動物愛護法改正による悪質なペット事業者の淘汰が始まっている ~事業者に求められる責任とモラル
先日、営業を停止した岩手県奥州市のペットショップに犬や猫など300匹を超える動物が取り残されていることがわかりました。県の発表によると、その店は今年5月29日に満了した動物取扱業を更新せず、事実上の廃業になっていて、代表者とも連絡が取れなくなっていました。この事業者には台帳の管理不備や動物用のケージ不足があり、15年前から県が指導していた経緯があります。
関係者によると、代表者が死亡したためにこのような事態になったということです。犬61匹・猫149匹など300匹を超える動物が置き去りになっていたため、県は保護が必要と判断し、県内9カ所の保健所と動物愛護団体へ動物たちを移送しました。一部の動物は皮膚病などの病気にかかっていて、治療が必要とのこと。今後は譲渡可能な動物から里親の募集を開始していくとしています。
また、福岡県北九州市やその周辺で、5月からミニチュアダックスフントが相次いで保護されています。これまでに保護されたのは47匹にも上り、いずれも飼い主からの申し出がないことから、遺棄の可能性が報じられています。同じ犬種であることから、ブリーダーが遺棄したのではないかと考えられています。なぜ、このような置き去りや遺棄が相次いでいるのでしょうか。
動物愛護法改正による悪質な事業者の淘汰が始まる
昨年4月に改正動物愛護法による「第一種動物取扱業者及び第二種動物取扱業者が取り扱う動物の管理の方法等の基準を定める省令(基準省令)」が制定され、6月1日に施行されました。劣悪な環境での飼育や健康を無視した出産の強制などを行う、悪質な事業者の取り締まりを強化することを目的としています。
既存の業者については経過措置が取られましたが、今年6月からは飼育環境に関する規制、1人当たりの飼育頭数制限や繁殖についての雌犬の年齢や回数制限、雌猫の年齢制限などが細かく決められています。飼育するケージについては、以下のとおりサイズや構造、運動スペースの明確な数値が規定されています。
【分離型の規模(運動スペース分離型)】
犬:タテ体長の2倍×ヨコ体長の1.5倍×高さ体高の2倍
猫:タテ体長の2倍×ヨコ体長の1.5倍×高さ体高の3倍
※猫は棚を設け2段以上の構造とする
※運動スペースは一体型の基準(下記)と同じかそれ以上の広さがある運動スペースを確保し、1日3時間以上運動スペースに出して運動させること(自らが所有しない外部のドッグランなどは運動スペースとは認めない)
【一体型の規模(運動スペース一体型)】
犬:分離型の床面積の6倍×高さ体高の2倍
猫:分離型の床面積の2倍×高さ体高の4倍
※猫は2つ以上の棚を設け3段以上の構造とする
1人当たりの飼育頭数にも上限が設けられ、犬は20頭(うち繁殖犬は15頭)、猫は30頭(うち繁殖猫は25頭)まで段階的に削減されます。そして、加齢による母体への負担を軽減するという観点から、母犬の生涯出産回数は6回まで、交配時の年齢は6歳以下、母猫の交配時の年齢は6歳以下としています。そのほか、飼育環境の管理の基準、動物の健康管理方法の基準、動物の展示や輸送方法の基準など、遵守すべき事項が具体的に定められました。さらに、販売する犬猫に対するマイクロチップの義務化(一般の飼い主は努力義務)も施行されました。
しかし、省令制定前にはペット業界全体が「これが施行されたら13万頭の犬や猫が路頭に迷うことになる」と反発の声を上げ、規制の緩和を求めたのです。このことから、いかに劣悪な環境で飼育されている犬や猫が多いのかという現実が露呈することとなりました。そのため環境省は、飼養施設のケージ等の数値基準に関しては「ケージの更新に一定の準備期間が必要」とし、既存の事業者に限って今年6月からの適用(新規事業者は昨年6月から)としたのです。
また、「新たな従業員の確保や譲渡等による飼養頭数削減を行う期間が必要」とし、ブリーダーや従業員1人当たりの頭数は段階的に5頭ずつ減らし、犬猫の遺棄や殺処分、不適正飼養を防ぐために既存事業者は2022年6月から完全施行するとしました(図表1 筆者作成)。
この数値規制は健全な事業者にとっては何ら問題はありませんが、悪徳な事業者の場合は飼育環境の整備に大きな資金が必要となります。飼育頭数も規定を上回っていれば、飼育頭数を減らすか新たに従業員を雇うしかありません。資金力がなければ事業の継続は難しく、廃業する事業者も多いのです。
廃業した事業者の犬や猫、また継続するにしても余剰の犬や猫をどのように譲渡していくかということは、数値規制の大きな課題でもあったのです。前述した置き去りや遺棄の要因には、このような背景があることが伺えます。完全施行される2024年頃には、不幸な目に遭うペットがますます増えるのではないかと懸念されています。
置き去りや遺棄は以前から問題視
