愛犬を分離不安症にさせないための心構えとは!?

前回の最後に「分離不安症」という言葉が出てきました。何やら怖そうな名前ですが、留守番が上手にできない子は、この分離不安症になっている、またはなりかかっている危険があります。分離不安症とは何なのか、どうすれば防げるのかについて、藤田先生に話をうかがっていきましょう。

監修/訓練士 藤田真志
麻布大学獣医学部卒/動物人間関係学専攻 (社)ジャパンケネルクラブ公認家庭犬訓練士 (社)ジャパンケネルクラブ愛犬飼育管理士 2004年に「HAPPY WAN」を開業

大問題になりかねない「分離不安症」とは?

「『分離不安症』という言葉を聞いたことがある方もいらっしゃるでしょう。分離不安症の犬は、飼い主の外出でひとり残されてしまうと強い不安を感じてパニックに陥り、さまざまな行動を引き起こす心の病です。留守番中に吠え続けたり、おしっこやうんちをわざと撒き散らしたり、家具をかじったりがよく現れる行動ですね。さらにストレスが酷くなると、自分の手足や尻尾を噛んだりなめ続けたりして、毛が抜け血まみれになる『自咬症』や、ケージの中をぐるぐる歩き回るなど同じ行動をずっと取り続ける『常同症』を引き起こすこともあります。なかには、飼い主さんがトイレに行っただけで不安を感じてしまう子もいます」

前足の先が赤くなっている子をときどき見かけますが、これは分離不安症を疑ってもいい状態です。すぐに獣医さんに診察してもらい、原因となる病気が見つからないようならストレスが原因の可能性大。すでに黄色信号が灯った状態で、そのまま放置していると自咬症に移行する危険が高くなります。

「分離不安症は心の病で、生い立ちや育てられ方が大きく関係してきます。私の経験では、たとえば保護犬は分離不安症になる子が多いですね。初めて愛情を注いでもらったことで人に執着し、飼い主さんもより深い愛情を注ぐため、相互依存の状態に陥りやすいようです。また、分離不安症とは異なりますが、悪質な繁殖業者のもとで狭いケージにずっと閉じ込められていた犬などにも、心の病にかかっている子が見られます。人にも犬にもまったく興味がなく期待もせず、壁にもたれてどこかを見つめ、ぼーっとしているだけ。その子は人や犬と遊んだ経験が一度もなかったんですね」

聞くだけで涙が出てきそうな話です。しかし、愛情が深すぎることが分離不安症の原因になるのなら、飼い主はどうすればいいのでしょうか。

「分離不安症は叱っても直りません。留守番中に家具をかじったりおしっこを撒き散らしたりしても、飼い主が帰ってくるころには時間が経っていますから、犬にしてみればなぜ怒られているのか分かりません。なによりも、そもそも必要なのは心のリハビリであって、罰をあたえることではありません」

ゴミ箱をあさるなど、イタズラをしている現場を抑えて叱るなら効果はありますが、お留守番中の行動を止めさせるには、まず不安や恐怖などのストレスを取り除かなくてはなりません。

分離不安症にさせない育て方とは?

では、愛犬を分離不安症にしないためには、どんな育て方をすればいいのでしょうか。

「まず、留守番中の犬の様子を観察することから始めましょう。室内にビデオカメラを設置し、犬の行動を観察します。飼い主さんが出かけた直後に不安そうな姿を見せる犬は珍しくありませんが、その後は多くの犬が寝てしまうものです。なのに、20分も30分も経っても飼い主さんを探してウロウロ動き回っているなら、分離不安症の可能性があります。犬に万歩計をつけて毎日の運動量を記録し、留守番を頼んだ日だけ歩数が増えていないかを確認する方法も有効です」

これなら、家具を壊したり自咬症になったりなど状態が悪化する前に発見できそうです。また、日ごろの散歩も分離不安症になる危険を抑えてくれるのだとか。

「犬の暮らしにとってもっとも大切なことは、十分な運動です。運動が足りない犬はストレスが溜まり、さまざまな問題行動を引き起こします。毎日の散歩で体をしっかり動かせば、留守番中にぐっすり寝て待つことができますし、犬の本能である運動欲求が満たされますからストレスも大きく軽減されます。運動は身体だけでなく、心の平穏にも必要なのです」

散歩と運動の大切さは、この連載記事のなかでよく話題に上りますよね。風邪は万病の元、と言われるように、運動不足はトラブルの元、ということですね。

「留守番が苦手な子、とくに分離不安症の子を直すためには根気が必要です。ひとりで留守番することへの恐怖心を徐々に薄れさせていくのです。まず、夜はクレートで寝てもらう習慣を身につけましょう。そして、外出前の10分間と帰宅後の10分間は、別れや再会の儀式になってしまうようなコミュニケーションを避けましょう。飼い主さんが外出することは特別なことではないと思ってもらうのです。ただし、何もしなくてもいいわけではありません。しつけ本などには、不在にする時間を徐々に延ばして慣れさせる、などと書かれているのですが、ただ放置するだけではあまり効果が出ないと考えてください」

留守にする時間を徐々に延ばして慣れさせる方法は、理に適っているように思えますが、なぜ効果が出にくいのでしょうか?

「飼い主さんの姿や気配が消えると、留守番が苦手な犬は恐怖を覚えます。ですから、恐怖をじっと我慢してもらうのではなく、恐怖を打ち消すほどのうれしさをぶつけるべきなのです。たとえばチューイングトイなど、留守番が始まってから30分くらい熱中できるおもちゃを与えると、犬の恐怖心は大きく薄まります。おもちゃが欲しいからお留守番が楽しい、と思ってもらえるようになるまで続けましょう」

早く出かけてくれないかな、と犬に思われてしまう飼い主というのも寂しいですが、そのくらいの気合いがないと、いったん身についてしまった分離不安症は消えてくれないのだと心得ましょう。また、安心できる寝床をつくるなど、おもちゃを与える以外の手段も効果的な場合があります。暖かく眠れるベッドを与えただけで留守番ができるようになった子もいるそうですから、何がきっかけになるかは千差万別です。なかなか効果が出ない場合は、やはりプロの判断を仰ぐべきでしょう。