「こんなはずじゃなかった……」は通用しない。ウサギ200匹越えの多頭飼育崩壊という愚行
神奈川県の県西地域でウサギの多頭飼育崩壊が起き、そのニュースが大きな話題になりました。30代夫婦が飼育していたペットのウサギ2匹が繁殖し、わずか2年足らずで200匹以上に。その圧倒的な繁殖力によって、自宅内は “ウサギに占拠” されてしまったといいます。犬や猫の多頭飼育崩壊は耳にすることがありましたが、ウサギは珍しい事例です。
飼い主のSOSを受けた県担当者やボランティアもその経験がなく、困惑する事態となりました。この夫婦は2020年8月から9月にかけてウサギ2匹を県内のペットショップで購入。室内飼育で2匹一緒に飼っていたところ、1年で約100匹に。今年7月上旬、県動物愛護センターに相談し、多頭飼育崩壊が発覚したのです。
ウサギたちが保護されたのは約1カ月後。行政が対応を模索している間も、ウサギは増え続けました。8月5日に同センターが約60匹を引き取り、動物愛護団体も支援に加わり約150匹引き取る事態となったのです。なぜ、200匹を越える多頭飼育崩壊が起きてしまったのでしょうか。
そもそもウサギってどんな動物なの?
ウサギは繁殖力が高く、簡単に妊娠可能な動物とされています。自然界においては食物連鎖の底辺にいて、肉食動物等に捕食される側です。絶滅しないためには、捕食される以上の数の子孫を残す必要があります。繁殖力を強固にと進化していったのは自然の流れなのです。
ウサギの性成熟は早く、雌は生後4~8カ月、雄は生後6~10カ月。成長具合によっては生後3カ月で発情期を迎えるケースもあります。ウサギは交尾の度に排卵する「交尾排卵動物」です。健康体であれば100%の確率で妊娠し、約1カ月の妊娠期間を経て5~10匹の子ウサギを出産します。また、すでに妊娠していても、交尾によってさらに妊娠するという「重複妊娠」が可能な動物です。これらは猫も同様です。しかし、ウサギは年中繁殖できる体質を持つので、猫以上に繁殖率が高いといえるでしょう。
なぜ200匹に増えるまで対策をしなかったのか?
そもそもこの多頭飼育崩壊の原因は、この夫婦が飼い主としての責任を怠ったことにあります。ウサギの生態をきちんと理解せず、また雄と雌であることを確認しないままに一緒に育てていたのでしょう。前述したように非常に繁殖力が高い動物であるため、雄と雌を一緒にしておくとすぐに妊娠してしまいます。30秒程度の短時間で交尾を終えるので、飼い主が気付いたときには子ウサギが産まれていたということも多いのです。
また、ウサギの性別は生後3カ月以降にならないと判断ができず、生殖器と肛門の位置が離れているのが雄、位置が近いのが雌です。被毛に覆われていることや1匹だけでは判断がしづらいこともあり、扱いに慣れている人でも間違えることがあるといいます。また、性格的にも縄張り意識が強く、ウサギ同士で激しい喧嘩をすることも多いため、複数匹のウサギを飼う際には、1匹ずつケージを分けてが鉄則なのです。
今回は雄と雌であったことから子ウサギが産まれてしまったのですが、1回目の出産以降になぜ雄と雌を別々にしなかったのでしょうか? 産まれた子ウサギの性別がわからないのであれば、なぜ別々のケージに分けて育てなかったのでしょうか? すべては飼い主の知識不足と怠慢にほかなりません。本来、多頭飼育が苦手なウサギにとっては、ストレスの多い劣悪な飼育環境であったことでしょう。
ウサギは犬や猫と違って鳴くことがほとんどないので、多頭飼育崩壊をしていても周辺住民が気付くことは稀です。飼い主のSOSがなければ、最悪の状態になるまで明るみにはでなかったことでしょう。神奈川県では2019年3月に「多頭飼育届出制度」を新設し、10匹以上の犬や猫を飼育する場合の届け出を義務づけしましたが、ウサギは対象外です。今回のようなウサギによる多頭飼育崩壊は初の事例であったため対応に遅れが生じ、さらに繁殖が進んでしまったのです。
しかし、ウサギの繁殖力の強さはネット等で調べればすぐにわかります。もちろん飼い主が学ぶことなく、何の対策も取らないことが問題なのですが、行政の担当者もSOSを受けたすぐ後に「とりあえず、これ以上増えないように1匹ずつ分けて飼育してください」とその方法も含め飼い主に指導する必要があったのではないでしょうか。「緊急性を持って対応すべき案件だった」と反省の弁を述べていますが、担当者が何の知識もないままに対応していたことは明らかです。
何か問題が起きた場合には、まずはその動物の生態を調べることが大切です。そのうえで、その動物に見合った対策をできるだけ早急に考える必要があるでしょう。今回のケースで200匹にまで増えてしまった要因には、少なからず行政の担当者の知識不足と怠慢もあります。現在はさまざまな動物がペットとして飼われています。海外から輸入された動物も多く、その生態もさまざまです。動物に関わる仕事に就いているのであれば、自らの知識として積極的に学んでおく必要があるのではないでしょうか。
昔は学ぶ機会があった
筆者が小学生のころは、多くの小学校でいろいろな種類の動物が飼育されていました。飼育委員がいて、放課後に動物たちの世話をするのですが、その生態や飼育方法などは事前に勉強をしました。クラスでは飼育委員が中心となり、飼育報告はもちろん、意見交換しながら、みんなで動物たちのことを考えました。ニワトリ、アヒル、キジ、ホロホロ鳥、インコ、ウサギ、モルモットなどがいました。動物好きな筆者は飼育委員に立候補。この経験のおかげで、ますます動物が好きになりました。そして、命の大切さも身をもって知りました。
