ペットと高齢者に関する川崎市の取り組み

[2016/08/10 6:00 am | 編集部]

みなさんは、お住まいの地域のペットに関する条例や取り組みをご存じですか? 国の法律では「動物愛護管理法」(以下、動愛法)が定められていますが、都道府県や市区町村ごとの条例や取り組みがあります。

「殺処分ゼロ」を達成した自治体などがニュースで取り上げられる機会が多いですが、具体的にどんな取り組みをしているか、サッとすべてを答えられる人は少ないのではないでしょうか。とくに犬や猫に関しては、飼育放棄による殺処分問題に加えて、「8週齢問題」「同行避難」などの問題も話題となります。

また、動愛法が平成24年に改正されて、飼い主の義務として「終生飼養」の徹底が明記されたことで、ペットの問題行動や高齢を理由とするなど、終生飼養の原則に反している場合には、都道府県は引き取りを拒否できるようになりました。その一方で、高齢者が犬や猫を飼うことができない状況も生まれています。しかし、高齢者がペットと暮らすことは、認知症の予防や健康寿命が延びるという調査結果も出ています。たしかにペットの世話のことを考えると難しい場面があるのも事実です。

たとえば、高齢者が大型犬を散歩させるのは体力的に無理があります。小型犬や猫であれば、きちんとした知識を持ち、きちんとしつけされていれば、いっしょに暮らしていくことができます。万が一、高齢の飼い主が亡くなってしまった場合には、生涯にわたってペットの面倒を見てもらえる「ペットあんしんケア制度」などもあります。「高齢者だからペットを飼えない」と最初から否定するべき問題でないのも事実です。

ペットを飼う高齢者に対する川崎市の取り組み

いま、日本は超高齢社会を迎えています。これは川崎市に限ったことではなく、日本が抱えている大きな問題なのはご存じのとおり。65歳以上の人口は3000万人(国民の4人に1人)を超えており、2042年の約3900万人でピークを迎えて、その後も75歳以上の人口は増加の一途をたどることが予想されています。そうした将来を見据えて、厚生労働省は地域が協力し合って高齢者を支えていく「地域包括ケアシステム」を推進しているところです。

そんな状況となっていますが、川崎市はこのシステムの中で、各種コーディネートなどを行う「地域包括支援センター」と連携した独自の取り組みをしています。ペットの飼い主も高齢者が増えていることもあり、この数年で飼い方や引き取り相談の事例が増えているそうです。

川崎市 健康福祉局 保健所 生活衛生課
大原 千恵さん

「川崎市は7区に分かれていますが、どの区でもペットに関する相談が寄せられていて、アドバイスでは済まずに、直接その方を訪問して話をしたり、ボランティアさんと協力して解決に取り組まなければならない事態が生じていました。この数年で増えていますが、すべて訪問するのは現実的に不可能です」(大原さん)

「時間が経てば経つほど、個人では手に負えないほど事態は深刻化します。そうすれば解決もますます困難になります。もう少し早く事態を把握できていれば解決できたのに、というケースも多いのです」(吉岩さん)

川崎市 健康福祉局 保健所 生活衛生課
吉岩 宏樹さん

実際にアパートで高齢者の方が亡くなってしまい猫が取り残されていた、いつの間にか猫が増えすぎて手に負えなくなってしまったようなケースもあるそうです。

「それを防ぐためにも適正飼養の普及が必要だと感じました。そこで何ができるかを考えたときに、地域包括ケアセンターと連携を取ることにしました」(吉岩さん)

まずは、高齢者のために政策を行う部署と連携を取り、高齢者のペット飼育の現状を説明して早期の情報提供や相談を呼び掛けます。そして、地域包括ケアセンターの職員にもペット飼育について学んでもらうために勉強会を開催するなど、高齢者のもとに正しい情報が届くように体制を整えています。

川崎市 健康福祉局 保健所 生活衛生課
西村 大樹さん

「地域包括ケアセンターの職員の方も訪問先の高齢者がペットを飼っていることは把握していても、知識がないためアドバイスできないという方が多かったのです。それが改善できたのが大きいですね。そして、何よりも日ごろから顔見知りの職員の方にアドバイスをもらうほうが高齢者の方も話を受け入れやすいですしね。いきなり私たちが訪問してアドバイスしても響かないですよね。いきなり行政の人間が来たら、誰だって身構えてしまいます(笑)」(西村さん)

こうした取り組みもじわじわと浸透していき、川崎市外からも勉強会の依頼などが来るほどになっているとのこと。実際に川崎市だけでなく、杉並区の「すぎなみ人と動物プロジェクト」の講演会でもいろいろなテーマで講演も行っています。

川崎市が描くペットと高齢者の共生社会

猫の「多頭飼育崩壊」というニュースを耳にする機会も多いですが、実際に飼い主をはじめ、周辺の人が困っている事例があっても、行政は無限に引き取ることはできない現状があります。なんとかしたいと考えても、簡単に解決策を示すことができないケースがあるのも事実です。

「私たちの見えない家の中で物事が進行してしまうと、もうどうしようもありません。小型犬で散歩もいらないと言われて、それを信じて飼い始めた方もいます。散歩に出てくる姿が見られなければ、私たちはもちろん、地域の方も飼っていることを知る機会はありません。そうしたことを減らすためには、やはり地域で声をかけられる関係をつくっていくのが大事だと思います。時間はかかると思いますが、みんなに知ってもらうためにコツコツ活動を続けていきます」(西村さん)

「川崎市にもかわさき犬猫愛護ボランティアという組織があり、地域の中で独自に困っている方を察知して、自分たちで譲渡先を見つける取り組みをしています。そうしたボランティアの方々とも協力して活動を広めていきたいとも考えています」(吉岩さん)

「まだまだ走り出したばかりで時間がかかると思いますが、ペットを飼う基本的なことを知ってもらえば、必ず現状は変えられると信じています。最近では動物愛護センターに犬や猫を譲り受けて育てたい、という高齢の方の問い合わせも増えています」(大原さん)

ほかの自治体と同じように、川崎市としての動物愛護に関する条例は定められています。無責任な飼い主を減らすためには、法律や条令で規制を厳しくすることもひとつの手段です。しかし、川崎市の場合は規制で飼い主を厳しく管理するよりは、地域の人間関係で解決する手段を選んでいます。

「犬や猫などの動物の飼い方を厳しく管理することは、動愛法の理念ではないと思います。動物たちが飼い主の家族になり、それを地域で見守ってあげることが、動愛法の理念がいちばん生きてくるはずです。私たちはそれを信じて今後も活動を続けていきます」(吉岩さん)

ペットを飼う高齢者との話し合いや対応がしやすい環境づくりを目指す川崎市。今後、川崎市のような自治体が増えていくことを願います。

[編集部]