改正動物愛護法をどうみるか【前編】
本年6月12日、6年ぶりに動物愛護法が改正されました。全国各地で「殺処分ゼロ」などの動きが活発になり、動物の命を守りたいという動物愛護の精神が法改正に大きく影響したといえるでしょう。しかし、その内容を見てみると「これで犬や猫の命を守れるのか?」という緩さが伺えます。前編では、下記の法改正の主なポイント①と②について解説していきます。
【改正動物愛護法の主なポイント】
①生後56日以内の犬猫の販売禁止(一部例外あり)
②販売用の犬猫にマイクロチップ装着の義務化
③動物虐待に対する罰則の強化
捨てられる犬・猫を減らす「8週齢規制」とは?
「8週齢規制」とは生後8週(56日)未満の犬・猫の販売を禁止するというものです。犬や猫の社会化期に配慮した考え方で、その期間までを親や兄弟姉妹と過ごすことで他者との関わり方を学び、理解し、その後の問題行動を軽減することを目的としています。
社会化期は、犬の場合は生後3~12週齢、猫の場合は少し短く生後2~9週齢といわれており、この時期のじゃれ合いなどの経験が、のちに飼い主との関係性に大きく影響するのです。今までの動物愛護法では、生後7週(49日)での販売が認められていたため、社会化が上手くいかずに問題行動が見られることも少なくありませんでした。困った飼い主がペットを手放すことにも繋がるとの意見も多く、今回の改正に至ったのです。
また、世界小動物獣医師会(WSAVA)が犬・猫の免疫力を高めるためには「8~9週齢で1回目のワクチン接種」を推奨していることなども「8週齢規制」を取り入れる大きな要素となりました。免疫力を高めてから出荷することで、感染症にかかるリスクを軽減することができるからです。
「8週齢規制」がなされたことはとても大きな進歩です。ペット先進国であるアメリカやイギリスなどではすでに導入されているので、「ペット後進国」と言われる日本が、そこから脱却する道を踏み出したといえるでしょう。実際には公布から2年以内に施行されることになります。
「8週齢規制」に懸念はあるのか?
「8週齢規制」は上記のように大きな進歩であると見られていますが、この子犬・子猫の販売については、以前から業界内で指摘されていることがありました。それは、実際の誕生日よりも早く生まれたことにして、子犬・子猫を出荷しているという問題です。利益ばかりを追求する繁殖業者やブリーダーは、コストや手間を省くためにできるだけ早く出荷したいと考えています。今回の「8週齢規制」に反対する声はまさにその部分でした。
今回の法改正によって、虚偽の誕生日を申請する数が増えるのではないかとの懸念があります。しかし、誕生日を証明する血統書の申請は繁殖業者やブリーダーが直接に行うものであり、それを精査する方法はなく、健全な繁殖を願うことしかできません。「8週齢規制」だけでは、その健全性は見い出せないのです。
そのため、期待されているのが法改正公布から2年以内に定められる環境省令です。動物愛護法の第21条第2項「第1種動物取扱業による適正飼養等の促進等」において遵守すべき事項として下記の7項目が新規に規定されました。第21条第3項においては「これらの基準は、できる限り具体的なものでなければならない」としています。
【遵守すべき事項として7項目を規定(第21条第2項)】
①飼養施設の管理、飼養施設に備える設備の構造及び規模並びに当該設備の管理に関する事項
②動物の飼養又は保管に従事する従業者の員数に関する事項
③動物の飼養又は保管をする環境の管理に関する事項
④動物の疾病等に係る措置に関する事項
⑤動物の展示又は輸送の方法に関する事項
⑥動物を繁殖の用に供することができる回数、繁殖の用に供することができる動物の選定その他の動物の繁殖方法に関する事項
⑦その他動物の愛護及び適正な飼養に関し必要な事項
これらの具体化は今後の検討会で検討され、施行されることになりますが、①、②、⑥などが数値規制されることになれば、繁殖業者やブリーダーの健全化が進むことになるでしょう。数値は目に見える部分であり、誰もが明確に判断できるようになります。行政としても具体的な数値規制があれば、違反に対し勧告命令を徹底することができます。
実際にそれが施行されれば設備投資や人件費がかさむことになるので、利益ばかりを追求する繁殖業者やブリーダーは今までのような繁殖はできなくなります。また、ペットショップなども同様です。その健全化のためには、できる限りの具体化が必須です。環境省令において、曖昧さをなくし、どこまで具体化できるかが、今回の法改正の成否を問うポイントとなるでしょう。
