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アレルギー性皮膚疾患の根治に人生を捧げる! 体育会系の熱い獣医師

[2021/01/29 6:06 am | 大道剛志]

皮膚疾患は、最も日常的にみられる犬の病気の一つだ。「アニコム家庭どうぶつ白書2020」によると、犬全体の保険金請求件数の約1/4(25.3%)を占めるなど、犬が発症する病気の中でも多くの割合を占めている。皮膚病の種類は実に400種以上もあると言われ、特に最近増加しているアレルギー性皮膚疾患、中でも犬アトピー性皮膚炎は原因が完全に解明されていない悩ましい病気なのだ。

そのアレルギー性皮膚疾患に敢然と立ち向かうのが、アレルギー専門の獣医師・川野浩志だ。川野は、これまでのステロイドなどを使う対症療法ではなく、根治療法を目指し、QOL(Quality of Life:生活の質)を向上させたいと考えている。

さらに、ヒトの遺伝子治療や腸内細菌研究に触れ、潰瘍性大腸炎やアトピー性皮膚炎などの慢性疾患が腸内環境の改善により功を奏す概念を獣医療に応用した。探究心は終わりがなく、腸内細菌叢(腸内フローラ)と皮膚微生物叢(皮膚マイクロバイオータ)による臨床研究に日々取り組んでいる。

プロ野球選手を目指した少年時代

そんな川野の小学生時代の作文に書かれた「将来の夢」は、プロ野球選手だった。幼少の頃から野球づけの毎日だった。少年野球では全国優勝を経験したが、中学総合体育大会愛知県大会決勝では元メジャーリーガーのイチロー(当時は投手)率いる中学校に惜敗し、初めて挫折を味わうことになる。しかしその活躍は評価され、高校野球の名門・愛工大名電(愛知工業大学名電高校)から推薦の話がきたほどだった。

しかし、父親から猛反対されプロ野球選手の夢を断念した。次に目指したのが獣医師。実は小学生の時の夢はもうひとつあったのだ。それが動物のお医者さん。当時から家では犬を飼っていたのだが、「犬や猫の言葉を理解したいと思っていた」というとおり、獣医師になれば動物と会話ができると純粋に信じていたようだ。

ただし、野球への情熱はいまでも持ち続けている。現在も草野球チームに所属し、時間をみつけては白衣からユニフォームに着替え、仲間たちと汗を流している。まさに体育会系の獣医師だ。

アレルギー専門の獣医師の誕生

川野は、獣医大学を卒業して獣医師の道を歩み始める。獣医師として忙しくも充実した毎日を送り、結婚して娘にも恵まれた。しかし、日々診察に追われる中で、漠然と「町のお医者さんではなく専門分野を極めたい」と考えるようになった。特に興味を持ったのが皮膚科学。愛娘がアトピーだったことも後押しした。そうなると、生来の突き詰める性格が高速回転をはじめる。

日々の臨床現場において、どうしてもうまく治療できないアレルギー性皮膚疾患に遭遇するケースが増え、どうしたらもっとよい治療ができるか?を自問自答する日々を過ごしてきた。

できるだけ薬物を使わずにアレルギーを治したいという飼い主の要望も増え、いままでのステロイドなどを使った対症療法ではなく、根治療法ができないかという思いが日増しに強くなった。

悶々としたところに一筋の光が差し込むのだった。それは、ヒトの遺伝子治療や腸内細菌研究の専門家との出会いだった。ヒト医療において、ビフィズス菌や乳酸菌などのプロバイオティクスとなる有用菌に加え、それらのエサとなるオリゴ糖などのプレバイオティクスを合わせたシンバイオティクスを使った細菌療法によってアトピー性皮膚炎などの慢性疾患の症状が改善するのを目の当たりにしたのだった。

