが、複数の要因が関与していると考えられています。

甲状腺の過形成と腺腫

もっとも一般的な原因は、甲状腺の過形成(組織の異常な増殖)や腺腫(良性腫瘍)です。これによりホルモンが自律的に過剰分泌されます。片側性が多いものの、約30%は両側性と報告されています。

食事中のヨウ素

かつてはヨウ素不足が原因とされていましたが、現代のキャットフードではでは稀です。むしろ、缶詰に含まれる高濃度ヨウ素やビスフェノールA(BPA)など、環境ホルモンの影響が疑われており、研究が進められています。

環境要因

特定の環境要因が甲状腺機能亢進症のリスクを高める可能性も指摘されています。例えば、難燃剤(PBDEs)などの化学物質との関連が研究されていますが、甲状腺機能亢進症との明確な因果関係は証明されていません。

遺伝的要因

犬では遺伝的要因が知られていますが、猫では、現在のところ明確には確認されていません。しかし、特定の血統で発生が多いという報告もあり、今後の研究が待たれます。

加齢・ホルモンバランスの変化

10歳以上の高齢猫に多いことから、加齢による組織変化が関与していると考えられています。また、避妊・去勢によりホルモンバランスが変化することも、発症に影響している可能性があります。

猫の甲状腺機能亢進症の症状

甲状腺機能亢進症は進行が緩やかで、初期症状は見過ごされやすい病気です。以下のような変化に気づいたら、早めの受診をオススメします。

体重減少(食べているのに痩せる)

もっともよく見られる症状です。甲状腺ホルモンが過剰に分泌されることで代謝が過剰に活発になり、摂取したカロリーが十分に蓄積されずに消費されてしまうため体重が減少します。

多食(食欲増進)

体重減少とは対照的に、食欲が異常に増加します。これは、体がつねにエネルギーを消費し続けているためです。食べる量が増えますが、それでも体重は増えません。

多飲多尿

甲状腺ホルモン過剰は、腎機能にも影響を与えることがあります。これにより喉が渇きやすくなり、水を飲む量が増え、それに伴い尿の量も増えます。

活動過多・落ち着きのなさ

甲状腺ホルモン過剰は、神経系を刺激し、猫を落ち着きなくさせることがあります。そわそわしたり、夜鳴きをしたり、夜中に動き回るなどの行動変化が見られることがあります。

心拍数の増加・心疾患

甲状腺ホルモンは心臓の働きを活発にするため、頻脈(脈が速くなる)や不整脈が現れることがあります。進行すると心肥大や心不全を引き起こす場合もあります。

嘔吐・下痢などの消化器症状

一部の猫では、甲状腺ホルモン過剰が消化管の動きを活発にすることで、嘔吐や下痢を引き起こすことがあります。

被毛の変化

被毛が乾燥してパサつく、毛玉ができやすくなる、過剰なグルーミングによる脱毛が見られるなど、被毛や皮膚の状態に変化が生じることがあります。

呼吸促迫

病気が進行して心臓に負担がかかると、肺水腫を引き起こして呼吸が浅く速くなったり、苦しそうにすることがあります。

甲状腺の腫れ

首の付け根にある甲状腺が腫れて、触るとしこりのように感じられることがあります。しかし、触診で異常が認められない場合もあります。

そのほかの症状

ほかにも、筋肉の震えや軽い発熱、興奮による攻撃的な行動などが見られることがあります。

これらの症状は、ほかの病気でも見られることがあるため、自己判断は禁物です。愛猫に気になる症状が見られた場合は、早めに獣医師の診察を受けることが重要です。

猫の甲状腺機能亢進症の診断と治療

猫の甲状腺機能亢進症の診断は、獣医師による丁寧な問診と身体検査、そして血液検査を中心としたいくつかの検査が行われます。

問診と身体検査

獣医師は、飼い主から愛猫の症状や変化について詳しく聞き取ります。体重の変化、食欲、飲水量、排尿の回数、活動性の変化などを伝えることが重要です。身体検査では、体重測定、心拍数の確認、首の触診(甲状腺の腫れの有無)などが行われます。