しかしながら、この「8週齢規制」には土壇場で例外が設けられました。柴犬、紀州犬、四国犬、甲斐犬、北海道犬、秋田犬の日本犬6種が対象から外れたのです。1920年代に発足した日本犬保存会と秋田犬保存会が保護し、その後、国の天然記念物に指定された犬種です。性質が野生的で、オオカミに近いDNAを持つということから、人間に慣らすために早い時期に親から離すなどの飼育方法が取られてきたというのが例外となった理由ですが、多くの動物愛護団体がこの考え方に反発をし、署名活動がなされました。
「日本犬であっても犬同士の関わりを通じて社会性を身に付けるのは変わらない。天然記念物の保存のためであるなら、それこそ守るために8週齢規制が必要なのでは」と。実際に健全な秋田犬のブリーダーは社会性を身に付けさせるために、生後2カ月を過ぎるまで親や兄弟姉妹とともに過ごさせています。その間に人との触れ合いも欠かさずに行っています。今回の例外は「一般の飼い主がブリーダーから直接買う日本犬に限って8週齢規制から外す」というものですが、その場合こそしっかりと社会性を身に付ける必要があるのではないかという意見が多く見られます。しっかりとした協議をされることなく決まってしまった「例外」は今後も議論されるべきものでしょう。
マイクロチップの義務化とは?
マイクロチップの義務化は、販売する子犬・子猫と繁殖用の成犬・成猫への装着を繁殖業者やブリーダーに義務付けるというものです。「動物が自己の所有に係るものであることを明らかにするための措置(平成18年環境省告示第23号)」のひとつの方法としてマイクロチップが考えられており、捨て犬や捨て猫の防止や大規模災害で飼い主とはぐれた場合の対策として、一般の飼い主や動物愛護団体などにも装着の努力義務を課すとしています。実際には公布から3年以内に施行されることになります。
マイクロチップを装着する最大のメリットは、迷子や事故、自然災害などで飼い主とはぐれてしまった犬や猫が保護された場合、すぐに身元確認ができることです。筆者は実際に熊本地震の現地を取材しましたが、飼い主がはぐれた犬や猫を探すこと、また保護された犬や猫の飼い主を探すことは困難を極め、マイクロチップを入れていればという声も多く聞かれました。家族の一員である犬や猫を消失することは本当に辛く悲しいことです。
大規模な災害が多くなっていることを考えると、そのことだけでもマイクロチップを入れる意義はあると考えます。そのほか、飼い主の責任が明確になるため遺棄の抑止になる、盗難時に飼い主の証明になる、名札のように脱落しないなどのメリットがあげられます。また、登録情報がデーターベース(DB)化されることで獣医療にも役立てることができます。獣医師がDBにアクセスすれば病歴などが分かり、病院が変わっても的確な治療ができるからです。
マイクロチップの義務化は効力を発揮できるのか?
マイクロチップの義務化が、捨て犬や捨て猫の防止になるかというとなかなか難しいと考えています。例えば、今年4月に飼育員のブログで発覚した宇都宮動物園の3度にわたる子犬の遺棄ですが、捨てたのは繁殖業者かブリーダーと推測されています。そのような心無い繁殖業者やブリーダーは、出荷が決まるギリギリまでチップの装着をせず、取引されなければそのまま捨ててしまうことでしょう。繁殖犬や繁殖猫の場合は、一度入れたマイクロチップを取り出して捨てることもあるのではとの懸念もあります。また、すでに飼っている一般の飼い主は努力義務ですが、犬や猫を捨てるような飼い主はそもそも命に対する責任感が稀薄なため、マイクロチップを装着するなど考えもしないでしょう。
法改正により、これから販売される子犬・子猫にはマイクロチップは装着されますが、前述したようにすでに飼われている犬・猫などには、飼い主自身の努力義務で装着する必要があります。また、動物愛護団体などにも譲渡の際に装着の努力義務を求めることになります。ただ、現在の装着システムは「動物病院へ連れていく」→「2000~5000円程度の装着費用を支払う」→「郵便局で登録料1000円を振り込む」→「申込書を郵送する」という手間や費用がかかります。この面倒な工程は途中で頓挫する可能性が高いので、狂犬病予防注射の登録と同じように、動物病院ですべて完了するようなシステムにする必要があると考えます。所有者が変わる可能性も考え、その手続き方法なども周知することが大切でしょう。また、狂犬病と同じように通常よりも安く装着できるよう、集団装着を行うことも考えるべきです。
しかし、国内すべての飼い犬や飼い猫が装着するわけではないので、チップがないからといって所有者がいないと判断してはならないと考えます。「チップがない=所有者がいない=殺処分してよい」ということではないのですから、慎重な判断が必要です。次回の法改正への課題にもなっていますが、マイクロチップの義務化が効力を発揮するためには、「努力義務」を外し、すべての飼い犬・飼い猫がマイクロチップを装着することが重要です。啓蒙活動を行っていくことも大切でしょう。
マイクロチップに健康被害はないのか?
