戦時下で生きる ―ウクライナの飼い主と動物たちの今

ロシアの侵攻により異常事態となっているウクライナ。多くのウクライナ国民が住処を追われ、国境を越えて避難しています。避難民の数は、3月12日時点で250万人を超えたと報道されています。しかし、ウクライナの全人口(およそ4300万人)を考えると、まだまだ少数です。

何らかの事情を抱えて国内に留まっている人も多いのです。ペットを飼っている人の多くは置き去りにすることを望まず、何とか一緒に避難をしようとともに国外脱出を試みたり、砲撃から避難するために地下鉄防空壕や自宅の地下にある防空壕に身を寄せています。誰もが「家族同然のペットを置いてはいけない」と一緒に避難生活を送っているのです。

ペットと一緒に国境を越えるのは至難を極める

ペットとともに国境を越えて避難するのも容易ではありません。イギリスやEUのいくつかの国にペット同伴で入国するためには、ワクチン接種やマイクロチップの装着、狂犬病の血清検査が陰性であることが義務付けられています(日本への入国はさらに条件が厳しい)。しかし、避難するすべてのペットがこの条件をクリアしているわけではないため、泣く泣くペットを手放した飼い主も多いという報道もありました。

そのような状況で、3月に入るとポーランドをはじめとする近隣諸国では、ペットの入国条件を例外的に緩和しました。特にポーランド政府は動物の収容と世話、狂犬病のワクチン接種の費用負担を表明しています。最近の報道ではポーランドをはじめ、ルーマニアやスロバキアでも獣医の書類なしでの入国を許可したとされています。そのほか、ハンガリーやブルガリア、チェコ共和国、クロアチアでも手続きの簡素化が実現しています。

しかし、ウクライナにはまだ多くの人とペットが残されています。飼い主とともに生きるペットだけでなく、動物園などの施設や動物愛護団体の施設、捨てられた犬や猫、野良犬、野良猫など多くの動物が食べ物や薬、世話を必要としているのです。今回は、多くの猫と暮らすウクライナのブリーダーの現状をお伝えしたいと思います。

爆弾投下の恐怖に怯える日々

メインクーンのブリーダーであるリュドミラが猫たちと暮らすチュフイウ(チュグエフ)は、ウクライナ第2の都市ハルキウ(ハリコフ)から約37キロ離れた東部の町で、人口約3万1千人とされています。ご主人と5歳の息子マキシム君、そして15匹の猫たちと穏やかに暮らしていました。

しかし、2月24日未明、この町の住宅街にミサイルが着弾。市民はロシア軍の侵攻でたたき起こされました。戦火が広がり、民間人にも多くの犠牲者が出しました。リュドミラ宅のすぐ近くには空軍基地があり、ここでも大きな砲撃があったそうです。「私たちも飛び起きましたが、猫たちもその音や振動に驚き、壁を駆け上がっていきました。こんな猫たちの行動を見たことがありません。それほど怖かったのでしょう。この日を境に私たちの生活は一瞬にして変わってしまいました」とリュドミラは話します。

ウクライナでは過去の戦争の経験から、多くの民家の地下には防空壕が備えられています。普段は食品貯蔵庫などに使っている人が多いそうです。しかし、今はロシア軍の砲撃などから身を守るために使われています。リュドミラ宅周辺の家々も被害に遭い、家の屋根のあちこちに大きな穴が開いています。砲撃がある度に住民たちはその防空壕に避難し、身を潜めてその時が過ぎるのを待つのです。

1日2回(昼間と夜間)、爆発音が聞こえたり、家が揺れたりする時間帯があり、リュドミラ一家も地下の防空壕に避難するそうです。ロシア軍の侵攻直後は、10キロ離れた友人宅に避難し、猫たちの世話のために2~3日おきに帰宅していたといいます。

しかし、その往復ではつねに砲撃に合う危険があり、また慣れない生活でのマキシム君の精神的なストレスや残してきた猫たちが心配で、ほどなく自宅に戻ったそうです。幸い猫たちの健康状態に問題は見られず、ほっとしたといいます。侵攻からしばらくは国内の安全な場所、あるいは国外への避難も考えましたが、猫たちと一緒の避難は難しいと判断。「愛する猫たちを残して行くことはできない」と、チュフイウに留まることにしたのです。リュドミラにとって、猫たちと過ごすマキシム君の笑顔が唯一の救いかもしれません。

物価の高騰と深刻な食料・ガソリン不足

ハルキウなどの都市では、ロシア軍の侵攻から数時間後には、ほとんどの食料品店や薬局の棚が空になったと報道されています。臨時防空壕となっている52の地下鉄駅では配給がありますが、そのほかの防空壕までは届いていません。電気や水道、ネットは南部を除いて通っていますが、交通ルートの多くは破壊され、食料や薬品、ガソリンなどの調達がなかなか難しい状態です。日々、深刻な食糧不足になりつつあります。ペットやそのほかの動物たちのフードなども同じです。

ウクライナの首都であるキーウ(キエフ)近郊に住むブリーダーのアリナは、「猫たちのフードを10袋ネット注文したけど、いつ届くかわからない状態。交通ルートが遮断されたら届かなくなるので、不安で仕方がないです」と話します。ウクライナではSNSを通じて軍からの情報が入り、ロシア軍の砲撃が近いとわかるとすべての店が閉まるそうです。そのため何とか1週間分の食料を安全なときに確保するのですが、いつまた砲撃があるかわからないので、不安が募るばかりだとか。

