人、ペット、そして社会のための「飼い主の教育」(前編)
動物愛護を訴える団体は多く存在しますが、「かわいそうだ」という感情が先走り、根本原因が見落とされているのではないか、と感じることがあります。例えば殺処分。狭いケージに入れられ、そのときを待つ動物たちの映像を見れば、「なんとかしてあげたい」と思うのも無理はありません。でも、あの動物たちはなぜそこにいるのでしょうか。飼育を放棄する心ない飼い主がいる限り、問題はなくならないのです。
「公益社団法人日本愛玩動物協会」は、1979年に設立された、わが国でも歴史ある動物愛護団体です。この協会の特徴は、活動のなかに殺処分ゼロ、動物実験反対など、私たちが動物愛護活動からイメージするものが含まれていないこと。そうした行動はあくまでも対症療法であって、根本原因を突き詰め、治療しなくては状況を変えられないとして、活動の中心に据えるのは「飼い主教育」です。その背景を、東海林克彦会長はこう語ります。
「当協会は、動物の適正飼養の普及によって、国民の間に生命の尊重、友愛および平和の情操の涵養(かんよう)を図り、社会文化の発展に寄与することを目指し、動物愛護法の趣旨に基づいて設立された団体です。会員数は1万4000人で全国に33支部があり、将来的には47都道府県すべてに支部を置きたいと考えています。活動内容は、国・自治体の事業への協力、調査研究と情報の収集・提供、講習会や講演会などの開催、機関誌等印刷物の発行などですが、飼い主をはじめペットに携わるすべての人の教育が大きな柱。飼養放棄は極端な例ですが、ペットにまつわる問題とトラブルの多くは、飼い主のモラルや知識不足に原因があると我々は考えています」
ペットをかわいがるために、「勉強」する必要がある
目指すところをひと言でいえば「やさしい社会をつくること」。動物にやさしくなければ、人間にやさしく接することもできません。残忍な殺傷事件を起こす子どもは、動物を傷つけるような前兆行動が見られることが多いと言います。これは極論ですが、子どもたちに命の大切さを教える、コミュニケーションのあり方を知ってもらうためにも、飼い主となる親が適正飼養の知識を持つことが重要なのです。飼い主だけでなく、ペットショップ、ペット用品を扱う店など、ペットに携わるすべての人の教育を日本愛玩動物協会は設立からずっと続けてきました。
象徴的なのが「愛玩動物飼養管理士」という資格です。これはペットの正しい飼い方、法律、動物愛護の精神などを、多くの人に広めるペットのスペシャリスト。動物愛護法に規定される「動物取扱責任者」の資格要件として環境省や自治体からも認められ、毎年1万人以上が受講し、これまでに全国で約14万人が資格を取得しています。また、ペット業界で働く上で必要な資格として、動物専門学校やペット関連企業から認知され、全国で100校以上の専門学校等がカリキュラムに取り入れているそうです。
「ペット関係の仕事をしている人、仕事をしたいと思っている学生などが受講者の中心ですが、一般の飼い主も相当数います。“ペットをかわいがることは、勉強することとイコールだ”というのが我々の考え。たとえば赤ちゃんを育てるとき、健康状態や病気などについて、親なら一生懸命勉強しますよね。ペットも同じで、放棄するのは論外ですが、ただかわいがるだけでなく、本当に大切に育てたいなら、動物の体の仕組みや習性、病気などについて勉強しなければいけません。それが真の愛情であり、ペットのため、自分のため、そして騒音やマナーなどでほかの人に迷惑をかけない適正飼養につながります」
歴史と実績を誇る「愛玩動物飼養管理士」という資格
テキストを見せていただくと、想像以上に専門的かつ高度な内容に驚かされました。1級と2級があり、2級は「基礎的な内容」というものの、動物の体の仕組み、人と動物の関係学、飼養管理、感染症、栄養学、しつけ、疾病予防、公衆衛生などの項目が並び、犬や猫だけでなく観賞魚、小動物など対象となるペットの種類もさまざま。2級の合格者が、さらに上を目指して受講するのが1級で、こちらはより専門的な内容となっています。
教育の視点からの取り組みを続けてきた結果、「日本のペット飼養環境、飼い主の意識もかなり改善されてきました」と語る東海林会長。以前はリードなしで散歩する人もいましたが、今はほぼ見かけませんし、散歩のときにペットボトルを用意して、おしっこを流す光景も珍しくなくなっています。地道な活動は少しずつ形となっているのです。
東海林会長は4代目の会長ですが、東洋大学の国際地域学部教授との兼任。それ以前は環境省の職員で、平成17年の動物愛護管理法改正の際、責任者として携わっていたといいます。会長就任の打診があったとき、自身が関わった法改正に沿いながら、ニュートラルな立場でさまざまな取り組みができるところに魅力を感じ、快諾されたそうです。就任以降、ペット行政での経験と柔軟な発想、そして行動力で、「協会の存在と目的をもっと多くの人に知ってもらうため」の活動を強化してきました。
機関誌として発行している「愛玩動物 with PETs」も、誌面をオールカラーに一新し、内容も硬軟織り交ぜた特集を組むなど、一般の雑誌と比較しても遜色ないクオリティになっています。これは全国の図書館の約半分に入れてもらっているとか。後編では東海林会長が中心となって行われている、新たな取り組みを紹介していきましょう。
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