血液検査

もっとも基本的な診断法です。血中の総サイロキシン(T4)濃度を測定し、正常値より高ければ甲状腺機能亢進症が疑われます。ただし、初期やほかの病気を併発している場合、T4が正常範囲に留まることもあるため注意が必要です。

追加の検査

獣医師の判断により、ほかの病気の可能性を排除したり、甲状腺機能亢進症が引き起こす可能性のある合併症を確認するために、エコー(超音波)検査、レントゲン検査などが行われることがあります。

甲状腺機能亢進症の治療には、薬物療法、外科手術、放射性ヨウ素治療、食事療法など、いくつかの選択肢があります。それぞれの方法にメリットと注意点があるため、猫の状態や飼い主の希望に応じて選択されます。

薬物療法

甲状腺ホルモンの合成を阻害する内服薬(チアマゾール、チロブロック錠)を使用します。非侵襲的で始めやすいのですが、その反面、投薬の継続が必要で副作用のリスク(嘔吐、肝障害、白血球減少など)もあります。

放射性ヨウ素治療(I-131治療)

異常な甲状腺組織だけを選択的に破壊する治療法です。1回の注射で治療が完了することが多く、根治率も高いのが特徴です。ただし、専門施設が限られていて費用が高い(治療後は一時的に入院が必要)というデメリットもあります。

食事療法

ヨウ素含有量を制限した特別な療法食を与えることで、甲状腺ホルモンの産生を抑制します。ほかの治療法と比べて効果は穏やかですが、治療法が適さない場合や、補助的な治療として用いられることがあります。
デメリットは、食事やおやつの制限が厳しく、単独の給餌が求められることです。

外科療法(甲状腺摘出術)

外科的に異常な甲状腺組織を摘出する方法です。腫瘍が片側のみに存在する場合や治療法が適さない場合に検討されます。根治が期待できる反面、麻酔のリスクや低カルシウム血症などの合併症のリスクがあります。

獣医師は、猫の年齢や健康状態、症状の程度、飼い主の希望などを総合的に考慮して、最適な治療法を提案します。どの治療法を選択した場合でも、定期的な獣医師の診察と検査によるモニタリングが非常に重要です。

放置するとどうなる? 合併症とリスク

猫の甲状腺機能亢進症を放置すると、さまざまな合併症を引き起こし、健康状態が急速に悪化するおそれがあります。命に関わる深刻なケースもあるため、早期の発見と適切な治療が極めて重要です。

心臓病(甲状腺機能亢進症性心筋症)

過剰な甲状腺ホルモンは心臓に大きな負担をかけ、心筋の肥大や頻脈、不整脈を引き起こします。その結果、心臓のポンプ機能が低下し、うっ血性心不全に至ることがあります。呼吸困難、運動を嫌がる、食欲不振、咳、腹水の貯留などの症状が見られることがあります。

高血圧

甲状腺ホルモンは血管を収縮させる作用があり、高血圧を併発しやすくなります。高血圧は腎臓や脳、眼などの重要な臓器に悪影響を与え、失明や脳血管障害などを引き起こすこともあります。

腎臓病の悪化

高齢の猫では慢性腎臓病を抱えていることが多く、甲状腺機能亢進症が進行すると、腎臓への血流変化などにより腎機能がさらに低下することがあります。また、甲状腺ホルモンが直接的に腎臓へ影響を及ぼす可能性も指摘されています。

肝臓への影響

甲状腺ホルモンの過剰は肝臓にも負担をかけ、肝酵素値の上昇を引き起こすことがあります。重症化すれば、肝機能障害を引き起こす場合もあります。

血栓塞栓症

心臓病を併発している場合、心臓内に血栓ができやすくなり、それが血管を塞いでしまう血栓塞栓症のリスクが高まります。特に、後肢の動脈が詰まると、突然の麻痺や激痛を伴い、緊急性の高い状態となります。

