猫は、たとえあなたを心から信頼していたとしても、健康上の問題を必ずしも積極的に打ち明けてくれるとは限りません。猫が問題を隠すのは本能だからです。
猫にとっての”サイレントキラー”は心疾患といわれており、その徴候として考えられるのが「心雑音」です。今回は、心雑音の原因や症状、治療についてのお話です。
心雑音とは
心雑音とは、心臓からの異常な音を指す言葉です。心臓は正常に動作する際に特定のリズム(鼓動)を発しますが、時折異常な音が聞こえることがあります。
これらの異常音は、心臓を流れる血液の流れが乱れる(荒れる)ことによって起こります。「ヒューヒュー」や「ザー」などの音が心雑音と考えられ、成猫からシニア猫によく見られる所見です。場合によっては若い猫にも見られ、先天性の問題である可能性もあります。
心臓は右心房、右心室、左心房、左心室からなる4つの部屋に分かれ、全身に血液を送るポンプの役目をしています。各心房と心室の間には弁と呼ばれる扉があり、それぞれの弁は血液が前の部屋に逆流するのを防ぎ、適切なタイミングで適切な方向に流れるように保っています。流れに障害があると乱流が生じ、異音が発生します。
体内の血液の循環は次のようなサイクルを繰り返します。
体→右心房→三尖弁→右心室→肺動脈弁→肺→左心房→僧帽弁→左心室→大動脈弁→体
乱流は心臓弁の機能不全、心室や心房の損傷や閉塞によって引き起こされることがあります。また、興奮による心拍数の異常上昇、貧血によっても起こることがあります。
心雑音は、「グレード(雑音の大きさ)」「位置(雑音の場所)」「状態(雑音が発生するときの心臓の動き)」の3つに区分されます。
心雑音はⅠ~Ⅵの6段階で評価されます。グレードが上がるにつれて雑音が大きくなり、病気の進行が進んでいることを示します。
グレードⅠ:心雑音よりも小さく聴診器でもほとんど聞えない
グレードⅡ:心雑音よりも小さいが聴診器で聴きとれる
グレードⅢ:心雑音と同程度で聴診器で明確に聴きとれる
グレードⅣ:心雑音よりも大きく聴診器で明確に聴きとれ胸の両側からも聞こえる
グレードⅤ:非常に大きく聴診器を近づけただけで聴きとれ振動(スリル)も感知できる
グレードⅥ:聴診器がなくても聴きとれ触診や視診でも確認できるほど大きい
猫は胸腔が小さいため心雑音の位置を特定するのが難しく、多くの場合は胸骨ずたいにもっともよく聞こえます。
雑音が発生するのが心臓の収縮時なのか、もしくは拡張時なのかによって状態は変わります。この違いは、しばしばクレッシェンド-デクレッシェンド雑音とも呼ばれます。心雑音のなかには、心周期全体を通じて発生するものがあり、連続性雑音と呼ばれます。
これら3区分は、根本的な原因を見つけるのに役立ちます。
心雑音には先天性と後天性のものがあります。先天性心雑音は出生時または出生直後に認められ、多くの場合は心臓の欠陥に関連しています。先天性の場合、生後間もない時期には非常に小さい音で分からないことが多く、成長するにつれて初めて見つかることもあります。
後天性心雑音は生涯のあらゆる時点で発生します。多くの場合は無害性(機能性)雑音で、どの年齢の猫にもよく見られますが、基礎的な心臓病がないことを意味します。反対に心筋症に関連している場合もあります。
心雑音の原因
原因を特定するためには、徹底的な検査しかありません。心雑音自体は問題ではなく、心臓に何か問題がある可能性を示す潜在的なシグナルにすぎないのです。
猫の心雑音の原因は、無害性なのか構造的なものなのかによって異なります。原因には、以下のようなさまざまな基礎疾患が考えられます。
緊張や不安
貧血
全身性高血圧
肥満/るい痩(痩せすぎ)
甲状腺機能亢進症
肥大型心筋症(HCM)
閉塞性肥大型心筋症(HOCM)
拘束型心筋症(RCM)
心房/心室中隔欠損症(ASD/VSD)
心臓弁膜症(VHD)
動脈管開存症(PDA)
ファロー四徴症(TOF)
血栓塞栓
感染性心内膜炎
たとえ心雑音があっても、ほとんどの場合は心臓のどこに問題があるかはわかりません。心雑音は、さらに調査する必要があるというきっかけにすぎないのです。レントゲン(X線)検査、心電図検査、超音波(エコー)検査、血液検査などで問題を探るのです。
心筋症は心筋の構造と機能に異常をきたす疾患で、頻繁に起こる問題です。もっとも一般的なものは、「猫の肥大型心筋症(HCM)」で、うっ血性心不全を引き起こすことがよくあります。以下の猫種は、HCMの遺伝的素因を持っている可能性があります。
アメリカンショートヘア
ブリティッシュショートヘア
メインクーン
ノルウェージャンフォレストキャット
ペルシア
ラグドール
スフィンクス
スコティッシュフォールド
マンチカン
これらの猫種のすべての個体がHCM発症するわけではありません。また、ほかの猫種でも発症することもあり、遺伝性だけでなく後天性の疾患でもあります。
猫には「動的右室流出路閉塞症(DRVOTO)」と呼ばれる無害性の心雑音があることがあります。通常はストレスが原因となりますが、単に力強く速く拍動しているだけで心臓には何の問題もありません。
心雑音の症状
猫の心雑音の症状は、しばしばほかの健康状態の指標となります。獣医の定期検診では心音を聞くことも検診の一部であり、もし何か異常が検出されれば、そこから心臓との対話が始まるのです。ただし、HCMや心不全の徴候には、以下のようなものがみられます。
呼吸困難
食欲の低下
衰弱/虚脱
運動不耐症
後ろ足の麻痺
しかし、心雑音がないにも関わらず、心筋症が疑われる場合には血液検査(NT-proBNP検査)をする場合もあります。この検査は、無症状の猫をより適切にスクリーニングするためのものです。
心雑音の治療
心雑音そのものは治療の必要はありませんが、心雑音の根本的な原因と重症度によって治療が必要な場合もあります。心疾患の治療では、猫の年齢や健康状態、治療費が主な検討事項となります。
レントゲン検査で「うっ血性心不全(CHF)」の徴候が見られたときは、その重症度によっては、利尿薬、心臓病治療薬、酸素療法が必要になることがあります。CHFの多くの症例では、胸水(胸腔にたまった水)を胸腔穿刺によって除去し、肺が再び十分に拡張できるようにする必要があります。
先天的に心臓壁に小さな穴が開いていたり、中隔欠損などが原因で心雑音がみられる場合もありますが、成長とともに自然に治るものもあります。しかし、程度によっては外科的手術が必要な場合もあります。
貧血や甲状腺機能亢進症など、心疾患以外のの基礎疾患を治療することで、心雑音が改善することがあります。
それぞれの患者によって症状は異なるので、徹底した検査と診断が必要になりますが、高額になることも多いので、予後も含めて獣医と相談しながら、最良な治療計画をたてましょう。
まとめ
心雑音は通常、健康診断などで偶然発見されるものです。私たちは、心疾患の徴候が現れるまで気づかないのが普通です。
重要なのは、心雑音の原因がなにかということです。遺伝的なものなのか後天的なものなのか、無害性なのか”サイレントキラー”でもある心疾患なのか……。
普段の生活で徴候を見逃さないだけでなく、定期健康検診を受けることも大切です。猫は問題があっても、隠す傾向が強いので。