賢者の目 Vol.3

ペットがもたらす高齢者の健康への効果(前編)

[2015/11/12 6:00 am | 太田光明]

ペットと暮らす効果が科学的に明らかになるに伴い、“ペットと暮らすことのメリットは高齢者にもっとも顕著であり、認知症などを予防し、健康に暮らすには、「犬」と暮らすことが最善かもしれない”との結論に至る。その背景の一部を紹介しよう。

65歳以上の高齢者1036人を対象にしたアメリカでの調査研究(Siegel、1990)において、回答者938人(91%)の「生活(life events)」の要素(教育、結婚の有無、職業、収入、世帯状況、健康状態など)を点数化し、ストレスレベルを2つに分けた。比較的ストレスの多い(Stressful life events)場合、犬も猫も飼っていない人(539人、57.4%)は1年間に10.37回病院を訪れた。これに対して、犬を飼っている人(202人、21.5%)は1年間の通院回数が8.62回になった。つまり、犬の飼い主は、1年間に1.75回病院に行く回数が少なくなった。

この研究は、2000年に、世界保健機関(World Health Organization, WHO)が“動物とのふれあいは人の健康に良い”との見解を発表する根拠になっている。また、この発表以降、アメリカでは高齢者が病院を訪れて「夜よく眠れなくて、朝から体がだるい」などと言って、薬の処方を求めたとき、医師は「それでは、犬を飼いなさい」との処方箋が公的に認められるようになった。これは、アメリカの権威ある研究機関である国立衛生研究所(National Institute of Health, NIH)が“ペットとのふれあいは飼い主を健康にする”ことを公に認めたことを意味する。わが国において、そのような処方箋が認められることは夢物語に近い。

さらに、Motooka(本岡正彦)らが、13人(女性3人、男性10人)のボランティア被験者(平均年齢67.5歳)が、犬と30分間の散歩を2回行ったところ、副交感神経活性が明らかに上昇することを2006年に明らかにした。副交感神経は「体を休める」神経で、犬との散歩は「運動」効果とともに「癒し」効果があること、犬との暮らしは副交感神経を「活性化」することを同時に報告している。

私たちの体は、神経とホルモンによって健康に保たれている。何かの原因で、神経やホルモンの働きに異常があると、病気になる。体を健康に保つ神経が自律神経であり、交感神経と副交感神経の2つがある。交感神経は体を動かす神経で、副交感神経は休める神経である。私たちは両者の働きを意識することはない。例えば、仕事などで無理をすると疲れるのは、まさに交感神経が過剰に働いたことを意味する。疲れても、少し休めば元に戻る。この体を休める神経が副交感神経で、犬との散歩や犬との暮らしはこの副交感神経の働きを高めるのである。

IAHAIO(International Association of Human-Animal Interaction Organizations、人と動物の関係に関する国際組織)の会長であるミズーリ大学看護学部のRebecca Johnson教授が2010 年にストックホルムで開催されたIAHAIO第12大会で行った報告によると、介護・福祉施設で比較的動くことができる高齢者と、地元のアニマル・シェルター(動物保護施設)から選ばれた犬との散歩を行うプロジェクトによって、介護・福祉施設の高齢者とアニマル・ シェルターの犬の両者の運動の機会が増え、それまでのQOL(クオリティ・オブ・ライフ=生活の質)が明らかに向上した。

2007年以降、アメリカでは犬と運動量の関わりについて数多くの研究が行われている。そのなかに、“Walk a Hound, Lose a Pound for Seniors”(お年寄りの皆さん、犬と歩きなさい、そうすれば減量できる(健康になる))の掛け声のもと、「高齢者と犬との散歩」の研究が活発に行われている。

高齢者にとっては、「運動」と「脳の活性化」が重要なポイントとなる。特に認知症は、脳の血流が滞りがちになった結果だと推測されている。次回は、脳の血流を上げるのに「犬の忠実性」が関係していることを紹介したいと思う。

[太田光明]