皇居や東京駅を擁する東京都千代田区。都会の真ん中というイメージですが、いまから十数年前には膨大な数の野良猫が住んでいました。公園、駐車場、ビルの植え込みなど、1カ所に60頭から80頭いることも。片づけられることのない餌がゴミとなって散乱し、糞尿、抜け毛、鳴き声などが環境を悪化させていました。猫が好きな人は心を痛め、嫌いな人は大きなストレスを抱え、千代田区保健所には連日、苦情や相談が寄せられ、職員は対応に追われていました。
そんな状況を打破しようと、千代田区が2000年に開始したのが「飼い主のいない猫の去勢・不妊手術費の一部助成」。この時、飼い主のいない猫を保護するために、千代田区は在住者、在勤者を対象にボランティアを募集しました。今回取材した「一般社団法人ちよだニャンとなる会」の原型はここにあります。
千代田区がうまくいったのは「千代田区が動いた」から
「区は『ボランティアのみなさんが仲よくなって、自主的に“ちよだニャンとなる会”が立ち上がりました』と言うけれど、実際には千代田区がボランティアを集めたのです」
そう語るのは一般社団法人ちよだニャンとなる会(以下、ニャンとなる会)副代表理事の香取章子さん。一部の猫好きが区に掛け合って組織を作ったのではなく、区が作った組織で「区の仕事」として保護活動を行っているのです。
千代田区はボランティアを集めただけでなく、現在もともに働いています。大まかな流れとしては、飼い主のいない猫の情報を受けると、千代田区がニャンとなる会に捕獲器の設置を依頼。同時に、建物の管理者に捕獲器を設置する了承を得ます。捕獲器の設置はニャンとなる会が行いますが、捕獲器の回収は千代田区が行います。捕獲できていた場合、千代田区とニャンとなる会が相談して区内の協力動物病院などに処置や治療を依頼。終了したらニャンとなる会でTNR(Trap Neuter Return。捕獲して不妊去勢手術をしてから元の場所に戻し地域猫として一代限りの命を見守ること)か、譲渡会で新しい家族を探すか、どちらにもまだ時間がかかりそうな猫は一時的に保護するか……などを決定します。
「猫の処分のためならクルマを出すかもしれないけど、行き先が動物病院で、助けるために職員が動いてくれる自治体はほかにないのではないでしょうか。また、企業の敷地に捕獲器を設置しようにも、ボランティアでは交渉が進まない。保健所から連絡すれば『どうぞどうぞ』となるんです」
助成金額の設定も功を奏していました。東京23区では現在すべての区が不妊去勢手術に対する助成金制度を持っていますが、1頭あたりの手術についての助成額が少ない区では、ボランティアが差額を負担しなければならず、なかなか活動が進まないことも。千代田区くらいの金額なら「なんとか協力します」という動物病院を見つけられると言います。
千代田区では不妊去勢手術以外にも、2014年からワクチン・医療費として1匹につき6,000円の助成金が出るようになりました。とはいえ、年間250万円程度という限られた予算の中での話(他の区の予算は100万円〜800万円)。治療や社会化に長期間かかる場合もあり、助成金でまかなえない部分に関しては、ニャンとなる会が会費や寄付から費用を捻出しています。
9月某日。捕獲器設置に密着
全国でも珍しいこの取り組み。実際にはどんなものなのか、ある日の活動に同行させていただきました。
この日はあいにくの雨。雨の日はあまり猫が出歩かないので雨がひどければ捕獲器は設置しませんが、土日は普段餌やりをしている在勤の人がいないため、おなかを空かせた猫たちが匂いに釣られて出てくる可能性が高いそうです。
地域猫との再会
捕獲器を設置した後、近くに住む地域猫の様子を見に行きました。普段、ここの猫たちに餌やりをしているという方にも会うことができ、香取さんが「子猫や病気の猫を見たら連絡してください」と声をかけていました。餌やりをしたい人には餌やりをしてもらい、「不妊去勢手術をしないと増えるので、よかったら私たちがやりますから連絡してください」というスタンスを取っているそうです。
この日の活動には4人が初参加。会社の近所で猫を保護し、Facebookでニャンとなる会に連絡をとったという方や、ニャンとなる会のグッズのトートバッグを購入し、同封されていたパンフレットで活動に興味を持ったという在勤の方たちでした。
譲渡会で新しい家族との出会いを
残念ながらこの日の捕獲器には成果がありませんでしたが、ニャンとなる会のこうした活動は開始から10年ほどで成果をあらわし、2011年には千代田区内の猫が東京都の動物愛護相談センターで取り扱われることはなくなりました。区内に飼い主のいない猫が減ってきたので、最近はTNRではなく保護譲渡に力を入れています。10月に行われた譲渡会にうかがいました。
もちろん、里親になるにはニャンとなる会が決めたさまざまな条件をクリアしなければなりません。猫を届けるときにも住環境のチェックがあります。なかには断らなければならない場合もあるのがつらいところですが、母猫に代わって猫たちの預け先を探すのですから仕方ありません。
人と猫の高齢化と向き合って
この日の譲渡会では、子猫6匹、成猫6匹の合計12匹が新しい家族と出会うことができました。しかし、新しい家族と巡り会える猫がいる一方で、必ずしもすべての猫を譲渡できないという現実があります。
「譲渡会ではどうしても大人の猫が余ってしまいます。また、飼い主さんが亡くなってしまったた猫をあずかることもあります。引き取り手がいない病気の猫を病院で長期あずかりしてもらうこともあり、その医療費がかさみます」
こう語るのは代表理事の古川尚美さん。
「あと5年くらい経つと飼い主のいない猫はほとんどいなくなるかもしれません。しかし、猫と暮らす高齢者の方のサポートなど、やることはたくさんあります。そうしないと結局また飼い主のいない猫が出てきてしまう」
15年間発信し続けてわかったこと
もともとジャーナリストの香取さんは、この活動を始めたころから活動を知ってもらうべく情報を発信し続けています。しかし、「捨てに来られては困るからあまり発信しないで」と言われたこともあるそうです。
「言うな言うなと言われ続けてきたけれど、15年間発信し続けてきてわかったのは、私たちの活動を知って『よーし、捨てに行こう』と思う人間よりも『よーし、自分もボランティアに加わろう』という人のほうがはるかに多い。だから私は発信し続けます」
「ボランティアが泣きながらやっていたら活動は続かない」と語る香取さん。飼い主のいない猫の問題を地域社会の環境問題として捉え、地域や行政を巻き込んでさっそうと活動しています。
でも一方で、映画は去年の4月に見たきり、レストランで落ち着いて食事もできないとか。聞けば、猫発見の一報を受けると「いま行く!」とすぐに飛んでいく毎日だそうです。まるで救急隊員のようです。本業もこなしながらの活動なので「実はヘトヘト。でも好きでやっているから仕方ない」と笑う香取さんと古川さん。譲渡会を経て新しい家族と巡り会い、幸せに暮らす猫たちの様子を知ることが、最大のエネルギー源なのかもしれません。