しかし、事業者の犬や猫の置き去りに遺棄は、法改正前から多々あり問題視されてきました。筆者は職業柄前述したようなケースを数多く見聞きしています。また、数年前には、筆者自身がブリーダーに騙され、譲渡した猫が命の危険にさらされるという経験もしました。
広島県でブリーダーをしていたAは、仲間のブリーダーによい猫を譲ってもらっては3~4倍の譲渡価格で転売し、大きな利益を得るということを繰り返していました。自分が譲ってもらった猫を「有名なブリーダーが繁殖した素晴らしいタイプの猫」と謳いながら、新たな飼い主に譲渡するという詐欺をはたらいていたのです。もちろん、本当のことはいえないので血統書は作成中ということで済ませていました。なかなか明るみに出なかったのはその点と、またAさんが「よい人」を演じていたからです。数年間かけてブリーダーを信頼させて、そのようなことを繰り返していたようです。
結局、Aの詐欺行為は露呈し、逮捕される前に失踪してしまいました。猫たちは置き去りにされていたので、数日後に保健所の職員と動物愛護団体のスタッフが救出のために入ると、餓死や共食いが見られるような悲惨な状態だったそうです。筆者が譲渡したメインクーン3匹のうち1匹は転売されていましたが、2匹はその飼育環境のなかで生き延びていました。翌日、動物愛護団体のスタッフがその2匹を空輸してくれたので、羽田空港まで迎えに行きました。空港では何人ものブリーダーが猫を迎えにきており、複数のブリーダーが騙されていたことが明らかになりました。
猫たちは劣悪な飼育環境にいたため、感染症や寄生虫などの検査をして問題ないことを確認しないと家に入れることはできません。そのため、空港からそのまま動物病院に向かいました。メインクーンの女の子の正常な体重は5㎏程度ですが、2匹の体重は2kg弱しかありませんでした。幸い感染症や寄生虫に感染していませんでしたが、あと数日保護されるのが遅れていたら、命を落としていただろうと推測できました。なぜこんな酷いことをしたのか、筆者は、人間として、また同じブリーダーとして憤りを感じました(現在もAさんは消息不明)。
事業者には「愛情」「責任」「モラル」が必須条件
そもそも、置き去りや遺棄、詐欺などを行う悪徳な事業者には、犬や猫に対する愛情、命を扱うものとしての責任、そしてモラル(良心や正義にもとづく価値観の意)が欠如しているといえます。現段階では第1種動物取扱業は登録制です。開業するには、自治体に登録をしたうえで事業所ごとに動物取扱責任者を置く必要があります(動物取扱業者と動物取扱責任者は兼ねることが可能)。
これにはいくつかの要件があります。例えば「専門性を有する社団法人などの資格試験に合格し、6ヶ月以上の実務経験がある者」が動物取扱責任者です。しかし、専門性を有する資格といいながら数日の勉強で取得できるような簡単なものもあり、ことブリーダーにとって必要な知識を満たす資格試験はありません。そのような低いハードルで、誰もが簡単に業を営めることに根本的な問題があります。己の利益のためだけに犬や猫を利用する輩が、堂々と事業者として存在しています。置き去りや遺棄、詐欺などは「起こるべくして起きた」という状況なのです。
事業者には「愛情」「責任」「モラル」が必須条件です。それらがない悪徳な事業者を撲滅するためには、「資質」を問うために努力を積み重ねなければ取得ができない、難易度の高いライセンス制度の構築が必要だと考えています。特にブリーダーは「命」を生みだし、「命」を継ぐ役目を担うのですから、健全であることは必須なのです。事業者の質が向上すれば、現状は大きく変わることでしょう。
引き際を考えるのも事業者の責任
前述した岩手県奥州市のペットショップは、代表者が亡くなったことで多くのペットが置き去りという事態になりました。何の備えもなければそうなるのは当然のことです。すべての事業者は、万が一に備える必要があります。後継者を決めておく、犬や猫などの行き先を決めておくなど、さまざまな事態を想定して準備しておくことが大切です。
個人経営で後継者がいない場合には、廃業という引き際を考えることもひとつの責任でしょう。定年退職がないので、自分の年齢や健康状態、体力などを考慮して廃業の時期を決めておく必要があります。例えば、小型犬であれば平均寿命は15歳。ブリーダーが70歳のときに新たに繁殖犬として残した、あるいは迎えた場合にはその犬はブリーダーが85歳になるまで生きることになります。
飼い主においては「老々介護」にならないようにと高齢になってからペットを飼うことをやめる人が多いのですが、それはブリーダーも同じです。筆者が知る健全なブリーダーたちは「もう私も歳なので、新たに迎えるのはこの子で最後にする」と引き際を決めています。もちろん個人差はありますが、しっかりと飼育管理ができる年齢までと引き際を決めておくことも大切なのではないでしょうか。
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