猫と山林を守る猫砂の開発にタッグを組んだ業界の異端者
猫を飼っていると、日常的に使う猫砂はフードと同様に必需品だ。多種多様な猫砂が市販されているが、「臭わない」「飛び散らない」「片付けが楽」など飼い主の利便性を重視したものが多く、素材や成分、有害性などは後回しになっている。防カビ剤、防腐剤、凝固剤などの合成化合物を使用しているものも多く、木製の猫砂でも廃材を使用しているものや、人の喉や目が痛くなるような有害な接着剤を使ったものまであるのだ。
木製家具製造業の異端者
「粗悪な猫砂を使っていては猫の健康が害されてしまう。なんとか猫にも飼い主にもよい猫砂をつくれないものか」そんな思いを抱いていたのが、「命の猫砂」を誕生させた高橋 則之だ。愛猫家であり木製家具を手がける建装ネットワークの会長だ。
もともとが木材を使った仕事なので「木」には詳しかった。なかでも日本固有種の杉には、植物の生命力ともいえるフィトンチッド、さらに杉特有の成分による消臭効果、抗ウイルス効果、がん細胞に対する高い抗腫瘍活性効果など、まさに杉ならではの効用があることを知っていた。さらに、高橋にはもうひとつ目的があった。私たちの暮らしに恵みをもたらす里山を守りたい、という思いだった。
使う木材は杉にこだわった。それまでの建築材でのつきあいから杉材の調達にも目処がついた。まずは、猫砂になるペレットの原料「おが粉」づくりから始めた。おが粉は、間伐材や建材用に製材された際に出る端材を粉砕してできるもの。これをペレタイザーと呼ばれるペレット製造器に入れればペレット状の猫砂がポロポロと出てくる。しかしここで、はじめの壁にぶち当たった。そのままのおが粉では、水分量が多すぎてまったく固まらないのだ。もちろん、高温で乾燥させれば手間はかからない。しかし、それでは主要成分であるフィトンチッドは蒸発してしまう。自然乾燥をさせながら最適な含水量を理解するために何十回、いや何百回と試行錯誤を繰り返した。22.2%(注:偶然だがニャンニャンニャン)という含水量に到達するまでに約2年を要した。
気がつくと、高橋の周りには猫のブリーダーたちや埼玉県の知的財産支援センターなど多くの支援の輪が広がっていた。その応援は、「フィトンチッドを最大量含有したままのおが粉で猫砂を作る技術」で特許(第6361031号)を取得するという結果につながった。
しかし次に、最適な含水量のおが粉がペレットにならないという問題に直面してしまう。そう、猫砂用のペレットは、燃料用のペレットとは違うのだ。当初は燃料用ペレットの製造所に委託していたが、ペレタイザーが何度も停止してしまい、まったく歩留まりが改善しない。何度も繰り返し改善しようと試みたが、最終的には製造所が根を上げてしまった。
最適な原料があり、特許を取得した製造技術もあるのに商品がつくれない。こうなったらペレタイザーを自分でつくってしまおう。そう考え至るまでに時間はかからなかった。幸い、同じような用途で使用されていた小型の機械が見つかった。だた、メーカーは仕様の変更などに応じる余力がなかった。そこで、もともと機械をいじくるのが大好きだった高橋は、機械を分解して調整したり、足りない部品はつくったりして、とうとうペレタイザーをカスタマイズしてしまった。これでやっと量産体制が整ったことになる。
林業の異端者との出逢い
しかし、またもや試練が待っていた。それまで取引していた奥会津の製材所からのおが粉の供給が不足する事態になったのだ。「これでは需要にこたえられない……」そんなときに、手をさしのべてくれたのが埼玉県・秩父にある金子製材の金子 真治社長だった。金子もまた製材業界では異端者として一目置かれている。高橋同様、林業に携わるひとりとして、日本の山を守り後世に残さなければならないと考えている。
そのために、まずは山を適切に管理しないといけないという。所有者・境界を明確にし、間伐をすることで山を健康な状態に維持するということだ。間伐をせず放置しておくと、針葉樹は保水能力が低く根も張らないままになる。そうなると震災が起こったときに、木が地表ごと剥がされて崩れ、民家を押しつぶすことになる。広島、熊本、宮崎の土砂災害でも繰り返し流れた映像が記憶に新しい。
「日本の国土は約3800万ヘクタール。そのうち森林面積は約2500万ヘクタールなので、約1/3は森林なんです。そして、そのうち4割近くの約1000万ヘクタールが人工林となっています。そう考えると、日本の国土の約1/4は人が手で植えた山というから驚きでしょう。そしていま、戦後植えた木が大きく成長しています。しかし、ちゃんと管理されないと、人のための植林が災害の際にはリスクにもなってしまうんです」
いま日本で使える木材が50億立方メートルを超えていると言われている。国内の年間需要は住宅や家具、紙など全部あわせても7000万立方メートル。そして、木が成長することで、毎年1~2%ほど木材は増えている。現時点でも、需要よりも供給のほうが多くなっているのだ。これが金利だったらいくら使っても増え続けるのでラッキーなことだが、山の木はそうはいかない。さらに驚くことに、年間需要のうち7割は輸入材。現状では国内の木材は3割しか使われていない(最低のときは2割しかなかった)ことになる。そうなると、毎年1億立方メートルの供給に対して、需要はたったの3割しかないことになる。
現在は復興関連だけでなく、2020年の東京オリンピック需要もある。しかし、それ以降、需要は元に戻る(前年から考えると大きなマイナス)。今後、新築需要が伸びるとは考えられない。自然エネルギー(バイオマス発電)での活用が言われているが、山の木では採算があわない。そのままでは燃えないからだ。
そう考えると、木材に付加価値をつけなければならない。金子は、「命の猫砂」もそのひとつになることを期待している。「命の猫砂」に使う間伐材や端材のおが粉は、すでに同じものがキノコの菌床としてシメジ栽培農家に販売されている。また、東京都が開発した「トウキョウX」という豚肉があるが、その試験場が使う敷き藁のおがくずも多摩山材が活用されている。これらも建材以外の活用方法の好例となっている。
また、今後を考えると「つながり」も重要と考えている。例えば、東京都では、「東京おもちゃ美術館」で木に親しんでもらうために木育に力を入れている。いくつかの区でも、子どもが生まれると多摩産材の木のおもちゃをプレゼントしていたりする。木育で育った子供が山で植林体験する。子どもの成長とともに木も生長し、その過程で枝打ちのときに山に遊びに来たりする。そして、大人になったときに、その木を利用して家や小屋などがつくることができれば最高のサイクルではないか。
猫砂も同じ。安全で安心な猫砂を産地(山)に近いところで生産する。それを都会の猫や飼い主に使ってもらう。どんな木が使われているのだろう、どのようにつくられているだろうと興味を持った人が見学にくるかもしれない。このように、オープンにすることが重要なのだ。「見えないところに追いやってしまうと、環境は荒れてしまうんです。昔、川は危ないからということで近づかなくなりました。そうしたら一気に汚くなってしまったのと一緒です」山も同様で、見えるところ、身近にあるということが大切なのだ。
これから、どんどん木は育っていく。手をこまねいていては自然災害にもつながってしまう。「命の猫砂」は、猫だけでなく日本の自然・里山をも豊かにする可能性を秘めている。この取り組みは小さな一歩かもしれない。しかし、着実に一歩一歩進みたいと「異端者」のふたりは先を見つめる。
【ペットかぐ家具.com】
「命の猫砂」https://www.pet-kagukagu.com/
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