マイクロチップは直径約2㎜、長さ約8-12㎜程度の円筒形の電子標識器具のことです。チップごとに15桁の番号が記録されていて、専用のリーダー(読み取り機)で読み取ります。この番号を管理する組織(現在は日本獣医師会)に照会すると、その動物の飼い主、種類、性別、毛色、装着した獣医師名、連絡先などがわかる仕組みです。
マイクロチップは、注射器のような専用器具で犬や猫の首の背面皮下に埋め込まれることが一般的です。動物の体内に埋め込んでも副作用などが起きないように、外部を生体適合ガラスもしくはポリマーで密閉してあるので、安全性は高いといわれています(日本ではチップの副作用、ショック症状の報告はない)。体内での移動に関しても皮下内での移動であり、読み取りに必要な距離は確保されているそうです。
しかし、イギリスの英国小動物獣医師会においては、まれにマイクロチップに反応して炎症を起こす可能性があると注意喚起しています。また、MRI検査の際に影響があるということを獣医師会や環境省でも把握しています。MRIは大きな磁石による強い磁場とFMラジオに使われているような電波を使って画像を得るため、金属素材が使われているマイクロチップの装着周辺は画像が歪んでしまうのです。現在の装着部位では、椎間板(ついかんばん)ヘルニアや脊髄(せきずい)にかかわる疾患の検査時に少なからず影響がでることが懸念されています。
健康被害ではありませんが、筆者は成田空港の動物検疫所にて、アメリカから輸入した猫のマイクロチップが抜け落ちて読み取り機に反応がないという事態に遭遇しています。装着後にも定期的に読み取りができるかどうかチェックすることも大切です。
実際に施行されるのは3年後です。それまでに懸念される部分を精査し、「マイクロチップの義務化」に関するしっかりとした制度を設計する必要があるでしょう。
繁殖業者・ブリーダーを「免許制」にするべき
今回の法改正に伴い、愛玩動物看護法が制定されることになりました。「愛玩動物の看護等の業務に従事する者の資質向上・業務の適正を図るため、愛玩動物看護士の資格を定める」というものです。獣医療の内容の高度化や多様化、飼い主による健康管理やしつけの重要性、動物を介在した福祉や教育等の諸活動への期待が制定の背景にあります。愛玩動物看護師国家資格試験に合格すると免許が交付されます。
以前から動物取扱業についても「登録制」から「免許制」にするべきだという意見があります。しかし、今回の法改正に盛り込まれることはありませんでした。ペットショップや繁殖業者、ブリーダーなど営利目的で動物を販売・展示する第1種動物取扱業は、現行では管轄の自治体に登録すれば業を営むことができます。登録制ということは、知識や経験がない初心者でも簡単に動物の「命」を扱うことができてしまうということなのです。
例えば、現在の繁殖業者やブリーダーは、その資質に大きな差があります。利益だけを追求する悪徳な者から、健全性を追求する優良な者まで、その知識や経験、飼育環境、ブリードに対する熱心さや向上心、命に対する責任、愛情の注ぎ方、飼い主に対するサポート体制など、雲泥の差があるのです。そして、その差により、産まれた子犬・子猫、また繁殖犬・繁殖猫の生涯が大きく左右されることになります。
「資質向上、業務の適性を図る」ことは愛玩動物看護士だけでなく、特に繁殖業者やブリーダーにも必要なことです。命を産み出す責任を重く受け止めなければなりません。犬や猫などの動物は「モノ」ではなく「命」です。それを簡単に扱えるような制度であってはならないのです。「免許制」になることで繁殖業者やブリーダーの資質が向上すれば、不幸な子犬・子猫の産出、路頭に迷う犬や猫の減少など、解決できることはたくさんあると考えます。遠からず「免許制」となることを強く望みます。
改正・動物愛護法をどうみるか【後編】では、「動物虐待に対する罰則の強化」について解説します。
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