ペットがもたらす高齢者の健康への効果(後編)

高齢者のさまざまな病の予防に、「運動」が最もよいとされている。私の友人も、認知症予防のために週3回のジョギングを始めた。しかし、なかなか予定どおりにはいかないらしい。「三日坊主」にならないように、懸命の努力を続けているそうだが、楽しい「運動」にはほど遠いそうだ。「運動」を楽しいものにするには、音楽に合わせて行うと、より効果的だといわれている。テレビなどでも音楽のリズムに合わせて行なう認知症予防体操が紹介されている。

犬と暮らしている人であれば、必ず散歩(運動)をするだろう。散歩の効果は、前回述べた。アメリカの研究で、1分間に100歩のスピードで、30分から1時間歩くのが、人にも犬にも最良と報告されている。

犬との散歩は楽しいばかりでなく、行き交う人との新たな会話も生まれる。音楽に合わせた「運動」とは趣は異なるが、犬との散歩は人と散歩するよりよい、との報告もある。また、犬と暮らしていると、あまり意識せずに「座って!」や「待て!」などの指示を出している。このとき、ほとんどの犬は、即座に座るし、待っている。トレーニングされた犬であれば、「よし!」と言うまで、ずっと待っている。その極め付けが介助犬である。この人に忠実な犬の特性が、飼い主さんの脳血流の上昇をもたらすとともに、オキシトシンの分泌を促すことがわかっている。いずれも老化の予防には、これ以上ない「刺激」になるのだ。高齢者にとって、犬との暮らしが何より老化予防になる、との結論に矛盾はないだろう。

図のように、前頭葉16カ所(1から16)の脳血流を測定した。前頭葉は頭の前半分で、前頭前野、運動野と運動前野に分けられる。運動野は頭頂葉に接する部分、その前方に運動前野があり、どちらも運動の遂行や準備に関わっている。前頭前野は、思考や創造など脳の最高中枢と考えられ、生きていくための意欲や、情動に基づく記憶、実行機能などをつかさどっている。なお、一般に前頭葉といえば前頭前野のことを指す

では、猫はどうであろうか!? 2015年中に、猫の飼育頭数が犬を上回ることは確実視されている。高齢者の健康の観点から犬と猫を比べてみよう。猫は散歩の必要がない分、当然、飼育が楽になる。楽な分だけ、健康に必要な「運動」で得られるメリットに欠ける。また、猫は犬のような人に忠実な動物ではない。逆に、気まぐれな動物である。この気まぐれな特性が人の健康によい影響を与えるとの報告はないが、猫の大きな特徴の一つに、見た目の美しさがある。さらに、触れたときの感触のよさもある。

これらがどれほど人の健康に影響を与えるか、近赤外脳血流測定装置で調べた研究がある。触ると手の動きが同時に起きることから、脳血流は明らかに上昇するが、猫のぬいぐるみでもほぼ同じ効果が得られており、実物の猫のほうがよいとの明確な結論は出ていない。それに対して、鳴き声に関しては、おもしろい結果が得られている。猫の「ニャー」と犬の「ワン」、さらには対照として電車の「ゴトンゴトン」という音を比較したところ、下図のように、猫の「ニャー」も犬の「ワン」も脳血流(酸素化ヘモグロビン)を上昇させた。

脳が働くためには、脳細胞に酸素を供給しなければならない。酸素はヘモグロビンによって運ばれることから、それ(酸素を持ったヘモグロビン:酸素化ヘモグロビン)が増えることは、脳の活性化につながる。つまり、猫の「ニャー」や犬の「ワン」は、酸素化ヘモグロビンを増加させて、脳を活性化している。しかし、電車の音(ゴトンゴトン)は逆に下げている

いずれにしても、犬の明らかな効果に比べて、猫が勝っているとの明らかな証拠はない。少なくとも、“ペットと暮らすことのメリット”は高齢者にもっとも顕著であり、認知症などを予防し健康な生活をおくるには、「犬」と暮らすことが最善かもしれないとの結論に変わりはない。

年内には、「ベビーブーム世代」が前期高齢者(65~74歳)に達し、高齢者人口は3395万人(26.8%)になる。さらに、2025年には約3500万人(30.3%)になると推計されている。国民医療費はすでに40兆円を超え、そのうち、65歳以上の国民医療費は、約6割を占めている。認知症高齢者数の見通しでも、2002年9月の数値では、要介護者(314万人)の約半数(149万人)は「認知症」の影響と考えられており、2025年(10年後)には、認知症(自立度II以上)の数は、323万人に達する、と推測されている。

犬の飼育頭数の減少は、医療費の面からも危機的な状況を迎えている。だからこそ、私は犬と暮らす社会の実現を夢見ているのである。