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犬の糞便移植と乳酸菌マッチング検査

[2021/06/22 6:01 am | 獣医学博士 川野浩志]

アレルギー専門外来では、アトピーや食物アレルギーで苦しんでいる多くの犬や猫が来院します。“痒み”という敵を倒すために、「ステロイド」「免疫抑制剤」「分子標的薬」というコンビネーションで必死で攻撃しますが、慢性疾患であるアレルギーという敵は倒れても何度でも立ち上がって来ます。まるでアニメ「鬼滅の刃」の凶暴な鬼のように……。

一方で、薬を使わずに痒みをコントロールするということも可能になりつつあります。「アトピーなのに薬を使わないで痒みが止められるわけない」と思われるのではないでしょうか。私もこれまでは「アトピーは治らない病気だからステロイドをうまく使い、できるだけステロイド以外の薬を使って痒みをコントロールすることがアトピー治療のセオリーだ」って思っていました。

では、どうやってアレルギーで痒がっている犬の痒みを薬を使わずに止めるのか? まず最初に取り組んだのは「糞便移植」です。つまり、アレルギーのワンちゃんに健康なワンちゃんのうんちを食べさるというマッドサイエンスです。

具体的には、アレルギーの犬12頭に対して健康な犬のうんちを食べさせて、痒みスコアがどう変化するか調べました。その結果は驚くべきもので、参加された飼い主さんからは「2回目をやってほしい」という声をいただくほどです。

アレルギーの犬の腸内は、健康な犬の腸内に比べて菌の種類も数も少ない状態=ディスバイオーシスだということは、すでに証明されています。「糞便移植」は、健康な犬の腸内細菌を丸ごと移植するために、健康な犬のうんちを食べさせれば実現できるという仮説に基づいています。

臨床研究では、うんちを食べて腸内細菌を移植したら痒みが止められる可能性が高いということがわかったのですが、なぜうんちに痒みを止める効果があるのか知りたくなります。その答えは、健康なうんちのなかには、暴走するアレルギーを止めるブレーキにあたる物質(制御性T細胞)を出す腸内細菌がたくさんいるからです。

だったらうんちじゃなくても、アレルギーの暴走を止めてくれる物質(制御性T細胞)を出してくれる腸内細菌がたくさん増えてくれるような、患者に合ったオーダーメイドの乳酸菌を選んで飲ませたらいいんじゃないの? という考えになります。どうやったら患者に合う乳酸菌がわかるのか? ということを調べていくと、犬の乳酸菌マッチング検査ができることを知り、2年前からこの検査を開始しました。

2019年4月からオーダーメイドの生菌を飲んだ合計78頭の患者たちが1年経過してどうなったかを追跡調査しました。具体的には、血液を採取して6種類の乳酸菌と一緒に煮込み(培養して)、元気になる(IL-10が上昇する)生菌を選び、その生菌を胃酸の影響から守るるために腸溶カプセルに入れて飲んでもらいました。
飼い主さんへのアンケートの結果は以下のとおりです。

・効果が見られなかった:16頭(21%)
・効果が見られた:59頭(76%)
・効果が高く薬がゼロになった:3頭(4%)

効果があったと感じた飼い主さんは80%という結果に!


まだまだわからないことが多く、まだ誰も足を踏み入れたことのない道無き道を彷徨うチャレンジの日々が続きますが、腸内細菌のなかに痒みを止めるための“IDとパスワード”が隠れている可能性は極めて高そうだと感じています。この貴重な情報をくれたのは、現在もオーダーメイド生菌を飲んでいる78頭の患者さんたちです。この大切なバトンを次世代の患者のために繋げるべく、毎日が研究です。

[獣医学博士 川野浩志]