例えば、ウサギの生態や適切な飼い方等は、小学校で学びました。ウサギの繁殖力が強いこと、雄雌は別々に飼育すること、性格的に縄張り意識が強いことなど、実際に世話をすることで理解しました。産まれた子ウサギを里子に出すことも経験し、手放す切ない気持ちや幸せになって欲しいと願う気持ちも経験しました。筆者がペットジャーナリストとして活動する原点はここにあり、よい経験をさせてもらったと思っています。
しかし、大手前大学現代社会学部中島由佳准教授の論文「小学校における鳥インフルエンザ後の動物飼育状況―全国調査」によると、動物を飼育していない小学校が増加傾向にあることがわかりました。
この調査は2017年7月~2018年10月に全国の小学校2062校に「動物の飼育の有無」「飼育している動物の種類や数」を電話で聞いたものです。「動物を飼育していない」と答えた割合は2003~2012年は6.6%でしたが、今回の調査では14.2%で約8%増加していました。
また、具体的に飼育している動物については、「鳥・哺乳類」が2003~2012年には86.4%あったのに対し、今回の調査では49.1%と減少。一方で「魚・両生類・昆虫」は2003~2012年の11.9%から大幅に増加し、今回の調査では50.9%となっています。
飼育が減少している「鳥・哺乳類」は、ニワトリやウサギが顕著。その理由は2004年以降に鳥インフルエンザが流行し、児童が感染することへの不安や懸念から「鳥・哺乳類」の飼育割合が減ったこと、児童への感染を考慮して動物飼育の比重が教員に移ったため、その負担増から新たに動物を飼うことを避ける傾向になったことがあげられています。
さらに、「学校動物への愛着尺度、学校動物飼育尺度および飼育前不安尺度の作成と信頼性・妥当性の検討」によると、学校での動物飼育が子どもの発達に与える影響を動物飼育開始前・後と継続調査することにより、学校適応や学校での対人関係(他者への共感性、向社会行動)の発達に動物飼育は効果を持つことが示されたとしています。
鳥や哺乳類は触れると温かく「かわいい、愛おしい」という愛着の気持ちが生まれます。また、友達とともに飼育を楽しむことは、学校適応と密接に関係します。しかし、そのような共感性や思いやりを育むためには、単に動物が学校にいればいいというわけではく、飼育動物への理解を深め、命への責任を実感することが重要であると示唆。そのうえで、今後の課題として教員のみに集中している負担を軽減できるよう、子どもおよび動物の安全・安心を担保して動物飼育の恩恵を子どもが受け続けられるように、学校を支えるしくみの構築(例えば、長期休業中の学校の動物の世話について獣医師をはじめとした地域が支援するなど)が重要であるとしています。
飼う前にその動物の生態や飼育方法を学ぶ大切さ
筆者も自らの経験も含め、この調査結果からの考察には同感です。動物を「かわいい、愛おしい」と思う気持ちと、飼育動物への理解を深めること、命への責任を実感することなど、幼少期にそれらを経験していれば共感性や思いやりが育まれ、大人になってからの行動が多少なりとも違ってくると思うのです。前述したような多頭飼育崩壊は防げたのではないか、幸せな飼育のあり方を模索できたのではないかと感じています。
新たに動物を飼う前には、対象となる動物の生態や飼育方法を学ぶことは必須だと考えます。何の知識もなく迎え入れることは、その動物が間違った方法で飼育されたり、命に関わるような事態を引き起こしてしまう可能性があります。まして「多頭飼育崩壊」は長期間に渡って動物を劣悪な環境に置くことになり、健康状態によっては命を危険にさらすことになります。そればかりか、飼い主の生活や健康をも蝕み、末路は「家庭崩壊」してしまうということです。
そこに癒しや幸せはありません。動物を家族に迎え入れたいと考えているのであれば、「かわいい、愛おしい」という気持ちとともに、「動物を飼う」ということについての予備知識をしっかりと学ぶ必要があります。動物の寿命、生態、食事、また飼育に係る費用など、事前に学んでおくことは山ほどあるのです。
動物との暮らしは、私たちの日常に幸せと彩りを与えてくれます。同時に、その動物が健康で快適に暮らせるように補完し、最後まで飼い続ける責任があります。飼い主の責任には「動物がその命を終えるまで責任を持って飼育する」「動物の病気や感染症についての正しい知識を学び予防に努める」「他人への迷惑を未然に防ぐ」「むやみに繁殖をさせない」「盗難や迷子を防ぐため所有者を明らかにする」などがあります。動物を飼った以上は、「こんなはずじゃなかった」は通用しないのです。
コロナ禍では生活の変化から動物を飼う人が増えました。しかし、それと同時に安易に飼育放棄をする人も増えています。知識がないままに飼うことで、動物を辛い目に遭わせている人もいます。今回のケースのように多頭飼育崩壊に陥る人もいます。飼う前に学ぶことがいかに重要であるか、私たちはそれをしっかりと理解する必要があるのです。
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