これをきっかけにして、川野は腸内フローラや皮膚マイクロバイオータの研究にのめり込むことになる。臨床レベルの研究を加速させ、その結果を臨床に落とし込む作業を繰り返した。抗微生物戦略となる糞便移植や乳酸菌の投与を獣医医療にも応用したのだ。実際に健康な犬のうんちを溶かした上澄み液をアトピー性皮膚炎の犬に口から飲ませることによって、痒みや赤みといった臨床症状がドラスティックに改善することを確認した。

このように、アトピー性皮膚炎の犬に対して、糞便移植や乳酸菌マッチング検査に基づくオーダーメイド乳酸菌による細菌療法によって腸内細菌の菌叢バランスを元の健康な状態に戻してあげるのだ。その結果、ステロイドなど免疫抑制剤から完全に離脱できる現実を突きつけられたのであった。

「ヒトの花粉症の症状がなくなるのと同じように、目の前の動物のアレルギー症状が劇的に改善していくのを見るにつけ、その鍵を握っているのはやはり菌であろうと強く感じています」川野はそう興奮気味に語る。

アレルギー専門医としての川野のミッション

川野のミッションはずばり、「痒がる動物を1頭でも多く救う」ということになる。それを実現するための具体的な指針、いわゆるバリューは「犬と猫のアレルギー性皮膚疾患に対して対症療法ではなく、根治療法に挑戦し続けること」である。さらにその先には、「ヒトのアトピー性皮膚炎の治療に獣医師として貢献する」というビジョンも持っている。

現在も、腸内細菌のエキスパートが数多く在籍する屈指の医学大学である藤田医科大学消化器内科学講座Ⅱの客員講師として、獣医領の垣根を越えて臨床研究に励む毎日である。

「ヒトも動物も例えるなら、500〜1000種類、数にすると500〜1000兆個もの細菌たちのアーマー(鎧)に包まれた風船だと思っています」 と川野。有名な腸内フローラ以外にも、皮膚、口、鼻腔、胃、膣などにそれぞれ独自の細菌叢が形成されバランスを保っているという。この中でも細菌が多く生息しているところは口と腸だ。腸内フローラと口腔内フローラは連動しているのだ。

例えば、口腔内フローラが悪玉菌優勢となると、歯周病の原因菌が増えて大量に口から消化管に流れ込む。胃で殺菌されずに残った菌は腸に達し、腸内フローラのバランスを崩してしまうことがわかっている。

これまでの研究で、腸内フローラの乱れ=悪玉菌優勢の環境と多くの全身疾患の関連性が報告されてる。もちろん、腸内だけではなく、全身のマイクロバイオーム(微生物叢)の乱れを回復できるかどうかが健康でいられることに直結するのだ。であるならば全身のマイクロバイオータというアーマー(鎧)を整え、細菌叢が持つ「レジリエンス(回復力)」をサポートすることによって全身の細菌叢の多様性を回復させることができるのだ。言い換えれば、外からの攻撃にあっても、アーマーがレジリエンスを発揮することで、私たちは守られるということだ。

獣医学はまだまだ発展途上で、解決しなければならない課題がたくさんある。川野は、アレルギー専門医として、目の前の犬や猫が抱える問題点を解決しつつ、より多くの患者を救うため、アレルギー性皮膚疾患や腸管免疫の発展のために、日々臨床研究に取り組んでいる。

川野は、「あいうえお作文」が好きというユニークな性格でも有名だ。わかりやすくおぼえやすい利点があるから、普段からよく使うという。最後に今回の記事に寄せてくれたものを紹介しよう。

【か】痒みの原因に真っ向勝負を挑む男
【わ】渡る世間はダニばかり
【の】ノーストライクスリーボールからの勝負師でありたい
【こ】「これが自分だ!」と魂の底から湧き上がる思いに突き動かされ
【う】うんちに含まれる腸内細菌を分析して腸管免疫を強化し
【じ】自分の信念というエンジンに、運という燃料を搭載しブレずに突き進む

ペトハピでは、不定期で川野先生のコラムを掲載します。皮膚や被毛の研究や論文、日々の臨床での気付きやケアの方法などをご紹介します。どうぞお楽しみに。

[大道剛志]