猫の大家の探訪記 Vol.1

猫と住める賃貸物件がない……だったら建てちゃおう!

[2015/10/28 7:00 am | 編集部]

はじめまして。東京都・杉並区にある猫専用デザイナーズ賃貸「Gatos Apartment」(ガトス・アパートメント)を運営している木津です。ペトハピでコラム執筆という大役をおおせつかりました。第1回目は自己紹介を兼ねて「なぜ私が猫専用賃貸をつくろうと思ったのか?」を書かせていただこうと思います。

猫好きに冷たい日本の賃貸住宅事情

みなさんは猫と一緒に暮らしていますか? 暮らしている場所はどこですか? この質問を20代から30代の一人暮らしの人に聞くと、返ってくる答えはおおむねこういう感じ。

「いま住んでいるところはペット不可なので、黙って飼っています……」

「飼いたいけど猫OKって賃貸、ほとんどないですよね」

「仕事が忙しくてちゃんと世話できるか自信がないので飼っていません」

「飼いたくても、環境が整っていないから飼えない」

悲しいことに、これが現状だと思うのです。

一般社団法人ペットフード協会がアンケート調査を行った最新データ(2014年度)によると、日本全国で飼われている猫は約996万頭なのだそうです(外猫、野良猫、地域猫の数は含まれていないので「日本に住んでいる猫」の数はこの何倍にもなります)。

飼育環境の調査によると、賃貸で飼われている猫はわずか14%。このうち内緒でこっそり飼っている人がどれくらいいるかは不明ですが、ほとんどの猫たちは一軒家か分譲マンションで暮らしています

一方、同調査によると飼っている猫の種類は「雑種」がダントツ1位の79.6%。さらに「ペットの入手先」は、大別すると「野良猫を拾った」を筆頭に、ペットショップなどで買ったのではない猫を飼っている人が89.1%と大多数。つまり「期せずして雑種の野良猫を飼うことになった」人が多いようです。昔からよくある光景ですよね、子どもがダンボールに捨てられた猫を家に持ち帰り、お母さんにお願いして飼うことになるという話。いまも昔も猫を飼うきっかけはあまり変化がないのですね。

かく言うわが家の猫2匹も元野良猫です。この猫たちとの出会いが、後に私の人生を大きく変えてしまったのです。

野良猫「チー」との出会いがすべての始まり

2005年から東京都・杉並区にある2階建てのテラスハウスを借り、妻と暮らしていました。小さいながら専用の庭がついた物件で、引越初日から野良猫が遊びに来ていました。もともと猫が好きだったこともあり、ペット不可の賃貸でしたが、お隣さんや大家さんに内緒で餌を与えていました(当時は野良猫に対する知識に乏しく、無邪気に餌付けしていたのです)。

2005年5月、「チー」と名づけたメス猫が子猫を連れてやって来ました。か細い声で鳴く小さな子猫は、目ヤニで目が見えない状態。チーは「この子を助けてあげてください」と、最終手段として連れて来たのではないかと思うのです。だって、いくら野良猫の行動範囲は狭いとはいえ、目が見えない状態の子猫が大人の猫に遅れずについて来ることは不可能ですからね。おそらく首根っこをくわえて庭先まで運んできたのだと思うのです。目の見えない子猫はやせ細り、衰弱が激しい状態でした。私たちは慌ててその子猫を保護し、近くの動物病院へ連れて行きました。

目ヤニの癒着が想像以上にひどく、2回も手術が必要でしたが、無事に手術も成功し晴れて退院できるようになりました。しかし包帯でグルグル巻きになっている子猫を庭先へ返すわけにはいきません。仕方なく親猫のチーと一緒に、「ウー」と名付けた子猫(保護したとき「ウズラがいるのか?」と思ったのです)を家の中で保護することにしました。

当時の私は「あくまでも一時的に保護するだけで、包帯が取れたら野良猫に戻す」という腹づもりでした。だって住まいはペット不可物件。大家さんにバレて出て行ってくれと言われたら大変ですし、規約違反を犯している状態は決して居心地のよいものではありません。

猫を保護していることがバレないよう猫缶のラベルを剥がして捨てたり、猫を病院へ連れて行くときは大家さんや近隣住人がいないことを確かめてから出かけたり、苦労の連続でしたが「これも一時の我慢!」だと思っていました。

そんな矢先、あろうことかチーがまた子どもを産んでしまいました。ウーが入院している最中に妊娠したのでしょう。かくしてペット不可物件に5匹の猫をかくまってやらなければならない状況に陥ってしまいました。さすがにこれはマズいと思い、ペット可物件への引越を決意します。