キーウなどの大きな都市はマンションが多く、地下に防空壕が設けられていることもあるのですが、アリナもまた「猫たちのそばを離れるわけにはいかない」と覚悟を決めて自宅に留まっています。その大きな理由のひとつは、産まれたばかりの子猫がいることです。ロシア軍の侵攻が始まる前に交配をしていたので、出産を避けることはできませんでした。母猫は侵攻以降、母乳が出なくなってしまい、今はほかの母猫とアリナが子育てをしています。

猫たちも砲撃の大きな音や家の揺れを怖がるので、窓がない廊下に集めているそうです。母猫の子育てに影響が出たり、体調を崩したりと、猫たちの戦時下でのストレスは計り知れません。

前述したリュドミラの住むチュフイウは、いまだ人道回廊もなく支援物資も届かない場所です。同じような境遇の友人ブリーダー数家族と食べ物を分け合い、支え合って暮らしています。交通ルートも遮断され、配送もない状態です。今ある車のガソリンが空になったら、いつ手に入るかも分からない状況なので、友人ブリーダーと協力しながら交代で買い物に行くなど、できる限りの節約をしています。

近所の農場ではミルクを安く分けてもらえますが、お店ではすでに肉や卵などの食料品や飲料水も売り切れです。危険を承知で少し離れた店まで調達に行っています。開いている店では、商品を買い求める人が長蛇の列をつくっています。長時間かけて手に入れるのですが、購入できる数に制限があるので、思うようには買えません。また、物価が高騰しているので、普段より格段に高い価格で購入しなければなりません。

猫たちが食べるキャットフードも肉も手に入りません。食べ慣れないフードは嗜好性の高い猫にとっては食欲不振に繋がり、キャットフードがコロコロ変わることは、お腹の調子を崩す要因にもなります。しかし、動物病院も機能していないので診療は受けられません。病気を発症しても、備蓄してある薬で乗り切るしか方法がない。もし重篤な病気を発症すれば、それは死を意味するという深刻な事態なのです。

また、この時期のチュフイウはとても寒く、夜間は-13℃にもなる日があります。幸い暖房はガスで賄えていますが、水道やお風呂の配管は凍って使い物になりません。出るのはキッチンの水だけで、それも濁った白い水を沸かして使用しています。今日も離れた店まで買い物に行きましたが、すでに飲料水は品切れ。それは猫たちの飲料水にも影響します。また、飲料水が買えるお店を探さなくてはいけません。精神的にも肉体的にも追い込まれる日々を過ごしています。そして金銭的にも困窮し始めました。

自分たちはどこにも逃げられない

「街が爆破された」「飛行機が墜落した」「爆弾が空から落ちてくるのが見えて急いで逃げた」とリュドミラとその友人ブリーダーは話します。そんな光景を想像しただけでも恐ろしい。でも、それは彼女たちが直面している日常なのです。戦時下で願うことは、「生き延びて、また家族と猫たちと平穏の日々を過ごしたい」ということだけです。

ロシア軍の侵攻が始まって13日目。マキシム君が窓に黄色い付箋紙を張り始めました。黄色はウクライナ国旗の色でもあります。リュドミラは「そんなことをして、ここに住んでいることがわかったら攻撃されてしまう」と怒りました。するとマキシム君は「飛行機と戦車は見えなくなった。誰も僕に爆弾は落とさないよ」と自分の小さな勝利を喜んだのです。リュドミラはトイレに行って泣いたといいます。5歳の男の子にこんな思いをさせるのは、本当に酷なことです。

戦争は、生きとし生けるものすべてを苦しめます。3月9日にはロシア軍の空爆により、南部の湾岸都市マリウポリの小児病院が深刻な被害を受けました。「子どもたちが瓦礫の下にいる」とウクライナのゼレンスキー大統領がツイッターへ投稿しています。また、ペットの保護施設も砲撃に遭い、多くの犬や猫が亡くなっています。何の罪もない小さな命が次々に失われているのです。「戦争は直ちに終息させなければならない」と多くの人が思っていることでしょう。

「自分たちはどこにも逃げられない。砲撃を逃れながら、子どもたちと猫たちに何とか食べ物と水を用意して、生きてもらうことだけを考えている」とリュドミラは話します。そんなリュドミラたちの境遇を憂い、彼らと親交のある日本人ブリーダーが「何とか彼らと猫たちの命を守りたい」と支援者とともに寄付を募りながら支援をはじめました。資金があれば、生き延びるための選択肢も大きく広がることでしょう。

愛する猫たちを残して行くことはできないと戦火のなかで奮闘するリュドミラやアリナ、そして多くの飼い主の姿は「動物を飼うには深い愛情と責任と覚悟が必要である」ということを伝えるものだと筆者は感じます。人生をともに生きるパートナーとして最後まで責任を持つという覚悟。それが彼らの原動力であり愛情なのです。

今後、ますますロシア軍によるウクライナ首都への包囲が進んでいくと見られています。無差別攻撃が激化する可能性もあります。数時間前には、リュドミラから「状況が悪化している。ここから離れなければならない。避難の準備を進めているけど、それができるかどうかわからない」と連絡がありました。心から無事でいてほしいと願わずにはいられません。

編集部から

ウクライナの人と動物を救うための活動が世界中で広がっています。ペトハピでは、前述の日本人ブリーダーの活動を応援しています。ぜひ読者のみなさんの温かいご支援をお願いいたします。

ペトハピ編集長 国久豊史

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