そのほかのリスク

体重減少が進行すると、筋肉量や免疫力が低下し、ほかの病気にもかかりやすくなります。また、落ち着きのなさや夜鳴きといった行動の変化は、猫自身のストレスだけでなく、飼い主の生活の質(QOL)にも影響を与えることがあります。

これらの合併症は、早期発見と治療によって予防・軽減が可能です。症状を見逃して放置すると、命に関わるリスクが高まり、治療の効果も得られにくくなります。違和感や異変を感じたら、早めに動物病院を受診しましょう。

予防と予後(生活上の注意点)

猫の甲状腺機能亢進症は、現時点では明確な予防法が確立されていません。主な原因が良性の甲状腺腫瘍であるため、その発生自体を事前に防ぐのは難しいとされています。

しかし、早期発見と適切な治療により、症状をうまくコントロールしながら生活の質(QOL)を保つことは可能です。ここでは、飼い主ができる工夫と、治療後の生活上の注意点についてまとめます。

早期発見のためにできること

【定期的な健康診断】
特に10歳以上の高齢猫は、年に1~2回の健康診断を受けることをオススメします。血液検査で甲状腺ホルモン(T4)値を測定することで、病気の早期発見が可能になります。

【日常の観察】
体重、食欲、飲水量、排尿の回数、活動量、性格など、日々のちょっとした変化に注意を払いましょう。気になることがあれば、早めに獣医師に相談してください。

【体重の定期チェック】
月1回を目安に体重を測定し、記録しておくと、体重減少などの異常に早く気づけます。

治療後の生活上の注意点

治療法によって注意点は異なりますが、共通して次の点に留意することが大切です。

【薬の投与】
薬物療法では、指示された量とタイミングを守ることが重要です。自己判断で中断したり、量を調整したりしないでください。

【モニタリング】
血中の甲状腺ホルモン値を定期的に検査することで、治療の効果や副作用を確認できます。放射性ヨウ素療法や手術療法後も、経過観察が推奨されます。

【食事管理】
食事療法を行う場合は、療法食のみを与える必要があります。ほかのフードやおやつを与えると、治療効果が損なわれる恐れがあります。

【ストレス軽減】
甲状腺機能亢進症の猫は、音や環境の変化に敏感になる傾向があります。落ち着ける静かな空間を用意し、過剰な刺激は避けましょう。

【飲水環境】
多飲傾向が見られる猫のために、複数の場所に清潔な飲み水を用意して、十分な水分補給を促しましょう。

【合併症ケア】
心臓病や腎臓病などを併発している場合は、病気ごとに適切な治療・管理が必要です。獣医師の指示に従って対応しましょう。

【体重管理】
治療により食欲が落ち着くと、逆に体重が増加しやすくなることがあります。適切な給餌量を保ち、肥満を防ぎましょう。

【早期発見】
治療後も再発や他の病気の可能性はあります。新たな症状が見られたら、早めに受診しましょう。

予後について

猫の甲状腺機能亢進症は、早期発見と適切な治療が行われれば、比較的良好な経過をたどる病気です。

放射性ヨウ素療法では根治も期待でき、薬物療法や食事療法でも長期的にQOLを保つことが可能です。ただし、重度の心疾患や腎疾患を併発している場合は予後が慎重になります。

愛猫の変化を見逃さず、獣医師との連携を保ちながら、こまめな観察と適切なケアを続けていくことが、病気との共存において何より大切です。

まとめ

猫の甲状腺機能亢進症は、高齢期に発症しやすく、食欲や行動の変化として現れます。放置すれば重篤な合併症を招く可能性があります。しかし、早期に発見し適切な治療を行うことで、症状を改善し、愛猫の生活の質を維持することができます。

愛猫の健康を守るためにも、愛猫のわずかな変化に気づき、定期的な健康診断を受けることが、早期発見の第一歩です。もし、気になる症状が見られた場合は、ためらわずに獣医師に相談してください。