ペット可物件を探しているうち、あることに気づいたのです。それは世の中の「ペット可」とうたっている物件は、ほぼ100%犬を指していて、猫は「不可」もしくは「1匹まで」というところしかないということに。必死の物件捜索も虚しく、引越先探しは失敗に終わりました。それで半ばヤケっぱちに決心したのです。

自分たちで建てちゃえ!」と。

猫と人が快適に暮らすために詰め込んだ機能

あまりに安直な、若さゆえの決断だったため、実はここからが長い道のりでした……。

1年半ほど土地探しに奔走し、住んでいるテラスハウスの目と鼻の先によさそうな土地を見つけました。しかも探し始めた当初から更地として売り出されていた土地でした。なんというチルチルミチル感!

150㎡以上ある程よい大きさの土地で、ふたりと猫2匹(チーが新たに産んだ3匹のうち、1匹は私たちの友人宅で、2匹は私の実家で暮らしていました)が住むには大きすぎる土地だったので、私たちと同じように困っている人と猫がいるはずだと思い、猫と一緒に住みたい人へ貸すことを思いつきます。

どうせなら人も猫もお互いが快適に住める家にしたいと、自由に設計できるように建築家を起用し、注文住宅を建てることにしました。あまり猫に詳しくない建築家と打ち合わせを重ね、猫と人が快適に暮らせるようさまざまな工夫を施しました。ざっと挙げるとこんな工夫をしています。

猫が快適に暮らすための工夫

その1 屋内のドアに猫専用の扉を設置

その2 猫が外に出られるよう、大きなバルコニーと2mの脱出防止塀

その3猫用トイレをふたつ置けるスペースを洗面所に確保

その4 猫が思い切り上下運動できるよう、キャットウォークを随所に設置

その5 居室と玄関の間に脱走防止用の扉を設置

猫の脱走経路で最も多いのが玄関からなのだそうです。宅配便の受け取りなど、玄関を開けた隙にササッと外へ出て行ってしまいます。これを防止するために、居室と玄関の間に間仕切りを設けています。中途半端な高さだと簡単に乗り越えてしまうので、完全に締め切れるようにしました。

その6 汚れを簡単に掃除できるように床はクッションフロア

クッションフロアは水に強く音が響きにくいといった性質を持っています。病院やトイレ、洗面所といった場所でよく使われているので、多分に貧乏くさいイメージがあるかもしれませんが、フローリングは滑りやすく猫の手足に負担がかかることもあり、あえてクッションフロアを採用しました。

その7 爪とぎされないように壁紙を使用せず、壁はペンキ仕上げ

人が快適に暮らすための工夫

その1 ゆとりのある部屋の大きさ(約35㎡の1ルーム)

その2 分譲マンション並みの設備

その3 万全のセキュリティー

さらなる猫仲間との快適な暮らしをつくるために

完成するまで、土地探しから数えると3年半もかかってしまいました。名前は「Gatos Apartment」(ガトス・アパートメント。以下、Gatos Apt)に決めました。重量鉄骨造なので登録上はマンションですが、規模が小さくマンションを名乗るのはおそれ多かったので「アパートメント」と名乗ることにしました。ラテン語で猫のことを「Gato」と言います。それを複数形にして「猫たちのアパートメント」と名づけました。「GatoNegro」というおいしいチリ・ワインを飲んでいるときに思いついた名前です。

大幅な予算超過と工期遅延。不動産業者、工務店、大工、建築家といった個性あふれる方々と、香ばしい攻防戦を繰り返し、ようやく完成したGatos Apartは、おかげさまで入居者さんと猫たちに喜んでいただけているようです。

Gatos Aptでは猫を介した住人同士のお付き合いがあり、折々で飲み会などを開催しています。「お隣さんがどんな人か、見たこともないし知らない」というのが当たり前な現代において、Gatos Aptはそういう意味でも稀有な賃貸住宅かもしれません。「猫好き」という共通項があるので、すぐに仲よくなれてしまうのです。そうして顔見知りになると、旅行の際はお互いにキャットシッターをお願いしたりされたりという「猫仲間」としてのおつき合いができるようになりました。

猫を介したステキな関係を構築できる仕組みを全国に広めるべく、猫専用賃貸に関するコンサルタント業務をスタートさせました。来年、2016年3月には横浜に新たな猫専用アパートが完成する予定です。

気がつけばコンサルをやったり、ここでコラムを執筆したり、私の人生はウーとチーに大きく翻弄され現在に至ります。これからも猫と人が快適に暮らせる社会をつくれるような活動を行っていこうと思っています。

[編集部]